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第三章

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 翌日。午前の講義のあとは深月と学食で昼食を摂り、午後一時に大学を出た。これから金澤さんとデートだ。マンションとは逆方向にあるバス停で待ち合わせをしている。深月と話しすぎて少し遅れそうなので、スマホで謝罪の連絡を入れる。

 デートなんてずいぶん久しぶりだ。ここ最近、高校生のころに思い描いていた大学生活とは全く違うものを送っている気がする。

 元カノと別れたあとの予定では、夏まで新しいに彼女がいて、夏休みに海に行ったり、クリスマスは二日連続でデートしたりするはずで、年末年始はどちらかの家でのんびりする予定だった。

 しかしこのままいけば今年のクリスマスは一人で過ごすことになるだろうし、年越しも一人だ。それはそれでいいかもしれないが、深月なら京斗さんとクリスマスパーティーを開きそうなので、そのときは遠慮なくお邪魔することにしよう。そうなる前に彼女ができるのが一番いいのだが。

「理人くん!」
「悪い、待たせた。バス、もう来る?」
「うん、そろそろだよ」

 待ち合わせ場所のバス停にいた金澤さんの顔を見て、合コンで見た時より少し顔が変わっているような気がした。近野の彼女と同じく、やけにまつ毛が長いし、カラコンを入れているのか目の色が不自然なほど薄い茶色になっている。これがオシャレだと言われればそれまでだが。

 見た目はともかく性格はよく知らないので、今日のデートで気が合うようなら付き合えばいいし、合わなかったら次を探せばいい。

 俺が到着して二分後にバスが来た。一番後ろの席が空いていたのでそこに座ると、すぐに金澤さんが話しはじめた。

「今日見る映画ね、最近よくテレビで出てる女優さんが主演なんだけど、私すごくファンでずっと見たかったんだぁ」

 その映画は青春恋愛もので、彼女が持っているパンフレットには、日本人離れした彫りの深い顔の女の人が載っている。あまりテレビを見ないので名前を言われても誰かわからなかった。

「へえ、有名なの?」
「もしかして理人くんってテレビ見ないの?」
「うん。あんまり見ないかな」
「ええ、それじゃあ、好きな芸能人とかいないの? 女優さんとかモデルさんとか」
「いない、いない。そもそも顔と名前が一致しないし」
「そうなの? 絶対見たほうがいいよ。この女優さんすっごく演技うまいし、頭もいいからクイズ番組とかにもよく出てるの。最近憧れてる女優さんなんだ。ねえ、理人くんはテレビ見ないなら休日は何してるの?」 

 金澤さんはよく喋る。ときどきこっちの話を聞いてないこともあるが、沈黙になって間が持たなくなるよりはいいので、適当に相槌を打ちながら話が途切れるのを待つ。

 しかし一度話が途切れたかと思うと、またすぐに別の話をはじめる。とくに俺に関する質問が多かった。合コンのときにある程度の話したと思っていたが、案外話さなかったのかもしれない。

 ……ああ、近野に喋るなって言われてたから、自分からはあまり話をしなかったのか。

 十分ほどでバスを降りて、目的の映画館に行く。平日の昼間というのもあり、すんなりと入ることができた。シアター内は満席とまではいかないがそこそこ客は入っていて、そのほとんどがカップルだった。

 公共の場であるとわかっていながらも、座ったまま手を繋いだり肩に頭を預けて一緒にポップコーンを食べたりと、映画がはじまるまでみんな自分たちの世界に浸っている。

 席についてから上映時間まで、金澤さんはパンフレットを見ながら主演の女優と相手役の俳優について話し続けていた。


 開演から二時間ほどで映画は終わり、シアター内が明るくなったところで立ち上がると、そこら中から鼻を啜る音が聞こえてきた。どうやら泣いている彼女を彼氏が慰めているというカップルが多いらしい。そのついでとばかりお互いの手を握り合ったり、座ったまま抱き合ったりしている。家でやれよ、とは言わなかった。

