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第三章
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しおりを挟む「それで、何で理人と知らない女の子が買った食材で、俺がご飯をつくることになったの」
深月は連絡をしてから二十分ほどでこの部屋に来てくれた。急で悪いと思ったが、今日は京斗さんが職場の人たちと飲み会に行くとかで、ちょうど一人だったらしい。
俺の部屋に来ると、話を聞くよりも先に冷蔵庫を開けて夜ご飯をつくってくれた。二人でソファに座って食べている最中に、深月が話を切り出した。ちなみにご飯はかなり美味しくて、ちょっとだけ京斗さんが羨ましくなった。
「それが、実はさっき追い出したんだよ……その子のこと」
「えっと、金澤さんだっけ? よっぽど性格悪かったんだ」
「そういうわけじゃないけど……」
「何があったの? 理人、最近俺に隠してることあるでしょ」
深月を呼び出したときはすべて話すつもりだったが、やはり本人を前にすると呉内さんを知っているだけあって言いづらい。
深月は呉内さんに懐いているみたいだし、おまけに自分の兄の同僚だ。そんな人が俺に告白してきたなんて知ってたらどう思うのだろう。
「……あのさ、たとえば……たとえばだけど、お前、男に告白されたらどうする?」
俺の質問があまりに予想外だったのか、深月は飲んでいたウーロン茶を吹き出しそうになっていた。
「いきなりどうしたの」
「……いや、その……深月ならどうするかなって」
深月はもう一度ウーロン茶を飲んでから口を開いた。
「真剣に聞いてるなら答えるけど、相手が誰であっても好きなら付き合うし、好きじゃなかったら付き合わない」
深月の言うことは何も間違ってはいない。それはわかっている。わかっているのに……
「そうだよな。……って、お前は男と付き合えるのか?」
「うーん、どうだろう。好きになったことないからわからないし、何とも言えない」
「その……き……気持ち悪い、とか思わないのか?」
自分で聞いてからおきながら、もしも深月が「気持ち悪い」と言ったら、どうすればいいのかわからなくなり、やっぱり今のなしと言おうとした。
「それはないかな。だってさ、みんな今まで好きになった人が女の子だったから恋愛対象は女だと思ってるだけで、もしかしたら男を好きになる日が来るかもしれないでしょ。だから俺としては相手が女ならよくて男は気持ち悪いってのはないかな」
あまりにも深月がはっきりと迷いなくそう言うので、自分の中にあったもやもやした気持ちがすうっと消えて楽になるのを感じた。
こういうものは人それぞれ考え方が違うのだろうが、少なくとも俺はこいつが友達でよかったと思う。
「それで、理人は男の人に告白されたの?」
そんなにストレートに聞かれると誤魔化しようがない。まあ、男の人に告白されたからといって、さすがに相手が呉内さんだと思わないか。
「……そんなとこ。男に告白されるとか生まれてはじめてで、好きだって言われたとき、俺は無理だと思った。相手もそれをわかってるって。わかってて振り向かせるために頑張るって。でもさ、その人もう彼女いるんだよ。だから俺が悩む必要なんかないのに……」
自分で言っていて、本当に悩む必要なんかないと改めて思う。諦めないなんて言っておいて、すぐに由莉奈さんと付き合ったんだから、やっぱり俺のことはからかっていたか、一時期の気の迷いだったんだと思う。
それならもう何も気にせず、仲の良い年上の人として付き合っていけばいいのに、どうしてこんなにも悩んでしまうのか。
「あのさ、その相手ってもしかして朱鳥さん?」
告白してきた相手の名前は伏せておこうと思った矢先に、深月がさらっと言い当ててきたので、今度はこっちが飲んでいた味噌汁を吹き出しそうなった。
「図星か」
「……知ってたのか?」
何でバレたんだ。普通は男に告白されたからって、その相手が知り合いだなんて思わないだろう。
呉内さんの名前を出されたとたん、急に鼓動が速くなってきた。全身が熱い。深月の次の言葉が怖くて、指先が震える。
「知らないけど、もしかしてそうかなって。理人、この前の学祭で朱鳥さんと一緒にいたときずっと顔が強張ってたし、なのにやたらと朱鳥さんのこと見てるし、何かあったのかなって」
俺ってそんなにわかりやすいのか。うまく隠していたつもりだったのに。もう少し自分の行動を改めるべきかもしれない。
