イージーモードな俺の人生を狂わせたアイツ

世咲

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第二章

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 月が変わり、大学内のあちこちで学祭の準備がはじまったころ、平日の午前の講義終わりに相模から呼び出された。

「……で、何で俺なんだよ」
「男一人でカフェは変だろ」
「べつに変じゃねえよ。カルラだって男一人の客いっぱいいるし、気にすることないって」

 大学からバスで二十分ほどの場所にあるおしゃれなカフェ。出入り口からして雰囲気のあるお店で、相模が好むような場所ではない。

「いや、無理。俺こういうとこ一人で入るのまじで無理」
「わかった、わかった。とりあえずここにいても邪魔だから中に入るぞ」

 店内に入ると、すぐに凝ったデザインの制服を着た店員に声をかけられた。人数を伝えると、出入り口から一番近いテーブル席に案内された。壁際のソファ席に座り、店内を見回す。

 内装も隅々までこだわっており、決して女性向けの可愛らしい雰囲気というわけではないが、普段からカフェに行かないような人間は、たしかに入るのを躊躇するかもしれない。俺と相模はケーキセットを注文した。

「で、どの子?」
「今、向こうの席の近くにいる子」
「茶髪の小柄な子?」
「そう!」

 俺から見て斜め向かいの席で、背の低い小柄な店員が客と話している。金髪に近い茶髪で、可愛いらしい雰囲気のある女の子だ。

 相模がカフェの店員に一目惚れしたので、一緒に来てほしいと言ったのが、今から約二時間前。二日前に学祭の打ち合わせで、同じ学科の学生と複数人で来店したときに一目惚れしたらしい。

「な、可愛いだろ」

 自分のことのように照れる相模には申し訳ないが、俺はそれより重大なことに気がついてしまい、慌てて相模の腕を引っ張り、小声で話しかけた。

「うおっ! 何だよ」
「今すぐ俺と席替れ」
「は? 何で」
「いいから。お前がこっちにいたほうが、見えやすいだろ」

 適当な理由をつけて無理やり相模と席を替わってもらう。これでまだ大丈夫だろう。不審そうな相模を無視して、運ばれて来たコーヒーを飲む。

 相模には悪いが、今は店員のことを考えている余裕はない。何しろ、彼女がいた席に座っていたのは呉内さんだったからだ。

 斜め前の席とはいえ通路を挟んでいるため、ある程度の距離はある。だが、向こうも壁際に座っているので目が合う可能性が高く、早急に相模と席を替わってもらう必要があった。

 呉内さんは一人ではないらしく、向かいの席に誰かいるが見えた。二人ともスーツを着ていることと時間帯から考えて、仕事の昼休憩といったところだろう。

 会ったところで向こうも俺も一人じゃないし、何かあるわけではないと思うが、会いたくないものは会いたくない。

「あー、まじで可愛い。こんなに可愛いと思ったのはじめてかも」
「よかったな。で、向こうはお前のこと認識してんの?」
「……たぶん」
「してないんだな」
「お前と違って俺は簡単に声かけられないタイプなんだよ」
「え、相模って人見知り?」
「そうじゃなくて。可愛いドタイプの女の子にそう簡単に話しかけられるかよ」

 合コンでは散々女の子と騒いでたくせに。本当に相模か? と言いたくなるほど恥ずかしそうにしている。

 呉内さんのことが気になって仕方ないが、気を紛らわせようと本題に入る。

「じゃあ、俺が声かけるから、そのときにお前も話せよ」
「いや、それはダメ」
「何で」
「お前が声かけたら、絶対お前を好きになる」
「……じゃあ、どうすんだよ」
「……死ぬ気で声かけて、それから連絡先を渡す」
「わかった。じゃあ、見ててやるから頑張れ」
「おう。でもその前にトイレ行ってくる」

 相模は緊張した様子で席を立ち、店内の奥にあるトイレに向かった。相模が帰って来るまでの間は女の子の様子を確認しつつ、ケーキセットのブラウニーを食べる。

 とにかく俺の存在がバレないようにするために、女の子に声をかけるのは呉内さんが帰ってからのほうがいいだろう。仕事の休憩時間なら会社に戻る時間も決まっているはずだ。

 さきほど相模が狙っている店員が、呉内さんたちの席の空き皿を下げていたので、もうすぐ帰る可能性が高い。それまで相模と適当な話をして時間を稼がなければならない。

 トイレは混んでいるのか、あるいは相当緊張しているのか、相模はなかなか戻って来なかった。気になってトイレのマークを探していると、呉内さんたちが伝票を持って立ち上がったのが見えた。慌てて前を向き、スマホを触る。

