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第三章
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しおりを挟む今一番問題なのは、男に対しての「好き」と友達への「好き」をどう区別するかということだ。中学時代の女友達に、友愛と恋愛の区別がつかないという子がいたが、たぶん今の俺はそんな感じなのだろう。
俺は深月のことが好きだし、京斗さんのことも好きだ。でもそれは友達として、仲の良い年上のお兄さんとして好きだとはっきり言える。近野や柴本だって友達だし、恋愛に発展することは絶対にない。
じゃあ、呉内さんは? 好きか嫌いかで言えば好きだと思う。でも恋愛かどうかと聞かれると、とたんにわからなくなる。単にベッドで押し倒されたことがあるせいで、変に意識しているだけのような気もする。
「でも男に対する恋愛感情ってどういう感じなのか全然わかんないんだよな」
「性別は関係ないと思うよ。今まで好きになった子に対して持っていた感情が、朱鳥さんに対してあるかどうかってことじゃない?」
「好きになった子に対して持つ感情ねえ……」
「たとえば会えない時間が寂しいとか、ずっと一緒にいたいとか」
会えなくて寂しいか。これまで付き合ってきた彼女たちの顔と当時の記憶を掘り起こしてみるが、そもそもそんな感情を抱いたことがない。
「あー、そもそも寂しいとか会いたいとか思ったことないな……」
「うーん、人を好きになったら、そういう感情も出てくると思うけど」
「いや、まじで出たことない……」
そういえば高校のときに付き合っていた女の子に、「理人の気持ちがわからない」と言われたことがあった。好きだから付き合っているのに、どうしてそんなことを言われるのか、そのときはよくわかっていなかった。
「理人ってさ、本気で人を好きになったことないんじゃない?」
「まあ、その自覚はあるけどさ……何か改めて言われると……」
一緒にいて楽しいなあ、くらいは思ったことあるけど、離れたくないとか寂しいとか思ったことは一度もない。
「……俺ってもしかして恋愛初心者?」
「あははっ! そうかもね。理人、もしかしてちゃんとした初恋もまだなんじゃない?」
「まじか……」
これまで自分のやり方を気にしたことはなかった。告白してきた女の子が好みのタイプだったら付き合う。喧嘩したり、浮気されたりして面倒になったら別れる。別れたら次に行く。そのうち就職先で出会った可愛い子とタイミングを見て結婚する。恋愛なんてそんなもんだと思っていたし、それでいいとさえ思っていた。
でもよく考えると、経験ばかり積んでちゃんとした感情を持ったことがない。これじゃあ、ただの恋愛初心者だ。
「あー、なんか今すっげえ自分が嫌になってきた……」
「彼女が途切れないのが理人だもんね」
「ってかお前、あんまり彼女つくらないわりにそういうのよくわかってるよな」
「理人に恋する女の子たちに散々相談されてきたからね」
「あー、それで深月って女の子の知り合い多いのか」
男友達といることは少ないのにときどき俺に女の子を紹介してくるから、どういう繋がりがあるのかと思っていたが、それなら納得だ。
そういえば俺は女の子から恋愛相談というものを受けたことがないし、誰かに恋愛相談をしたこともない。彼女と何かあったとしても自分で解決してきたし、出来なければ別れていた。
でも決して嫌いだったわけじゃない。少なくとも俺としては好きだったと思う。でも深月の言う「好き」には当てはまらない。
「みーんな、理人と付き合うにはどうしたらいいかって悩んでたからね」
「恋愛で悩んだことなんか一度もないわ……」
それなのに、今はこんなにも悩んでいる。年上の同性相手に毎日毎日悩まされている。
「悩むのは大事だよ。その人との関係について、ちゃんと向き合おうとしてるわけだからさ」
「呉内さんとの関係ね……」