「もちろん何かあったのかなって気になってただけで、まさかそんなことになってるとは思いもしなかったけど」
「俺だって告白されるとは思わなかったし。でも卒業生の人が呉内さんには彼女いるって言ってただろ。あれ、たぶん由莉奈さんだと思う。二人とも同じ香水使ってるし、由莉奈さん、俺が朱鳥さんといると……なんかすごい怒ってるっていうか……たぶん、俺が邪魔なんだろうなって」
「ああいう、きれいな人って嫉妬深そうだもんね」
「だからもう気にしなくていいはずなんだけど……」
「逆に気になってきたってわけだ」
「……そんな感じ」
深月が少しの間、考え込む素振りを見せる。その沈黙が居た堪れなくて、無理にでも話をしようとしたが、すぐに遮られてしまった。
「結局のところ、理人は朱鳥さんのことをどう思ってるの?」
「え?」
「恋愛対象として見れそう? それとも仲の良い年上の友達止まり?」
「……わかんねえ。気になってるのは事実だけど、俺、男を好きになったことないから、自分の気持ちが恋愛かどうかって言われると……」
「まあ、朱鳥さんと付き合ったら、絶対理人が下だもんね」
「……だよな。そんなの考えらんねえっていうか」
「うーん。難しい問題だけどさ、俺は理人が男の人を好きになったって言っても応援するよ」
「でも呉内さん、彼女いるし」
「そうなったら理人の片想いだね。由莉奈さんは恋敵になる」
「片想いねえ……」
俺が男に片想い? いやいや、ない。それは本当にない。だってそれは両想いになったら、男女の恋人と同じようなことをするわけだろ。女の子とベッドに入るところは想像できるけど、男と入るなんて想像すらできない。
「そもそも呉内さんは何で俺を好きになったんだろうな。だって会ってまだ二ヶ月くらいだぞ」
「そうだね。一目惚れか、それとも他に何かあるのか。でも俺、理人を好きになる人の気持ちはわからなくもないよ」
「……どういうことだよ」
「理人ってさ、人が大切にしてるものを大切にしようとするでしょ。俺、そういうとこ好きだよ。それが恋愛になるか友愛になるかは人それぞれだと思うけど」
人が大切にしてるものを大切にする。深月に言われてもあまりピンとこない。
「……そうか? そんなつもりないけど」
「わからなくていいよ。そういうのは自然にやるものだから。でも小学生のとき、いじめられてた俺を救ったのは間違いなく理人だよ」
「え、お前っていじめられてたの?」
「……気づいてなかったの?」
「……あ、うん。ごめん」
言われてみれば、俺がはじめて声をかけたとき深月は一人だったし、仲良くなってからも他のやつらと関わろうとはしなかった。単に一人でいるのが好きなんだと思っていたが、まさかいじめられていたとは考えたこともなかった。
「そういうとこがよかったのかも。気を遣って声をかけたわけじゃなかったってことでしょ」
「まあ、そうだな。お前が一人で絵を描いてたのを見て、話しかけたのはのは覚えてるけど」
ノートに京斗さんの絵を描いていて、それがすごく上手かったから思わず声をかけたんだ。
「そうそう。朱鳥さんもきっと理人のいい部分を見つけて好きになったんじゃない?」
「だといいけどな。からかわれてるだけな気もするけど」
「でも、朱鳥さんのこと気になってるのに、何で金澤さんとデートしたの?」
「あー、その……彼女つくれば悩む必要もなくなるかなって」
「なるほどね。それで、金澤さんのことは好きになれそう?」
その質問に俺は首を横に振った。見た目は可愛いし、性格も嫌いなわけじゃない。向こうに好意があるのはわかっているし、今までの俺だったら確実に付き合っていた。でも、さっきのあの言葉を聞いた瞬間、この人とは一緒にいたくないと強く思った。
「たぶん、理人はじめてのことですごく混乱してるんだと思う。でも同性を好きになることも好かれることも悪いことじゃない。だからさ、やっぱりちゃんと自分の気持ちを確認して、はっきりさせたほうがいいと思うよ」
「俺が呉内さんをどう思ってるかって?」
「うん。恋愛対象としてみれるなら、片想いからのスタート。そうじゃないなら、これからも仲良くしていけばいい話でしょ」
やっぱり深月に相談して良かった。感情論でアドバイスされても解決はできないだろうし、だからといって一人で考え続けていたら、そのうち限界がきていただろう。
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