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第二章
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しおりを挟む学祭で毎年必ず行われる学科対抗の屋台で、うちの学科はたこ焼き屋を出すと近野がはりきっていた。そのためここ最近は、屋台のスタッフを務める学生たちが、講義の後でたこ焼きをを焼く練習をしていた。
他にも色々な模擬店やお化け屋敷があるそうだが、基本的に大学のあとはバイトをしている俺と、バイトをしながら京斗さんの分まで家事全般をこなしている深月は一切参加する予定がなかった。
それなのにどうして学祭最終日の今日、開始二時間前に俺と深月が大学に来ているのか。
「……そういうわけだから、理人、深月、頼む!」
朝から俺たちを呼び出した近野が、長々と呼び出した理由を説明し、顔の前で大げさに両手を合わせて軽く頭を下げてきた。近野の周りには同じ学科の女子四人がニヤニヤしながら俺たちのやりとりを見ている。
昨日の夜、いきなり近野から着信があり出てみると、学祭がはじまる二時間前に大学に来て欲しいと言われた。
もともと今日は俺と深月で学祭を見て回る予定だったので、バイトもなくほかに用事もないので承諾したのだが、近野から理由を聞いて帰りたくなった。
「何で屋台の宣伝のために俺たちが女装するんだよ。意味わかんねえ」
近野が俺たちを呼び出した理由は、女装してたこ焼き屋の看板を片手に学内を練り歩き、屋台の宣伝をしてほしいというものだった。何でも一日目の売り上げがイマイチで、このままでは確実に優勝を逃してしまうらしい。
「すべてはうちの学科が優勝するためだ。いいか、よく考えてみろ。女が宣伝しても男しか引っかからないし、男が宣伝しても女しか引っかからない。でも女装した男が宣伝したら、まず男が引っかかるだろ? で、それが実はイケメンでしたってなると、その周りにいる女も引っかかるってわけだ」
「何で学祭のためにそこまでする必要があるんだよ」
「優勝したら賞金十万だぞ! 屋台メンバーとお前ら二人の宣伝メンバーでちょうど十人で山分け! やるしかねえだろ」
バイトをしている俺としては、女装して一万円もらうくらいなら働いたほうがよっぽどいい。
「だいたいさ、理人この前の定期テスト、数学は俺より点数低かっただろ?」
「テスト関係ねえだろ。しかも一点の差だし」
「テストで負けたら罰ゲームって話、忘れたのかよ」
「それ、いつの話だよ」
入学当初はたしかにこいつとそんな話をしていたが、小テストを含めても俺が負けたことは一度もなかったので、だいたい罰ゲームは近野がやっていた。
「え、理人。テストの点数、悪かったの?」
深月が不思議そうな目でこちらを見てくる。やめてくれ。恥ずかしいから誰にも言いたくなかったんだ。あんなに低い点を取ったのは生まれてはじめてだ。
「それにお前ら二人とも何も参加してないし、顔はいいんだから協力しろって」
「そうそう。誰も近野の女装なんか見たくないでしょ。やるなら理人と佐久間くんしかないって」
「近野に女装させて売り上げとれると思う?」
「どう考えても理人と佐久間くんがやるほうがいいに決まってるじゃない。というか、私が見たい」
女子四人も近野の味方らしい。そりゃ、俺だって近野の女装なんか見たくないけど、だからといって俺がするのはおかしいだろう。それなら深月一人で十分だ。
横目に深月を見ると「俺は理人がやらないならやらないけどね」と言った。
「おいおい、俺だってちゃんと化粧したらめちゃくちゃきれいだから! 男にモッテモテだから!」
「はいはい。それじゃ時間も押してるし、着替えて化粧始めよっか」
結局、女子メンバーの強引さに押し負けて、俺は生まれてはじめて女装をすることになった。
衣装が入っているからと大きな布袋を渡され、仕方なく深月とトイレに入り着替える。顔は男なのに服装だけ女というとんでもない姿に、俺はあえて鏡を見ずにトイレを出た。
