イージーモードな俺の人生を狂わせたアイツ

世咲

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第二章

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   たこ焼き屋の売り上げは、今のところ他学科に大差をつけているらしかったが、午後になって少し売り上げが落ちてきたとかで、屋台につくと周囲に客は三人ほどしかいなかった。

「休憩戻るぞー」

   屋台では近野をはじめとする八人の運営スタッフと、学科の教授が交代でたこ焼きを焼いていた。

「理人、お帰り。ちょっと客足減ってきたからまた宣伝頼むわ」

 近野にそう言われて心の中でガッツポーズをしていると、屋台の奥のベンチでたこ焼きを食べながら休憩していた学科長の三森教授が、慌てて屋台から出てきた。

「もしかして呉内か?」

   三森教授は呉内さんを見るなり嬉しそうにそう言った。

「お久しぶりです、三森さん」
「本当に久しぶりだな。いつこっちに帰って来たんだ?」
「先月ですよ。日本の支社に移動になったんです。今日はちょうど会社が休みだったので、ちょっと見学に」

   二人のやりとりを見た近野が「みもっちの知り合い?」と聞くと、教授は大きく頷いてからこう言った。

「ああ、こいつはうちのOBだ」
「は!?」

   教授の言葉に俺は呉内さんと深月を交互に見る。呉内さんがOBということは、つまりうちの大学の卒業生なのか。

「理人、知らなかったの? 朱鳥さんはうちの学科の卒業生だよ」

   深月も知っていたということは、京斗さんと三人で食事をしたときにそんな話になったのだろう。同じ大学出身というのはさすがに予想外だったが、これは俺にとって好都合かもしれない。

   教授は呉内さんと再会出来て嬉しそうだし、屋台運営のスタッフの女の子たちは、呉内さんをちらちらと見ながら黄色い声をあげているから、そのうち話しかけるだろう。

   つまり今のうちに逃げればいい。もともと学内を練り歩くのが仕事だから、どちらにせよこのままここにいるわけにはいかない。 それに宣伝係の俺が客として来ている呉内さんと同じように行動するわけにはいかない。

   よし、今のうちだ。

「あ、そうだ。呉内、一つ頼まれてくれないか?」

   三森教授が呉内さんに話しかけたので、その隙に看板を持って逃げようとした。

「八月一日が出る夕方の女装コンテストにサポーターとして出てくれないか?」

    ……ん? 今、何と言いました?

「女装コンテストですか?」
「ああ、女装するのは八月一日だ。というか、もうしてるしな。あとはサポーターが必要なんだ。忘れたか? うちはコンテストに出る際、必ずサポーターをつけるルールだっただろう?」
「いや、ちょ、女装コンテストって何の話だよ!」

 教授の背中に隠れるようにして、近野が本日二度目の顔の前に両手を合わせて激しく頭を振っている。申し訳なさそうな顔をしつつ、半分笑っているところが腹立つ。

「何って、お前は今年の女装コンテスト、うちの学科代表だ。たまたまサポーターを頼んでたやつが体調不良で来れなくなったから、ちょうど代役を探してたんだよ」

 どうして何もかも俺の知らないところで話が進んでいるんだ。しかもよりによってその代役が呉内さんなのはいくらなんでもありえない。そもそもサポーターって何だよ。

「でもいいんですか? 俺、在校生じゃないですけど」
「大丈夫、大丈夫。去年からサポーターは部外者でも問題なくなったから。むしろ客参加型のイベント扱いだからな」
「あ……で、でも、ほらサポーターなら深月もいるし」