 呉内さんたちがレジカウンターに向かう足音が聞こえる。女性店員の声がしてそちらを見ると、レジで会計をしていたのは相模が気になっている女の子だった。

 テーブルの横に設置されている仕切りに身を潜めつつレジの様子を伺う。

 呉内さんと一緒にいるのはスーツを着た見覚えのない男性だった。てっきり京斗さんと二人だと思っていたが、違ったらしい。

 支払いを済ませた二人が店を出ようとしたとき、女の子が呉内さんを呼び止めた。女の子は恥ずかしそうにしながらエプロンのポケットから紙切れを取り出して、呉内さんに両手で渡そうとした。BGMや店内の客の声のせいで会話はほとんど聞こえない。

 ……あれって、もしかして連絡先?

 モテることはわかっていたが、改めてその現場を見ると見てはいけないものを見てしまったような気持ちになる。だって相手の女の子は俺と同い年くらいだ。スーツを着た明らかに年上の男性に連絡先を渡すなんて、とても勇気のいることだろう。

 それだけ好きってことなのか。

 しかし呉内さんはどうやら連絡先を受け取らなかったらしい。女の子の手には紙が握りしめられたままで、呉内さんは彼女に背を向けて歩き出していた。

 慌てて頬杖をつき、出入り口から視線を逸らす。店のドアが閉まる音を確認して、大きくため息をついた。すぐにレジに視線を戻したが、もう女の子はそこにはいなかった。

 そのタイミングでようやく相模が戻って来た。意を決したような顔つきをしているが、今彼女に連絡先を渡すのはどうなのだろう。

「よし、行くわ、俺」
「ちょ、待て」

 席に座りもせずに、女の子を探す相模を止める。

「やっぱさ、もうちょいあとにしないか?」
「……何だよ、いきなり」
「いや、ほら……お前がトイレ行ってる間に考えたんだけど、いきなり見ず知らずの男に連絡先渡されたら向こうもびっくりするだろ。やっぱ、ちゃんと距離詰めてからのがいいと思う」
「……たしかに」

 それからもあれこれとそれっぽい言葉を並べて何とか相模を説得し、連絡先を渡すことを断念させた。

 彼女がどれくらい呉内さんを好きなのかはわからないが、断られている以上、時間が経てば気持ちが変わるかもしれない。相模が連絡先を渡すのはそれからでもいいだろう。

 店内にいる間中、相模は何とかして店員の女の子に声をかけるタイミングを見計らっていたが、その日、彼女がホールに出てくることはなかった。


 夕方、相模と別れてマンションに戻る。ただ友達の気になる子を見に行っただけなのに、とてつもなく疲れた。家に帰ったらインスタントラーメンでも食べてゆっくりしよう。

 エレベーターを降りて三階にたどり着くと、自室の前に人が立っているのが見えた。その人が誰かわかった瞬間、慌てて階段で降りようとしたが、それよりも先に相手がこちらを振り返った。

「こんにちは。理人くん」
「こ、こんにちは……」

 部屋の前に立っていたのは、カフェで見たときと同じくスーツを着た呉内さんだった。俺の部屋の前にいるということは、何か用があって来たのだろう。

「ちょうど今、君に会いに来たんだ」
「そう、ですか……えっと、俺に何か……」

 できるだけ近づかないようにしていたが、呉内さんが距離を詰めてくる。今すぐにでも逃げたいのに、足が床に縫い止められてしまったかのように動かすことができなかった。

「これ、よかったら食べて」
「……え?」

 目の前に出されたのは、どこかで見たことのあるロゴ入りの茶色い紙袋だった。

「この前はいきなり驚かせてごめんね。そのお詫び」
「あ……いえ」
「それ、すごく美味しかったから理人くんにもどうかなって」
「ありがとうございます……」

 恐る恐る紙袋を受け取ると、呉内さんはにっこり笑って俺の横を通りすぎ、降りてきたエレベーターに乗った。エレベーターが上昇したのを確認し、すぐに部屋の鍵を開けて中に入る。

「びっくりした……」

 せっかくカフェで会わないようにしていたのに、まさかマンションで会うとは思いもしなかった。

 緊張から解放され、脱力した体を引き摺るようにリビングに行き、ソファに腰を下ろす。もらった紙袋をテーブルに置き、そのロゴを見て気がついた。一気に鼓動が早くなる。まさかと思いすぐに中のものを取り出すと、それは袋分けされたブラウニーだった。

 俺が今日、相模と行ったカフェで食べていたものとまったく同じものだった。

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