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第四章
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しおりを挟む今年も残すところあと一ヶ月。夜だけではなく日中も寒くなりはじめ、本格的に冬物のアウターを着るようになったころ、近野が彼女と別れた。
想像以上の早さに、俺と柴本はすぐに近野を慰める会を開くことにした。柴本とコンビニで缶ビールや酎ハイ、おつまみになりそうな軽食を買い、近野の家に突撃した。
一人でゲームをしていた近野は、目の下に大きな隈が出来ており、部屋は前に来たときよりも散らかっていた。邪魔な服やゲーム機を端に寄せて、三人でテーブルを囲い、酒を飲む。
「なあ、いくらなんでも早過ぎねえ?」
「彼女と大喧嘩でもしたのか?」
見るからに沈んでいる近野は、缶ビールをちみちみと飲み、するめいかをつまみながら涙ながらに語った。
「……俺以外に彼氏が二人もいた」
「え……」
「おお、なかなかだな」
近野の話によると、二人のうち一人はセフレでもう一人が本命らしい。
「で、お前は何なの?」
「都合のいいキープ」
さすがに可哀想になってきた。本命がいてセフレがいるというのもよくわからないが、そのうえキープとなると、恋愛感情はほぼないに等しいだろう。
「でもあんだけ可愛かったらキープでもよかったんじゃね? 俺だったらそうするわ」
柴本は缶ビールを開け一気飲みする。俺は白ワインを飲みながらサーモンのカルパッチョをつまむ。
「いや、俺、こう見えても結構純情だからな! ちゃんと両想いになって付き合いたいから!」
「お前さ、そんなガキみたいなこと言っててどうすんの。つか、キープだろうが何だろうが付き合ったんだから、せめてヤっとけよ」
「結局、童貞のままか?」
俺の言葉に近野は大きく項垂れた。近野っていいやつなのに、変な女の子に引っかかる。夏休みにナンパした女の子は度を越したメンヘラで、一ヶ月も続かなかった。
「それでさ、自分以外に彼氏がいるってわかったのってどういうタイミングなわけ?」
「……はじめて向こうの家に行ったらさ、普通に彼女以外の歯ブラシが二本あるし、男のものの下着も干してあって……」
「うわ……露骨だな」
「隠してないのかよ」
「単に男兄弟と仲が良いのかなとか思ってたんだけど、別れる前日にデートしたときに……あ、そのときはほかに彼氏がいるって知らなくて。夕方にこれから用事あるって言われて、何かと思ったら年上の男が車で迎えに来てさ。そいつとこれからデートだって言われたんだよ。そのときはびっくりしすぎてそのまま見送ったんだけど、納得できなかったから次の日に彼女呼び出したら、ほかにも付き合ってる人がいるって言われて……」
酒を飲みながら話し続ける近野を見ていると、本当に可哀想になってきた。
「あー、まじで俺も理人くらい顔が良かったらな……彼女もその二人と別れて俺一筋になってたわ、絶対」
「それは一理ある」
「あのな、俺だって浮気されたことくらいあるから」
「え、嘘?」
「まじ?」
二人が信じられないようなものを見る目を向けてくるが、そんなに不思議な話でもないと思う。
「いつ?」
「高一のとき」
「理人が浮気された話とかめっちゃ気になる」
「大した話じゃないけどな。当時付き合ってた彼女が風邪引いたって言うから、スポドリとか薬とか買ってお見舞いに行ったんだけど、部屋の中で知らない男と一緒にいたんだよ。で、その場で誰か聞いたら彼氏だって言われた」
今思い出してみても、怒りとか嫉妬とかそういった感情は湧いてこないし、その当時だってとくに何か思うことはなかった。
「きっつ……嘘つかれてるのも嫌だな。俺なら泣くわ」
「それでどうしたんだよ」
「どうしたって、その場で別れただけ。むしろなぜか俺が泣きつかれた。別れたくないって。意味わかんねえよな」
単純に自分以外の男を好きになったんだなあ、くらいにしか思わなくて、それなのに別れたくないという相手の気持ちが理解できなかった。
「理人ってさ、まじで冷めてるよな」
「高一でそれって結構ショックじゃね?」
「べつに」
つい最近深月にも同じことを言われたのを思い出した。こういうところがダメなんだよな……。
「でも理人ならすぐに彼女できるだろ。俺の場合は彼女つくるのに必死なんだよ!」
酔いはじめた近野が、今まで彼女をつくることにどれだけ苦労してきたかという話をはじめた。率先して合コンを開いているだけあって、こいつの彼女が欲しいという熱意は人並み以上だ。
「まあ、何だかんだもうすぐクリスマスだしな。頑張ればできるかもな」
「クリスマス前に付き合うやつら多いしな」
「そういや理人、お前ずっと彼女いないよな」
「入学当初、告白されまくってたのに」
それは自覚しているが、つい最近彼女をつくるのに失敗したばかりだし、そのうえ今は同性との恋愛ごとに悩んでいるとは口が裂けても言えない。
「合コンのときもあんまり乗り気じゃなかったよな」
「あれはお前が喋るなって言うから」
「でも金澤さんと連絡取ったんだろ?」
「え、マジ?」
「あー、うん。でもなんかだるくて途中で追い出した」
「はあ!?」
「いや、だるいって何だよ」
「追い出したってことは家には連れ込んだんだよな?」
「何? ヤってる最中に文句つけられたとか?」
「いや、そもそもヤッてない」
「はあ!?」
「え、何? まじでどうした? 女連れ込んでヤらずに追い出すって……」
何なら女の子を連れ込んで追い出したあと、俺は男の部屋にのこのこ行ってベッドに押し倒されたんだけどな。
「そんなにやばかったのか、あの子」
「やばいってか、合わなかったってだけだ」
「自らクリスマス前のチャンスを棒に振るとは」
「べつにクリスマスだからって彼女いなくてもいいだろ」
クリスマスにデートしなくたって死なないし。近野は死にそうな顔してるけど。
「……なあ、理人」
「何?」
「お前、もしかして本命できた?」
柴本の言葉に思わず箸を止める。
ああ、そうか。もし呉内さんに対する感情が恋愛だったとしたら、俺が生まれてはじめて本気で好きになった人は男になるのか。
「え、もしかしてガチ?」
「ちげーよ。本当に……ただ、合わなかっただけ」
酔っ払った呉内さんに抱きしめられて眠った翌朝、目を覚ますと寝室には俺以外に誰もいなかった。
隣を見ると、上布団が半分ほどめくれていて、その下のシーツはよれていた。カーテンから差し込む朝日が、静かにベッドの空白部分を照らしていた。そこに人がいたことは間違いないのに触ってみると冷たくて、その瞬間、眠る前に考えていたことを思い出した。
彼女がいる男に男が恋をするのは不毛だ。きっとここにいるのが俺じゃなくて由莉奈さんだったら、呉内さんは起きてからもずっとベッドにいただろう。
でも俺の隣には誰もいない。空っぽだ。たぶんこれが答えだ。男が男に恋したって、何も残らない。同じベッドで眠ることに何の意味もない。
シーツを握りしめながら、その冷たさに胸の奥を突き刺されていくような感覚に襲われた。
「ふうん。ま、理人が追い出すくらいだから相当だったんだな」
「そういうこと。つか、俺の話はいいだろ。それより近野に次の彼女ができるように考えようぜ」
「そうだな。とりあえず失恋を乗り越えるには次の恋だぞ!」
それから俺たちは近野イメチェン作戦や次の合コンの日程などを考え、そうしているうちに時間は経ち、気がつけば近野も柴本も床で眠っていた。
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