「まずは自分の気持ちを整理しなよ。また悩むことがあったらいつでも相談に乗るから」
「ありがとな」
深月の言葉は素直に嬉しかったし、話してみて気が楽になった。呉内さんとの関係をどうにかする前に自分の気持ちをちゃんと考えるべきだよな。
「ところでさ、ずっと気になってたんだけど」
「何?」
「ゴミ箱にある、あのオレンジ色のゴミって何?」
言われてからようやく思い出した。テレビの横にある白いゴミ箱の中に捨てた花びらのことを。
「あー、それはその……」
「この期に及んでまだ何か隠すのはなしだよ」
「……うん。その、嫌がらせみたいな感じ」
深月の顔が一気に険しくなったので、観念してすべてを話すことにした。一日に何十件も来る不在着信。一度電話に出たときのこと、そしてゴミ箱に捨てた手紙のこと。それをずっと放置していたことも。
俺が話を終えると、深月にしては珍しくため息をついた。
「理人……」
「はい……」
「理人のそういうとこはダメ」
「へ?」
「こんな危ない目に遭ってるなら早く相談して。一人で抱えきれる問題じゃないでしょ」
「まあ……無視してたらいいかなって」
「それで理人に何かあったらどうすんの!」
こんなに怒ってる深月ははじめて見たかもしれない。基本的には俺が何をしても口出ししないし、気にする素振りも見せないのに。でも俺だって深月が同じ目に遭ってて、それを隠してたら間違いなく怒るな。
「悪い……」
「うん。じゃあ、次こういうのあったらちゃんと教えてね。俺にできることは少ないかもしれないけど」
「わかった。頼りにしてる」
「でも、これ本当に誰がやってるんだろう」
深月が花びらを一枚拾い上げると、テーブルにそれを置いてスマホをかざす。
「歴代の元カノの誰か、あるいは……って、何してんの?」
「画像検索で何の花か調べようと思って」
深月のスマホを覗くと、いくつかの花の画像が出てきた。オレンジ色の花といっても数えきれないほどあるのだが、その中でも近そうなものがあった。
「これじゃない?」
「マリーゴールド?」
「うん。すごく似てる」
「たしかに。でも何でマリーゴールド?」
嫌がらせで人に花を贈るのにマリーゴールドが最適とか? そんなわけないか。
「マリーゴールド。キク科の花で初夏から秋にかけて咲く。初心者でも育てやすい。花言葉は『健康』、『変わらぬ愛』」
「何かいいイメージしかないな」
「そうだね。ほかにマリーゴールドを贈ることに意味があるのか、それともたまたまなのか」
俺も深月にも花に詳しくないので、ネットで調べた情報だけではよくわからなかった。
「まあ、これが何にせよ、次何かあったらちゃんと警察に行こうと思ってる」
「そうだね。それが一番いいと思う」
それから一時間ほど深月と話して、夜の九時ごろにそろそろ帰ると言うので、マンションの下まで送ることにした。
「遅くまで悪かったな」
「ううん。色々話が聞けて良かったよ」
「気をつけて帰れよ。つか、タクシー呼ぶか?」
エレベーターを降りてエントランスから出たところで、ちょうど目の前にタクシーが停まっていた。自分で呼んだのかと思ったが、どうやら中には人が乗っているようだった。
「ありがとうございました」
タクシーから降りてきたのはスーツ姿の京斗さんだった。たしか今日は飲み会って言ってたはずなのに、どうしてここにいるのだろう。
「京兄!」
「深月? あれ、今日は家にいるって」
「理人に呼ばれてさ、一緒に夜ご飯を食べてたんだよ」
「ああ、そういうことか。こんばんは、理人くん」
「こんばんは」
俺が挨拶すると京斗さんは何かに気がつき、まだ後ろで停車したままのタクシーに振り返った。
「朱鳥! マンション着いたぞ!」
よく目を凝らして見ると、タクシーの後部座席に呉内さんが座っていた。眠っているのか、京斗さんの呼びかけに答えない。思わず深月と目を合わせた。
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