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第四章
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しおりを挟むクリスマスまでに彼女をつくると意気込んでいた近野に彼女ができないまま、そして非通知からの迷惑電話も解決しないまま、十二月の中旬を迎えた。
柴本はいつの間にか彼女ではなくセフレを見つけたらしく、クリスマスはその子と過ごすと言っていた。俺は二十四日はカルラのシフトに入り、二十五日は佐久間家のクリスマスパーティーに参加することになった。呉内さんも来るらしい。
「理人、これとかどうかな?」
「いいんじゃね? あ、こっちの色も良さそうだけど」
この時期の百貨店はとにかく混み合っている。俺も彼女がいたときは、よくクリスマスプレゼントを買いに来ていた。今日は深月に京斗さんに渡すプレゼントを一緒に考えてほしいと言われたので、二人で百貨店に来た。
キーケースをプレゼントしたいとのことで、二人でレザー専門ショップに入ったり、メンズアパレルショップに入ったりして、ショーケースに並んでいるものを見ながら色やデザインについて話し合う。
「京斗さんのイメージならネイビーとかグレーもありだな」
呉内さんならブラックかブラウンだな。
「あー、たしかにこっちもいいな」
バイトをして貯めたお金でプレゼントするんだと嬉しそうに話す深月を見たとき、プレゼントってこんなに楽しく選ぶものなのかとはじめて知った。
歴代の彼女に対してプレゼントするときは楽しんで選ぶというより、相手を喜ばすことばかりを考えていて、俺自身は苦痛に思うことも多かった。
人によって好みは違うし、相手が持っているものと被るのはよくないと、あれこれ気にしながら選んでいた。考え過ぎて面倒に思うこともあり、一度だけ深く考えずに店員にすすめられたものを買ったら、評価はあまり良くなかった。
でも渡す人間がこんなに楽しそうなのは、なんかいいなと思う。
「理人は朱鳥さんに渡さないの?」
「え?」
「クリスマス、せっかく一緒に過ごすわけだし」
クリスマスプレゼントか。同じマンションで散々世話になってるんだから、それくらいしたほうがいいか。
「でもプレゼントって、男に渡したことないし何買えばいいか……」
「じゃあ、俺と悩めばいいでしょ?」
「……そうだな」
二人で百貨店内を歩き続け、気になるものがあれば見て、ときには触って悩んだ。二時間ほど歩き回って深月はネイビーのキーケースを購入した。
「やっぱり最初に見たこれが一番よかった」
「いいの買えてよかったな」
「理人は? そろそろプレゼント候補絞れてきた?」
「いや、全然……」
いいなあと思うものはいくつかあった。でも実際に手に取ってみると急にそれが本当に渡していいものなのかわからなくなる。
呉内さんは何を貰ったら嬉しいんだろう。好きな色もデザインも、呉内さんが自分で持っているものも、欲しいと思うものも何一つ知らない。
由莉奈さんからはどんなプレゼントを貰うのだろう。センスのいい財布とかアクセサリーとか。きっと大学時代からの知り合いなら、お互い欲しいものや似合うものが手に取るようにわかるだろう。俺は何もわからないのに。
そんなことばかり考えていると、今自分がプレゼントを選んでいることすら無駄な気がしてくる。
「社会人って何を渡せば正解なのかわかんねえ」
「うーん、正直、朱鳥さんが欲しいものなんて知らないし、本人に聞くのもちょっと違うと思うから、理人があげたいものをあげれば?」
「俺があげたいもの……」
俺が呉内さんにあげたいものって何だ? これまで考えたこともなかったし、今のところ何も思いつかない。
キーケース? ネクタイピン? 腕時計? 呉内さんは優しいから何でも喜んでくれるとは思う。でもその中で何を選べば一番いいのかわからない。
たしかキーリングを持っていたので、ケースはいらないだろうし、ネクタイピンは自分が使わないので、どれがいいのか検討もつかない。腕時計は社会人が身につけるものとなると明らかに予算オーバーだ。
ほかに何がある? 呉内さんが持っているところを想像しながら、近くにあった店に入りショーケースを眺める。
……いや、違うか。何をあげたいとか何だったら喜んでもらえるかじゃなくて、俺がプレゼントしたものを持っていてくれたら、たぶんそれだけで嬉しいんだ。
「あー」
「どうしたの?」
「いや、何か気づきたくないことに気づいた」
「何それ。ってか理人、顔赤いけど大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
「暖房すごい効いてるし、暑かったらアウター脱ぎなよ?」
「それは大丈夫」
大丈夫じゃない。プレゼント一つでこんなことを考えているなんて、今までの自分じゃ考えられない。
「変なの。あ、ねえ、理人。こういうのは?」
深月が隣のショーケースの中を指差した。財布やキーケースが並ぶケースの隣にあったのは、見るからに高そうなボールペンだった。安いものでも一本五千円。高いものは二万円近くする高級なボールペンだ。
「ボールペンなら仕事でも普段でも使うだろうし、何本あっても困らないからいいんじゃない?」
「そう、だな」
たしかにボールペンなら誰でも一本は持っているが、それが二本になっても困らないし、実用的でシンプルなデザインなものが多いので、相手の好みもそこまで気にしなくていい。
何より俺が絶対に関わることのできない、会社という場所で使ってもらえたら嬉しいと思う。
「そうだな。ボールペンにするか」
ショーケースの中にある一本のボールペンが目についた。個人的にデザインが好みだったので、そのボールペンと、ほかに何本か試し書きをさせてもらった。予算を考えれば、はじめに目についた一本はオーバーしていたが、呉内さんがそのボールペンを使っている姿を想像して即決した。
「いいの、見つかってよかったね」
「ああ、時間かかって悪かったな」
「ううん。むしろ楽しかった。理人とプレゼント選びしたのはじめてじゃない?」
「……それもそうだな」
俺自身も誰かと一緒にプレゼントを選んで買ったのははじめた。一人で頭を悩ませるより、こうやって誰かと選ぶほうが楽しいかもしれない。
百貨店を出るとすでには日は沈んでおり、館内との寒暖差でより寒く感じた。深月とバスに乗ってマンションに向かう。途中で深月が下車し、俺はその二つ先で降りた。
人通りのない夜道を歩きながら、購入したボールペンのことを考える。いざ一人になると本当に喜んでもらえるのか、同じものを持ってないかと不安になってきた。
クリスマスパーティーで俺がこれを渡すとき、呉内さんはどんな顔をするんだろう。いつものきれいな笑顔で「ありがとう」と受け取るのだろうか。
……それは何となく嫌だな。
寒さのあまりの両手をダウンジャケットのポケットに入れる。吐く息は白いがまだまだ雪は降りそうにない。
「理人くん」
誰もいないはずの路地で、聞き覚えのある声がした。
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