それから準備室として使っている講義室で女子二人に化粧をされ、最後にウィッグを被せられた。
スカートは慣れないしウィッグは違和感があるし、バサバサのつけまつげをつけられているせいで瞼が重い。
口紅はベタベタしていて気持ち悪いし、ファンデーションのせいで顔全体も何か違和感がある。女の子はいつもこんな面倒な格好をしているのか。
「ちょっと! 理人、めっちゃ美人!」
勝手に化粧をして勝手に盛り上がっている女の子に、折りたたみの手鏡を渡される。化粧による顔の変わりように驚きつつも、どう見ても美人には見えなかった。
「佐久間くんもめちゃくちゃ可愛い!」
「おお! さすがイケメン二人組。お前ら二人にして正解だったわ!」
深月は茶髪のボブヘアに女子高生の制服風の服装だ。華奢だからかミニスカートを履かされている。対する俺は、カールがかった黒髪のロングヘアで、同じく女子高生風の服装だが、さすがに体が大きいせいか膝丈スカートだった。
「いや、百歩譲って深月はわかるけど、俺はちょっと無理があるだろ」
俺の身長は百七十七センチ。あまり筋肉質な体ではないが女子特有の華奢さは全くない。どこからどう見ても男の体型だ。
「大丈夫、大丈夫。男だってバレたほうが面白いし」
「でも今の理人、超絶美人だし、背が高い分モデルさんみたいで羨ましい」
「本当、ファッションショーとか出てそうだよね」
化粧をしてくれた女子二人は勝手に満足そうに頷き合っているが、やはり自分で見るとどう見てもファッションショーに出てるモデルには見えない。
こんなモデルがショーにいたら、間違いなく悪い意味で二度見する。そもそも女にすら見えないし。
「とにかく目指すは優勝だ。深月と理人はこの宣伝用の看板持って学内を歩く。で、適当にグループとかに話しかけて、屋台のところまで案内してくれ」
渡された看板には学科名とたこ焼き屋という文字が、これでもかというほどの丸文字で書かれていた。その横にはやけにリアルなたこ焼きのイラストが添えられている。
屋台運営メンバーがバタバタと準備を始めたので、俺と深月はお互いが歩くルートを話し合って決めた。
朝十時ちょうど、学祭がスタートした。はじめの一時間は俺も深月も屋台付近で客引きをし、それ以降の時間帯で混みはじめたら学内を練り歩く。
朝一からたこ焼きを食べるやつなんかいるのかと疑問だったが、どうやら学内の展示物を見て回るときに軽食として持ち歩くのに最適だとかで、朝からうちの学科の屋台は盛況だった。
午後一時に深月が休憩を取り、二時から俺が休憩を取ることになっていた。客引きくらい普段のバイトに比べたら楽だろうと思っていたのだが、これまた思いのほか大変だった。
何でもこの大学の学祭は、屋台にしろコンテストにしろ、イベントごとに関してはすべてに力が入っていることで有名らしく、ほかの大学の生徒や卒業生、親族など多くの客が絶え間なく来場していた。
俺の女装も意味がないと思っていたが、これがまた意外とウケがよく、近野が言っていた通りはじめは男のグループに声をかけられ、俺が男だとわかるとそのグループの連れの女数人も面白がって寄ってくるので、簡単にたこ焼き屋に案内することが出来た。
おまけに団体客用に、二十個入りのたこ焼きの中に一つだけ唐辛子が入っているという、ロシアンルーレットたこ焼きなるものを販売しており、これがまた好評だった。
はじめのうちは客引きも楽しかったものの、時間が経つにつれて疲れが出はじめた。
いつの間にか自分が女装していることも忘れていたが、客に話しかけられるたびに自分の姿を思い出させられるし、本当に女だと思って話しかけて来るやつが女装だと気づいたときの反応に対して、いちいち相手するのが次第に面倒になってきた。
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