 俺としては面白くなかったし、泣き所もわからなかった。金澤さんが演技がうまいと言っていた主演の女優は、俺から見ればセリフは棒読みだし演技も下手だった。顔が可愛いのはわかるが、地味な女子高生というキャラ設定と合っておらず、映画の世界に入り込むことが出来なかった。

 他の客たちが退席していく間も、金澤さんは座ったままハンカチで涙を拭いている。たぶんここで周りのカップルの彼氏のように、俺が金澤さんを抱きしめるなり慰めるなりするほうがいいのだろうが、どうしてもその気にはなれなかった。

 映画館を出たあとも、金澤さんは十分に一回のペースで映画を見てよかったと言っていたが、俺はとくに何も言わなかった。

 それから彼女の希望である買い物に付き合うことになり、主にレディースのアパレルショップが入っているファッションビルに行った。

 彼女をつくるたびに思うが、女の子の服のことはよくわからない。どれを着てもあまり変わらない気がするし、似合っていればそれでいいと思う。

 これを言うとだいたい怒られるので、彼女がいたときはできる限り女性ファッション誌を立ち読みしていたが、ここ最近は彼女がいなかったのでそれもしていなかった。

 おかげで服の買い物に付き合うのはとても退屈だったし、金澤さんにどっちの服がいいかと聞かれても、どっちも似合うよとしか言えなかった。白のニットとベージュのニットなんて、どちらを買っても大差ないと思う。

 二時間ほど見て回って満足したのか、ようやく買い物は終わり、ビル内にあるカフェに入ろうという話になった。その道中、スマホケース専門店を見つけ、金澤さんに中に入っていいかと声をかけた。

「スマホのケース、買い替えるの?」
「うん。これ、そろそろ飽きたし」

 大学入学と同時に最新機種に変更し、スマホカバーもそのときに購入したが、そろそろ新しいものに変えたいと思っていた。

 店内にはシリコンケースから手帳カバー、ポケットに入らないであろう個性的サイズのものまでさまざまあった。ここまで数が多いと選ぶのに苦労する。見ているのが面倒になり、ネットで購入しようかと思ったとき、柄も模様もないクリアケースを見つけた。

「これ……」

 たしか呉内さんもこのケースだった気がする。学祭の打ち上げのあと、タクシーに乗っていたときに呉内さんがスマホを触っていたのを思い出す。夜だったとはいえ車内は電気がついていたので覚えていた。

 これならシンプルで飽きることもないし、ちょうどいいかもしれない。これ以上悩むのも面倒になり、そのクリアケースを購入した。

 カフェの店内には映画館にいたカップルが二、三組いて、まだ映画の感想を言い合っていた。

 四人がけのソファの席について俺はコーヒーを、金澤さんは紅茶を注文した。彼女はすぐに運ばれてきた紅茶を飲みながら、映画の感想や買った服の話をしていた。本当によく喋る。

「あーあ。私もあの女優さんくらい可愛かったらなあ……もっと自信持てるのに」
「……金澤さんは可愛いと思うよ」
「そう? 理人くんにそう言ってもらえるのが一番嬉しい!」

    周りに花が咲いたようにパッと笑う。泣いたり笑ったり、感情が豊かで可愛らしいと思うが、彼女が笑っているから自分も嬉しいとか、幸せだとか思うことはなかった。

 カフェで一時間ほど話をしてから、夜ご飯をどうするかという話になり、どこか居酒屋かレストランにでも行こうかと考えていたところで、自炊の話が出た。

 どうやら金澤さんも一人暮らしのようで、バイトをしながら毎日自分でご飯とお弁当をつくっているらしい。

「すごいな。俺、料理が一番苦手なんだよ」
「そうなの? 意外。何でも出来そうなイメージなのに。それじゃあ、私がつくってあげよっか?」

 そこから俺の部屋でご飯をつくってもらうという話になるまで、時間はかからなかった。

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