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第一章
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しおりを挟む話をしているうちに注文した料理が運ばれてきた。呉内さんがよく行くと言っていただけあって、本当に美味しかった。カレーといい今日のハンバーグといい、ここ数日美味しいものばかり食べているせいで、インスタントラーメンを食べるのが嫌になりそうだ。
「そういえばこの前のカレー、めちゃくちゃ美味しかったんですけど、料理得意なんですか?」
深月から得意だと聞いていたが、今後料理を教えてもらうためにも、ある程度話を聞いておこうと思い話を振ってみた。
「得意ってほどではないけど、趣味ではあるかな」
あれで得意と言わないところもすごいが、料理が趣味というのは俺にはまったく理解できない。むしろこの世で一番苦手と言っても過言ではない。準備も片付けも料理そのものも含めて最初から最後まで苦手だ。そうは言っても新しく彼女をつくるために、少しはできるようになりたい。
「俺、料理苦手なんで羨ましいです」
「そうなんだ。理人くんが良かったらときどきうちでご飯食べない? つくってると楽しくなって、ついついつくりすぎるんだよね。一人だと食べ切るの大変で」
「いいんですか?」
「もちろん。むしろ俺の趣味に付き合わせるみたいになるけど」
あんなに美味しいご飯を食べられるなら、こんなにありがたいことはない。毎日コンビニやスーパーで弁当を買うのも面倒だし、そこそこ金もかかる。何より不健康だ。つまりいいことは一つもない。彼女がいたときはよくつくってもらっていたが、大学に入学してから今まではずっとフリーだし、次の合コンで必ず彼女ができるとも限らない。
男二人で家で食事というのは少し味気ない気もするが、相手が呉内さんなら問題ないだろう。何度か一緒に食事をすれば料理も教えてもらいやすいし。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
俺のバイトがない日や呉内さんの休みの日に、一緒に食事をする約束をした。
食事のあと一時間ほど話してからお会計を済ませた。しかもさりげなく呉内さんが全額払ってくれた。
「ねえ、理人くん。このあと時間ある?」
「はい、ありますけど」
「ちょっと付き合ってくれない?」
レストランを出てマンションに戻るのかと思いきや、運転席に乗った呉内さんがスマホ見ながら「行きたいところがある」と言った。このあとは家に帰ったところで寝るだけなので、呉内さんの行きたいところに着いて行くことにした。
九月も後半になると、空が暗くなるのはずいぶんと早い。レストランを出ると外はすでに真っ暗で、満腹の状態で座り心地のいいシートに座っていると、少しずつ眠くなってきた。
街中を抜けると外はより暗くなり、前を走る車のテールランプだけが、ぼんやりと赤く光っている。ときどき信号の青や黄色が浮かんで見える。
「眠くなったら寝てていいよ」
呉内さんのさりげない気遣いに感謝しつつ、ぼうっと窓の外を眺めているうちに、本当に眠りに落ちてしまった。
「……理人くん」
名前を呼ばれていることに気づき目を開けると、視界いっぱいに呉内さんの顔があり心臓が飛び出るかと思った。寝起き様にこの顔はインパクトがすごい。そして近い。起こすためだとしても近すぎる。
「理人くん、着いたよ」
「あ、はい! すみません、つい寝てしまって」
慌ててシートベルトを外し周囲を見回すが、辺りは真っ暗で何も見えない。
「降りようか」
言われるがまま車から降りると、俺たち以外にも人がいることがわかった。真っ暗な空間に頼りない街灯が一つ。おかげで周囲にいるほとんどがカップルであることだけはわかった。
呉内さんを含めた全員が同じ方向に向かっていくので、置いて行かれないようにあとをついて行く。寒くて思わずジャケットのポケットに手を入れる。レストランの駐車場も肌寒かったが、ここはそれよりもさらに気温が低いのだろう。
少しだけ背を丸めながら歩くと、暗い空間の先に開けた場所があるのが見えた。はっきりとは見えないが、多くの人たちがその場で立ったまま前を向いている。
「見えづらいけど、段差あるから気をつけてね」
言われた通り暗くて段差はよく見えなかったが、一歩先を歩く呉内さんが手を差し伸べてくれたので、転ばずに前に進むことができた。
そこからさらに前に進むと、暗闇の中にきらきらと光るビーズを散りばめたような光景が広がっていた。赤、青、黄、緑、オレンジ、白などありとらゆる小さな色が真っ黒な世界で一つ一つきれいに光っている。
「きれい……」
夜景を見に来ているとは思ってもみなかったので素直に驚いた。
「すごくきれいだよね。帰国したらここに来ようって決めてたんだけど、ほら、一人だと……ね?」
たしかにここにいるのはほとんどがカップル、あるいは家族連れだ。男一人で来るのを躊躇う気持ちはわかる。それに呉内さんほどのイケメンが一人で来ていると逆ナンされて大変なことになりそうだ。
「たしかに一人だと来づらいですね」
「そうそう。中学生のころにはじめて来てね、それ以来日本にいたときは年に一度は見に来てたんだ」
そのときは恋人と二人で? そう言いかけて言葉を飲み込んだ。何となくその先の話を聞きたいと思わなかったからだ。でもきっと当時付き合っていた彼女と毎年のようにこの景色を見に来ていたのだろう。
「俺も小さいころに一度だけ来たことがあります」
「……誰と?」
「家族と一緒に。父親が絶景を見るので好きで、旅行先でもよく写真映えする場所に連れて行かれました。ここも親に連れて来られたんです」
今まですっかり忘れていたが、小さいころに一度だけ親に連れて来られたことがある。あのときは寒さなんか感じなかったように思う。単に子供だったからか、あるいは暖かい時期に行ったのかは覚えていないが、とにかく夜景を見ることに夢中だった。
ときどき後ろの方で子供のはしゃぐ声やカメラのシャッター音がする。俺たちの少し前に立っているカップルらしき二人組の手と手が触れ合う。人差し指と人差し指がぶつかった瞬間、男がそのままゆっくりと女の手を握り、夜景を見ていた二人が顔を合わせて笑い合った。
「ありがとね、理人くん。ここに付き合ってくれて」
「あ、いえ。俺も気分転換になったっていうか……」
周りがカップルばかりだと思うと少し居心地が悪い気もするが、暗いおかけでひどく気になるわけでもないし、普段見られない景色を見るのはいい気分転換になる。たまにはこういうのもいいよな。
しばらくして俺たちは車に戻り、呉内さんが買ってくれた缶コーヒーを飲みながらマンションに戻った。少しだけ車を降りるのが名残惜しく感じたのは、たぶん車内の暖かさのせいだけではないような気がする。
「遅くまで本当にありがとう」
「こちらこそ。あ、それとカレー、まだちょっと残ってて、全部食べたら容器返しますね」
「いつでもいいよ。それじゃあ、また」
俺の部屋の前で呉内さんと別れ、自室に戻るなりシャワーを浴びてすぐに眠りについた。
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