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第二章
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しおりを挟む花火のあと俺たちは講義室を出た。学祭が終わり客のいなくなった構内には、散乱したゴミを拾う学生や屋台の片付けをしている教授たちの姿があった。
「深月!」
たこ焼き屋の屋台の近くに深月がいた。すでに女装ではなく元の姿に戻っている。
「理人、お疲れ。って、まだ女装のままだったの?」
「え、あー、うん。そろそろ着替えるけど」
「近野が理人が見当たらないって言ってたけど、もしかしてギリギリまで宣伝してとか?」
「いや。ちょっと休憩してた」
「一人でこんな時間まで休憩? 朱鳥さんもいないから一緒かと思ったけど」
そう言われて呉内さんがいないことに気がついた。あれ? たしかについさっきまで一緒だったのに。トイレにでも行ったのだろうか。あの人なら俺に一言声をかけそうなのに。
「まあ、今日はかなり疲れたよね。俺も途中でたこ焼き屋の横に立ってただけだし。とにかく着替えて来たら? 運動部が使ってるトレーニングルームのシャワー室、解放してるから使っていいってさ」
深月が俺の私服の入った布袋と化粧落としを渡してくれた。これでようやく解放される。
「サンキュー。ほかのみんなは?」
「今は片付けの途中。備品の返却とか看板の片付けとかやってるよ。このあと打ち上げやるから、本格的な片付けは明日だって」
「深月は打ち上げ行くのか?」
「うん、俺も行く。学科長が優勝祝って奢ってくれるらしいから」
打ち上げは九時半からはじまるそうなので、俺は急いで布袋を持ってシャワー室に向かった。女装の際に着ていた服と被っていたウィッグは明日の片付けのときに処分するため、一旦すべて布袋に入れておくようにと言われた。
シャワー室を出て髪の毛を乾かしスマホを見ると、深月から近くの居酒屋に移動したとの連絡があった。トレーニングルームを出て、衣装が入っている袋を指定された場所に置いて大学を出た。
その居酒屋は大学から徒歩十分の場所にあり、中に入ると奥の座敷から近野の笑い声が聞こえてきた。
「お、理人お疲れー!」
「八月一日くんお疲れー!」
まだみんな来たばかりなのか、テーブルにドリンクは並んでおらず、代わりにメニューを広げて何を注文するか話し合っていた。いつの間にかいなくなっていた呉内さんもみんなの輪の中にいた。
「理人、お疲れ。ってか、遅えよ」
「悪い、悪い。でも注文まだだろ?」
「あ、君……」
近野と話していると、聞き覚えのある声がした。座敷の入り口に背を向けて座っていた女性が振り返る。一瞬誰かわからなかったが、ふわっと甘い匂いがしたことで、女装コンテストの前に会った人だと思い出した。
「あのときはありがとう」
「あ、いえ」
「え、理人。お前、もしかして由莉奈さんと知り合いかよ?」
近野が興味津々な顔をしている。美人のことになると本当に見境ないな。
「知り合いっていうか……」
「私が北川くんたちと合流する前に迷って。彼にメイド喫茶まで案内してもらったの」
北川って誰だと思い店内を見回すと、知らない男が二人座っていた。あきらかに同い年ではないし、俺の知り合いでもない。
近野の話によると、由莉奈さんと男二人は呉内さんと同じくこの学科の卒業なんだとか。たまたま遊びに来ていたので教授が打ち上げに誘ったらしい。
「由莉奈、昔から極度の方向音痴なんだよ」
「そうそう。成績は呉内に次ぐ学年トップクラスで、英語も喋れるバイリンガル、男から毎日告白される美女なんだけど、唯一の欠点が方向音痴なんだよな」
「もう、三嶋くんってば、いくらなんでも毎日告白されるわけないでしょ」
やたらと太った男は北川と名乗り、心配になるくらい痩せ細った男は三嶋と名乗った。由莉奈さんを含め、三人とも呉内さんの同期だという。由莉奈さんが待ってるって言ってた友達ってこの二人のことか。
「本当、変わらないな、由莉奈は」
「北川、お前は変わりすぎだけどな」
「ふふふ。それはそうね」
三嶋さんが由莉奈さんの言葉に同意する。呉内さんは隣の女の子にひっきりなしに声をかけられていて、こちらを見ることもなかった。
さて、どこに座ろうかと店内を見回していると、由莉奈さんに声をかけられた。
「八月一日くん、隣空いてるよ?」
「あ、ありがとうございます」
座れたらどこでもいいかと思い、そのまま由莉奈さんの隣に座った。左隣に由莉奈さん、右隣には深月、向かいには近野、そして由莉奈さんの正面、俺から見て斜向かいには呉内さんが座っている。
「私、八月一日くんが案内してくれなかったらずっと迷子だったかも。北川くんがメイド喫茶で待ってるって言ってたんだけど、全然場所がわからなくて」
「うちの学科だと南館を使う機会は少ないですよね」
「そうなの。私も四年通ってたけど、ほとんど行かなかったの。だからすごく助かったわ。でも女装コンテストで朱鳥とステージを歩く八月一日くんを見たときはすごく驚いた。本当に女の子だと思ってたから」
由莉奈さんは俺に話しかけてきた。高校時代の俺なら確実に自分に好意があると踏んで連絡先を交換していたはずだが、今はそんな気にはなれなかった。
自分でも理由はよくわからず、とにかく話の隙をついて深月にメニューを見せてもらい飲み物を決めた。近野が合コンで培われた幹事力を発揮し、全員分のドリンクと料理を注文してくれた。三森教授がいる場合、一年生はお酒を飲めないので、俺も深月もウーロン茶を注文した。
「それでは、優勝を祝して乾杯ー!」
打ち上げがはじまってから、呉内さんに話しかけれるかと思ったが、基本的には卒業生の三人と教授と話したり、在校生の女子に色々と質問をされたりしていて、とくに会話をすることはなかった。
俺は俺で近野や深月、そして由莉奈さんと話しながら、屋台の写真、コンテストの写真や鉄板を睨みつけながら必死にたこ焼きを焼いている教授の写真を見せてもらったりした。
そういえばせっかくの学祭だったのに自分のスマホでは一枚も写真を撮っていなかった。
コンテストやら宣伝やらでそれどころじゃなかったとはいえ、さすがに一枚もないのは寂しいので、撮っていたやつに送ってもらうことにした。
「ねえ、理人くん」
「はい」
名前を呼ばれて左隣を見ると、酒が回っているのか頬を少しだけ赤くしている由莉奈さんと目が合った。視界の隅で近野が悔しそうな顔をしているのが見える。
「理人くんって彼女いないの?」
「いないですよ」
「えー、意外! 絶対いると思ったのに」
「大学入ってから誰とも付き合ってないんで」
「そうなんだ。もったいない。こんなにかっこいいのに」
「今はバイトしてるのが楽しいんで、いい人がいたらそのうちってくらいですよ」
呉内さんの前でこの話題を続けられるのは避けたかったので、話を切り替えようと一旦ウーロン茶を飲もうとして、由莉奈さんの顔が至近距離にあることに気がついた。
「口元に何かついてるよ?」
白く細長い指で口元をすっと拭われた。由莉奈さんのきれいな顔があどけない笑みを浮かべているのに、俺が感じたのは強い嫌悪感だった。
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