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第三章
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しおりを挟む夜の九時を回ったところで、近野が腹減ったと言うので、コンビニに行く話が出た。勉強に集中していて気づかなかったが、言われてみれば十二時に昼ごはんを食べて以来、何も口にしていない。
「でも腹減りすぎてもはや出るのだるい」
「わがままか」
「ジャンケンで負けたやつが行くってのは?」
「つか、理人今日遅刻して来たじゃん。罰ゲームってことで」
「お前らに勉強教えてるんだからいいだろ」
「寝てたのか?」
「ちょっと疲れてたんだよ」
今日あったことを色々と考えすぎて、落ち着こうと思い寝て起きたら、約束の時間を三十分過ぎていた。それから準備して近野の家についたのは、六時前だった。
「お前、家で勉強してたんじゃねえの?」
「いや、昼間は呉内さんの家にいたからやってない」
「呉内さんって、学祭でお前と一緒にコンテストに出てた人?」
「そう。同じマンションに住んでるんだよ。新しい家具を買ったって言うから、組み立てるの手伝ってたってわけ」
「まじか。つか、理人って何でマンションに住んでんの? 学生の一人暮らしなら普通アパートだろ」
それに関しては俺もよくわからない。あのマンションは自分で探したわけじゃなくて、親が勝手に見つけてきた物件だ。仕送りして欲しかったらあのマンションに住めと、半分脅されて引っ越した。
そうはいってもアパートに比べるとセキュリティはしっかりしてるし、部屋も広いので特に不満はない。自分で探すのも面倒なので、俺としても都合がよかった。
この話をすると、お前の親は過保護なのかとよく聞かれるが、実際はかなりの放任主義で、むしろを安心して俺を放置するためにあのマンションに引っ越しさせたのではないかと思っている。
「さあ。親が勝手に見つけてきたから」
「へえ。でも同じマンションで家具の組み立ての手伝いとかするなら、そこそこ仲良いんだろ? 呉内さんに女紹介してもらえんじゃん」
「あんだけイケメンだったら、選びたい放題、美人な知り合いも山ほどいるだろ」
「立ってるだけで女寄ってきそうだもんな。俺もあのレベルくらい顔がよかったら百戦錬磨だろうなあ……」
シャーペンをくるくる回しながら、柴本がぼうっと天井を見ている。呉内さんが女の人といる姿を思い浮かべると、何となく気が重くなる。
「いいな。俺も紹介してもらおうかな」
「あのなあ……言っとくけど、俺はあの人に女の子紹介してもらったことないからな」
「え、何で? もったいなくね?」
「理人、彼女作る気ある?」
「放っとけ」
そんなの俺が一番聞きたいわ。大学入学して半年以上経って、もう学祭まで終わったってのに、何で誰とも付き合ってないんだか。
正確に言えば、大学に入学した当初は年下の彼女がいた。でも相手は三年に進級してから受験勉強で忙しくなり、それにいちいち合わせるのが面倒だったので五月に別れた。
近野が開いた合コンで一度関係を持った相手はいるが、連絡を取らずにいるとそのまま相手からも連絡が来なくなった。
「あ、そういやさ、理人と連絡取れないって、聖女の子からめっちゃ連絡来るんだけど。俺、彼女に浮気してると思われたくないから返事してやれよ」
近野が思い出したようにスマホのチャットの画面を見せてきた。そこには俺の名前と、連絡が返ってこない件について書かれていた。
「……そういや来てたな」
「お前さあ、相手は聖女だぞ? 合コンのセッティングにどれだけ苦労したと思ってんだよ」
「いや、俺さ、あのときのことよく覚えてないんだよな。だから連絡来ても話すことないし、そもそも顔覚えてない」
「正気か?」
「あー、でも確かに理人、あの日めちゃくちゃ飲んでたもんな」
「どうやって帰ったのかも覚えてないのに、女の顔なんか覚えてるわけねえだろ」
「え、覚えてないの?」
近野が少しだけ驚いたような顔をしたので頷くと、俺が酔っ払ったあとのことを話てくれた。
「あんとき、お前女の子と一緒に帰ったじゃん」
「……は?」
いや、それはない。覚えていないとはいえ、俺の部屋には誰もいなかったし、それにあの日は呉内さんが俺を連れて帰ったと言っていた。どこで呉内さんと会ったのかはわからないが、てっきり店の前を通った呉内さんが泥酔状態の俺を見て、タクシーを呼んで連れて帰ったのかと思っていた。
「金澤未奈って茶髪のアイドルみたいに可愛い子いたじゃん」
「……いたような、いなかったような」
「おま……つか、覚えてないってなんだよ。一緒に帰ったんだからそのまま家に連れ込んだんだろ?」
「いや、朝起きたら誰もいなかったし、たぶん一人で寝てた」
近野と柴本がわかりやすく引いた顔をしている。俺だって意味わかんねえけど、それが事実なんだから仕方ない。
「あんな可愛い子と一緒に帰って、何もしなかったの? バカか?」
「あのあと理人が金澤さんの話全然しないから、てっきりワンナイトで終わったんだろうとは思ってたけど、まさか一人で寝てたとはな……」
「気が合わなかったんだろ。それかめちゃくちゃ気分が悪かったか」
「飲み過ぎんのもよくないな」
「酒はほどほどにしとくべきだな」
「それにしても理人ってすっげえ冷めてるよな。お前、人のこと好きになったことある?」
「あるわ」
「本気で?」
「……ない」
「うわ、イケメンが言うと腹立つー」
「合コンでもみんな理人しか見てなかったのに、なんか女の子たちが可哀想になってきた」
それから聖女の合コンの話になり、十分ほどしてようやく三人でコンビニに行こうと近野のアパートを出た。
昼間に比べると外はずいぶん気温が低く、コートを羽織っていても吹き付ける風のせいで寒い。コンビニまで徒歩五分、男三人で寒い、寒いと言いながら歩き、弁当やインスタントラーメンを買った。
「理人!」
会計を済ませてコンビニを出ると、数秒遅れて出てきた近野と柴本に呼び止められた。コンビニの明かりの下で二人はニヤニヤと笑いながらビニール袋の中を漁っている。
「これ、お前にも一個やるよ」
近野が俺のコートのポケットに何かを入れた。どうせロクなもんじゃないだろうとポケットに手を突っ込んだ瞬間、思わずため息をついた。
「お前なあ……」
「人を好きになるっていいもんだぞ。お前もいつかちゃんとした相手に使う日が来るかもじゃん。だからおすそわけ」
「はいはい」
「あとこれ新作だって。0.01ミリ」
「あっそ。こんなんだいたいどれも一緒だろ」
「わかってねえな! 0.03と0.01は全然違うし、他にも……って、おい! 人の話聞けよ!」
近野の隣で柴本が熱心に説明しているのを無視して歩き出す。いくら人通りが少ないとはいえ、外でそんな話に耳を傾ける気はない。
何より寒いので早く暖かい室内に戻りたい。寒さに震えながら足早に歩いていると、どこからか強い視線を感じた。
足を止め、顔を上げて周囲を見回すが誰もいない。等間隔に街頭が設置されているので、夜とはいえ比較的周囲はよく見える。しかし何度も周りを見てもやはり誰もいない。
「どうした? 理人」
「なになに? 何か見えた?」
「いや、何でも。早く帰ろうぜ。寒いし」
なるべく気にしないようにして近野のアパートまで戻ったが、その間ずっと誰かに見られているような気がしていた。
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