   わざわざ呉内さんに頼まなくても深月が出ればいいだろう。

「理人、悪いがそれはだめだ。深月はお前がコンテストに参加してる間も、うちの屋台の宣伝をしてもらうからな」

   俺の意見はあっさりと断れ、うちの学科の生徒を今から呼び出すのも面倒だということで、結局呉内さんがサポーターの代役をするということで決定してしまった。

「コンテストは五時からだから、四時には新館の三階にある控え室に集合だ」

 さすがに教授の前では強く抗議に出ることもできず、半ば投げやりな気持ちで参加することにした。

「わかったよ。ってかだいたい何で女装コンテストなんだよ。普通こういうのって美男美女コンテストだろ」

   それなら何も不満もなく出るが、なぜよりによって女装なのか。

「この大学は美女コンテスト、美男子コンテスト、女装コンテスト、男装コンテストの四つを交代でやってんだよ。去年が美女コンテストで今年が女装コンテスト」

   さらには美男子コンテストと男装コンテストの場合は女のサポーターをつけ、美女コンテストと女装コンテストでは男のサポーターをつけ、メインの相手を引き立てる必要があるらしい。

「それじゃ、呉内。悪いが八月一日のサポーター頼む」
「はい。よろしくね、理人くん」

   最悪の展開に頭がついていかない。せっかくの学祭だというのに、何でこんな嫌な役回りばかりなのか。

「よろしくな、理人。女装コンテストの優勝者は賞金二万円と白桃屋のロールケーキだから。頑張れよ」
 「は? ……まじかよ……」

   白桃屋のロールケーキって予約三年待ちのあのロールケーキか。そう言われるとやる気を出ざるを得ない。

   というか、何が何でも優勝するしかない。ただでさえこんなに面倒なことを押し付けられて疲れてるというのに、そのうえ女装コンテストに出てロールケーキも貰えずに終わるなんてありえない。

 屋台の優勝賞金の振り分けによる一万では割に合わないと思っていたが、ロールケーキが貰えるならまだ今日という日が報われる。

「ま、やるからには絶対優勝するから」

   呉内さんと一緒にというのは不服だが、どうせステージにいる時間なんか数秒のことだろう。それくらい我慢するしかない。何より深月がいる前で断れば不審に思われる。

「まあ、この二人なら優勝してもおかしくはないな」
「本当、呉内が来てくれてよかったよ。コンテストでは理想のカップルに見えると得点が高いんだ。八月一日を出すのはいいが背が高いだろう。サポーターは最低でも百八十センチはないと話にならならない。これまた長身なやつを探すの大変でな」
「呉内さんって、身長何センチなんですかあ?」
「たぶん百八十五くらいかな」 

   みんな呉内さんを囲って勝手に盛り上がっているが、そもそも二人組のうちの一人は女装してるのに理想のカップルって何だよ。まったく理解できない。

   とにかく少しでも呉内さんと一緒にいる時間を避けるために、俺は予定の時間になったら控え室に行くとみんなに伝えて、看板を片手に別館に移動した。

   だが正直なところ、宣伝に関してはまったくやる気が起きない。変な電話はかかってくるし、女装コンテストに無理やり参加することになっているかと思えば、呉内さんとペアになるし。

 呉内さんがうちの大学の卒業生だとは想像もしなかった。この大学は偏差値が低いわけではないが、京斗さんと同じ会社に勤めてるくらいだからもっと有名な大学に通っていたんだろうと勝手に思っていた。それこそ俺の親の大学とか。

 俺の親は二人とも大学教授だが、勤めているのはこの大学ではなく、青蓮《せいれん》大学という偏差値が高いことで有名な大学だ。

   いくらなんでも親に勉強を教えてもらうのは嫌だったので、わざわざ別の大学に入学した。この大学に入学した理由はそれだけなので、実家から俺の住むマンションまでは電車で二十分の距離だ。

   それにしてもマンションも同じで大学も同じとなると、どこに行っても呉内さんがいるような感じがして気が重くなる。逃げ場がないみたいだ。

   大学は向こうが先輩だから仕方ないが、こんなことなら青蓮大学を受験するべきだった。あのときの俺はこんなことになるなんて知らなかったから、これもまた後悔しても仕方のないことなのだが。

   結局コンテストの控え室に集合する時間まで、あまり客引きもせず適当にやり過ごすことにした。

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