イージーモードな俺の人生を狂わせたアイツ

世咲

文字の大きさ
上 下
25 / 76
第二章

しおりを挟む
 
 待機時間に呉内さんと話すことはほとんどなかった。おかげで俺はどんなアピールをするのか知らないままだ。まあ、どうせ大したことはしないだろう。カップルに見えるかどうかなんて人によるし、短い時間でできることなんて限られているのだから、適当にポージングをして終わるだろう。
 
 あれこれ考えている間もコンテストは順調に進み、俺の疲労感もピークを迎えるころ、ようやく出場時間になった。

「皆様、ここまでたくさんのカップルを見てきましたが、ついに、ついに最後のペアです!」

 落ち着きはじめていた歓声が再び盛り上がりを見せる。

「それではいきましょう! トリを飾るのはこの二人だ!!」

   司会者も疲れはじめているのか無理やりテンションを上げているように見える。

   裏方のスタッフにゴーサインを出され、俺と呉内さんはようやく幕から出てステージに立った。その瞬間、突然会場が静まり返った。さきほどまで歓声やら笑い声やらで盛り上がっていたのに、誰一人として声を出さずに俺たち二人を見ている。同じ学科のやつも見ているはずなのに、誰も声を上げない。

 ……おい、大丈夫か、これ。
 
   やはりキツかったか。参加者の女装男子は、小柄で可愛いタイプの顔つきで、一見すると本当に女の子に見えるような男か、あるいははじめから笑わせにいくつもりの、やたらと体格の良いスポーツマンのような男のどちらかだった。

   だが俺の場合そのどちらでもないため、笑わせにいこうとして失敗した感じがあるのかもしれない。いくら自分からエントリーしたわけではないとはいえ、客からしたらそんなことは関係ない。

   さっさと終わらせて帰りたい。そう思いながらステージを歩いていると、呉内さんの歩くペースがやけに早いことに気がついた。早く終わらせたい気持ちはわかるが、これでは到底カップルには見えない。

 不本意の参加とはいえ、白桃屋のロールケーキがかかっているんだ。優勝しないことにはやってられない。慌てて小走りにあとを追いかけると、呉内さんはその場で立ち止まってこちらを振り向り、笑顔で手を差し伸べてきた。

 触れたくなかったが、ここでスルーするわけにはいかず、俺も立ち止まって手を乗せると、壊れものに触るかのように優しく握りしめられた。押し倒されたときのような力強さがなくて驚いた。

 そのまま手を繋いでステージの先端まで歩く。今だに会場内は静まり返っている。

 このあとどうするつもりなのか。というか、こんな静まり返った状況では何をしても間違いなく滑る。いくらなんでもここからの大逆転劇はこれっぽっちも思いつかない。

 もしかするとこのまま手を繋いだだけで終わりかもしれないと思ったが、ステージの最先端で呉内さんは俺の手を離した。

 このあとの展開がわからず、助けを求るように隣にいる呉内さんに視線を向けると、俺の顔を包むように頬に両手を添え、上から覗き込むようにゆっくりと顔を近づけてきた。

「……こっち見て。三秒だけ我慢して」
「え?」

 観客には聞こえない声量でそう言われ、恐る恐る顔を上げる。この至近距離で伏せられた長いまつ毛。視線の先は考えなくてもわかる。改めて近くで見ると本当に顔が整っていて、思わず息を呑む。

 心臓がうるさい。つま先から顔まで全身に熱を帯び、うまく力を入れることができない。鼻先同士が当たりそうになった瞬間、反射的に目を閉じで数を数えた。一、二、三秒きっかり。目を開けると呉内さんの顔が離れていく。その瞬間、会場内に歓声が響き渡った。

 おそらく頬に手を添えられているせいで、客席から見れば俺と呉内さんがキスしているように見えたのだろう。しかし実際は触れそうな距離というだけでキスはしていない。それなのにこちらを見る呉内さんはあまりにも眩しくて、心臓が破裂しそうなほどうるさく鳴り続けている。

 あのときのような怖さはどこにもない。何を考えているかわからない笑顔でもない。俺を見るのは優しくて暖かい目だった。きっと客席からではわからないだろうが、今の俺は間違いなく顔が赤い。それくらい体が熱かった。

