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第三章

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   二日間の学祭も終わり、小テストを来週に控えた学内では、みんなお祭り気分から一気に勉強モードに切り替わっていた。この学校は小テストもかなりの割合で成績に影響するので、定期試験ではなくても、それなりに勉強しなければならない。

「お待たせ。ちょっとカレーの列が混んでて時間かかちゃった」

   今日の講義は午前だけで、そのあとは大学にある食堂で深月と昼ごはんを食べようという話になった。昼休みだというのに、食堂内では参考書や教材を開いて勉強している者がちらほらいる。

「いいよ。とりあえず食べようぜ」

   俺はカツ丼、深月は海老フライカレーを食べながら、テストの話や先ほど受けていた講義の話をしていた。

   この時期になると自然とこういう会話が増える。特に俺は前回の試験で近野に負けたのが悔しくて、今回の小テストでは絶対に全教科一位を取ると決めていた。

「お、理人に深月じゃん。お疲れ」 

   カツ丼を半分ほど食べ終えたところで、近野と柴本が唐揚げ丼と定食を持って隣の席に座った。

「お疲れ。って近野、お前何ニヤついてんの?」

 スマホを見ながら一人ニヤニヤと笑っている近野は、傍から見るとちょっと気持ち悪い。よほど嬉しいことでもあったのだろうか。

「聞いてやって。こいつ、ついに彼女出来たんだよ!」
「え、まじか!」
「そうなんだ。良かったじゃん。前に合コンした聖洋大の子?」

 近野はスマホを一旦机に置いて、嬉しそうに話をはじめた。

「いや、聖洋大の子は惨敗。やっぱ理人連れてくとダメだわ。誰も俺の話聞いてくれねえし、いまだに理人に会いたいって俺に連絡寄越す子もいるし」
「罪な男だねえ~」
「だから俺のせいじゃねえって」
「まあ、それで次も合コン考えてたんだけど、この前の学祭で屋台やってるとき、客の中に超タイプの子がいてさ。何とか連絡先を教えてもらって、そこから全力でアピール。その子の大学に知り合いがいたから、そいつにも連絡して色々とお膳立てしてもらったってわけ」
「うわ、必死だな」
「なんかちょっとかわいそう」
「うるせえ。お前らみたいに顔が良いやつにはわかんねえよ!」

   そう言いながらも、近野は嬉しそうにまたスマホを見てにニヤニヤと笑っていた。

   おそらく彼女の写真をロック画面に設定しているのだろう。その様子を見た深月が、彼女の写真を見せてほしいと言うと、近野が見ていたスマホの画面をこちらに向けた。

「へえ、可愛いね」

   画面には茶髪のログヘアにやたらとまつ毛が長く、黒目がキラキラと光っている女の子が写っていた。深月は可愛いと言ったが俺には正直よくわからない。

   いや、一般的には可愛いのかもしれないが、この不自然に大きくて光っている黒目とか、長すぎるまつげとか細すぎる顎が宇宙人みたいだと思ってしまった。一度宇宙人だと思うと、もうそれにしか見えない。

「可愛いといえば、学祭のときの理人はまじでタイプだったわ」

   近野の彼女の話は聞き飽きていると言うふうに、柴本が話題をさらっと変えてきた。それも嫌なことを思い出させてくる。

「イケメンは何やっても様になるのはまじで腹立つけど、コンテストで優勝したのも納得できるくらい美人だったよな」
「お前がやらせたんだろ」

 自慢げに話す近野の隣で、柴本がスマホで撮影したコンテストの写真を見ている。思わず自分の隣に写っている呉内さんを見た。ある程度離れた場所から撮影しているようだが、遠くから見てもわかるほど整った顔をしている。

「あ、俺、あのコンテストは客として見に行ってたんだけど、理人と組んでたこの男の人、うちの卒業生なんだっけ?    二人ともまじで美男美女で理想のカップルって感じだったよな」

   スタッフとして学祭に参加していない友達が見ていることも覚悟していたが、やはり実際に感想を言われると恥ずかしい。

「だから俺は男だって」
「お前をコンテストに応募した俺の目に狂いはなかったってことだ」

   勝手に応募して勝手満足するなっての。やっていた俺はせっかくの学祭でどれだけ精神的苦痛を受けたことか。

「俺、あの理人なら抱けるわー」
「何キモいこと言ってんだよ。彼女いないからってそれはないわ」

   柴本の言葉に対して、近野が笑いながらすかさずツッコミをいれた。いつものように適当に喋って笑って、それだけのことなのに、急に呉内さんに押し倒された日のことを思い出してしまい、胸の奥からぞわぞわとしたものが溢れてくるような気がした。

「理人、どうしたの?」

   深月は俺の変化に敏感だ。それは体調だったり表情だったりとさまざまであるが、自分自身でも気づかないような変化にもすぐに気づいてくれる。俺が鈍すぎるせいか、周りにはそういう人間が多い。氷坂さんもそうだし。

「え、もしかしてまだ体調悪いのか?」
「いや、さすがに学祭終わって二週間だぞ」
「お前がキモいこと言うから気分悪くなったんじゃね」
「……そうそう。柴本が意味わかんねえこと言うからだよ」

 何とか笑って誤魔化してみたが、たぶん深月には隠し事をしていると勘付かれてしまっただろう。

   あとで何と言い訳しようか。そんなことを考えているうちに昼休みは終わりにさしかかり、近野と柴本は次の講義を受けるために東館に向かい、俺と深月は大学の図書館に向かった。

 テスト期間中はバイトのシフトを減らして、講義の後は深月と図書館で勉強をしている。一人で勉強してもいいが、最近はいろんなことがありすぎて家にいても集中できる気がしない。隣で勉強しているやつがいれば、俺も余計なことを考えずに済む。

「ねえ、理人」

   図書館の前で深月が足を止める。こちらを見ようとはしない。

「最近、何かあった?」

 深月には呉内さんとの関係を一切話していない。自分の兄の知り合いと幼馴染みがそんな関係になっているとは夢にも思わないだろうし、知る必要もない。知りたくもないだろう。

 呉内さんにはもう彼女がいて、きっとあの人の中ではすでに過去の出来事になっている。俺にも彼女ができれば、そのうち過去の出来事の一つとして捉えることができるだろう。

 これから関係を修復すれば、呉内さんは俺にとって同じマンションの住人で、仲の良いのお兄さんになる。その日はたぶんもうすぐ来る。だからこいつは何も知らなくていい。

「何も……何もない。ただちょっと貧血気味だっただけ。だからお前は何も心配しなくていい」

 後ろから深月の頭を撫でる。納得していないようだったが、俺の言葉を信じてくれたらしく、それ以上は何も言ってこなかった。

 今はテスト期間だ。呉内さんのことを考えている余裕はない。何より、たった一度のことにここまで振り回される続けるなんて俺らしくもない。

「ほら、入ろうぜ。勉強するんだろ」
「うん、入ろっか」

 深月と一緒に図書館に入り、空いている席に座る。それぞれテーブルに教材やノートを広げ、閉館時間まで勉強を続けた。

 図書館で閉館時間まで勉強したのち、深月とラーメンを食べて帰宅した。今日は頑張ったし、家に帰ったらゆっくりしよう。マンションのエントランスに入ったところで人の気配を感じ、振り返るとポストの前にスーツ姿の呉内さんが立っていた。

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