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第二章

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 タクシーの中で会話はほとんどなかった。たぶん、呉内さんは俺に気を遣っていて、俺は俺であの空気から抜け出せた安堵から、再び眠くなりはじめていたからだ。 

 ついでに言うとあまり料理を食べられなかったのでお腹が空いたといのもある。家に食べるものはあっただろうか。たぶん、パンと米はあると思うが、あとはカップ麺くらいだ。

 隣の呉内さんを横目に見るとスマホを触っていた。メッセージを作成しているのか、指が忙しなく動いている。

 相手は彼女だろうか。打ち上げ中に電話をしていたらしいという相手。もしかして早く帰って来て欲しいという連絡だったかもしれない。

 俺も友達と遊んでいるときに、そういうメッセージを送ってくる女の子と付き合ったことがあるが、面倒なことこのうえない。でもきっと呉内さんはマメだろうし、そういうメッセージが来てもきちんと返事をしているのだろう。

 それとも本当に由莉奈さんだったりして。打ち上げのとき二人が席を立ったタイミングは同じだったみたいだし、周りには隠しているが実は付き合っているというパターンかもしれない。

 それなら由莉奈さんがあのとき俺を睨んでいたことにも納得できる。せっかくの時間を俺が邪魔したことになるし。

「理人くん、着いたよ」

 呉内さんに呼ばれて我に返ると、すでにタクシーはマンションの前に停車していた。金を払おうとしたがすでに精算済みだと言われ、そのまま二人でマンションのエントランスに入り、三階に向かった。心配だからと呉内さんも着いて来た。

「何から何まですみません」
「いいよ。それより理人くん、お腹空いてない?」
「え、ああ、まあ……」
「キッチン貸してくれたら、俺が何かつくるよ?」
「いくらなんでもそこまでは……」
「あんまり食べてないでしょ? 実は俺もそうだし」

 彼女のところに行かなくていいんですか? とは言えなかった。まるで俺が呉内さんの彼女を気にしているみたいで。

「……じゃあ、お願いします」

 部屋に入り電気をつける。人を入れる予定はなかったので、思いの外散らかっている。さすがに恥ずかしくなって、脱ぎっぱなしのニットや買ったまま放置していた日用品を急いで片付けていると、呉内さんに止められた。

「理人くんはソファに座ってて」
「あ、いや。熱とかないですし、大丈夫ですよ。それに結構散らかってますし……」

 呉内さんの部屋があまりにも綺麗だったので、きっとこんな部屋は耐えられないだろうと思ったが、本当に気にしていない様子だったので少しだけ安心した。これからはいつ誰が来てもいいように普段から片付けるようにしよう。

「いいの。俺に気を遣わないで。ほら座って」

 言われるがままにソファに座ったが、自分の家なのに何となく落ち着かない。呉内さんはほとんど何も入っていない冷蔵庫から、卵とベーコンと萎れたネギを取り出した。インスタントのうどんや焼きそばを食べるときに入れるように買った唯一の野菜だ。

 冷蔵庫を閉める音、蛇口から水が出る音、まな板の上でねぎを切る音、いろんな音の中で手際よく動く呉内さんの後ろ姿が見える。フライパンで焼くを音がしはじめると、いい匂いがこちらに漂ってきた。

 料理をつくる呉内さんを見ているうちに時間が経ち、二十分ほどでテーブルに美味しそうな炒飯が二つ並んだ。二人でソファに横並びに座って炒飯を食べる。

「うま……」
「理人くんっていつも美味しそうに食べるから、作り甲斐があるよ」 
 
 作った本人にそう言われるのは恥ずかしいが、本当に美味しいのだから仕方ない。

 まさか再び呉内さんの料理を食べることになるとは思いもしなかった。うちにある最低限の食材でこんなに美味しい料理ができるのは、趣味の範疇を超えているような気がする。

 テレビをつけるのも忘れて、二人で今日のことや呉内さんの大学時代の話を聞きながら炒飯を食べた。

 はじめて一緒にご飯を食べたときのことを思い出す。あれ以来何度か会って、優しい兄が出来たみたいで嬉しかった。深月にも言われた通り、俺はたぶん兄弟が欲しかったんだろう。昔から京斗さんと深月を見てきたから余計かもしれない。あのことがなければ、たぶん今も同じことを思っている。

 でも呉内さんは、もう俺に対して恋愛感情は持っていないように思う。

 今日のコンテストや空き講義室で話していたとき、打ち上げの席、そして今ここでも呉内さんは強引に触ったり、キスしたりしてくることはなかった。むしろコンテスト以外で俺に触ろうとしたことは一度もない。そもそも連絡先すら聞かれていない。

 やはり俺が拒絶したことで恋愛対象から外れたのか。彼女がいるということは、あのあとすぐに他の誰かを好きになって、その人と付き合いはじめたと考えるのが一番腑に落ちる。誰がどう見てもモテるし、呉内さんが一言好きだと言えば、大抵の女性は喜んで付き合うだろう。

 それとも由莉奈さんと再会して、俺のことは一時期の気の迷いだったと気がついたのか。井坂くんが言っていたような男女ともに恋愛対象として見る人なのかもしれない。

 どちらにせよ彼女が出来たならそれは俺にとって好都合なはずだ。多少時間はかかるかもしれないが、これからまた関係を修復していけばいい。俺にだってそのうち彼女ができるだろうし、そうしたらきっと何事もなかったようにすべてがうまくいくはずだ。

「ごちそうさまでした。本当に何から何までありがとうございました」
「理人くんが元気になったみたいでよかった」
「え?」
「打ち上げのとき本当に顔色悪かったから」
「……たぶん疲れてたからだと思います」
「じゃあ、ゆっくり寝ないとね」

 呉内さんは食器を運ぼうと立ち上がったので、慌てて俺も立ち上がり自分で食器を重ねた。

「あ、あとは自分で片付けるんで置いといてください。呉内さんも疲れてると思うんで……」
「そう? 無理しないでね」

 その瞬間だった。ズボンのポケットに入れていたスマホの着信が鳴った。画面には「非通知設定」と表示されている。

 ……またか。

 画面を見ているうちに電話は切れたが、五秒もしないうちにまた非通知から電話がかかってきた。

「出なくていいの?」
「え、ああ、大丈夫です。近野からなんで。たぶん、体調悪いのを心配してかけてきたんだと思います」

 切れたと思ったらまた着信が鳴る。すぐにマナーモードにしてから電話に出ずに拒否した。

「いい友達だね」
「女装させたのはあいつですけどね」
「それもいい思い出になるよ」

 それじゃあ、俺は帰るから。そう言って呉内さんは玄関に向かって行く。強引に居座られる可能性も考えていたが、そのあっさりとした対応に、やはり彼女が出来たことで俺に対する恋愛感情は消えたのだと確信した。

 これでいいんだ。これ以上ここに居られてもどうしていいのかわからないし、何より早くベッドに入って寝たい。

「理人くん、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」

 それなのに呉内さんを見送り、ドアが閉まったのを確認したあと、急に胸の中に大きな穴が空いたような気持ちになった。自分ではどうにも埋められない大きな穴。

 しかしすぐに非通知から着信があったことを思い出し、スマホを確認すると、不在着信二十件と表示されていた。

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