 呉内さんはすぐにいつもの笑みを浮かべると俺の手をもう一度握り、客席に背を向けて歩き始めた。その間もずっと黄色い悲鳴が絶え間なく会場内に響いていた。

   幕の裏に戻るとあっさりと手を離され、同時に疲労感から俺は待機用のベンチに座り込んだ。

「お疲れ様。優勝できるといいね」

 呉内さんはそう言って、参加者に用意されている水の入ったペットボトルを渡してくれた。これで優勝出来なかったらいっそのこと退学したい。

   頬には手を添えられたときの感触がじんわりとまだ残っている。それを誤魔化すようにもらった水を一気に飲み干した。


 全参加者の出番が終了し、二十分ほどで結果発表の時間となった。呉内さんとともにステージに並ぶ。三位、二位、そして優勝の順に発表されるらしい。

「皆様、大変お待たせいたしました! 結果発表のお時間です!」

 司会者より発表された三位と二位に俺たちの名前はなかった。残るは一位。ここまでして優勝できなかったら、一生思い出したくない黒歴史になりそうだ。白桃屋のロールケーキも食られないし、真剣に退学を考えるべきかもしれない。

「それでは第一位の発表です。光条大学学園祭、第十五回女装コンテスト。映えある第一位は……見事このコンテストのトリを飾った八月一日理人、呉内朱鳥ペアです!」

 名前を呼ばれた瞬間大歓声が上がり、ステージの下からカラフルな紙吹雪が舞った。盛大な拍手と歓声が湧き起こる中、司会者に優勝者としてコメントを求められたが、終わったという安心感が大きくて大したことは言えなかった。

 最後に俺は賞金と景品のロールケーキの引き換え券をもらい、女装コンテストは幕を閉じた。

「優勝できてよかったね」
「呉内さんのおかげですよ。俺はアピールとか何も思いつきませんでしたし」

 疲労と喜びで頭がふわふわとしている。今すぐにでもウィッグを外して化粧を落として着替えたいが、まだ学祭は続くためそういうわけにはいかない。そもそも俺はこのコンテストのために女装していたわけではないので、まだしばらくはこのままだ。

 あとの時間は宣伝のために構内を歩くよりも、店の近くでゆっくりと客引きをしよう。そう思っていたのに、二人でコンテスト会場を出た瞬間、数えきれないほどの人に囲まれた。
 
 何が何だか理解できずにいると、その場にいる全員が一斉に話しはじめた。声が重なり合ってうまく聞き取れなかったが、どうやら女装コンテストの観客であるらしかった。それも全員女の子だ。

 普段なら喜ばしいことだが、今日ばっかりは疲労によりそれどころではない。むしろ至近距離で大声を出されて頭がパンクしそうだ。

「呉内さんってこの大学の方ですか!?」
「あの、よかったら連絡先教えてください!」
「呉内さん、ぜひうちの学科のお店来てください!」

 女の子たちが一気にその名前を出した瞬間、このままではいけないと思い、反射的に隣にいた呉内さんの腕を掴んで、比較的人の少ない方に向かって走り出した。

「理人くん!?」

 後ろから呉内さんの声と女の子の悲鳴に近い声がするが、構っている余裕はない。あのままあそこにいれば、間違いなく呉内さんに迷惑がかかる。

 とにかく誰も来ない場所に逃げないと。その一心で俺は周囲の目も気にせず、呉内さんの手を引いて構内を走り回った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

【Rain】-溺愛の攻め×ツンツン&素直じゃない受け-

悠里
BL
雨の日の静かな幸せ♡がRainのテーマです。ほっこりしたい時にぜひ♡ 本編は完結済み。 この2人のなれそめを書いた番外編を、不定期で続けています(^^) こちらは、ツンツンした素直じゃない、人間不信な類に、どうやって浩人が近づいていったか。出逢い編です♡ 書き始めたら楽しくなってしまい、本編より長くなりそうです(^-^; こんな高校時代を過ぎたら、Rainみたいになるのね♡と、楽しんで頂けたら。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!

かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。 その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。 両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。 自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。 自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。 相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと… のんびり新連載。 気まぐれ更新です。 BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意! 人外CPにはなりません ストックなくなるまでは07:10に公開 3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

処理中です...