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第一章

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 なるべく考えないようにスマホでショート動画を見ていると、夢占いという動画が出てきた。飛ばしてしまえばいいものをついつい見てしまう。

 相手とシチュエーション別、抱きしめられる夢占い。友達に抱きしめられる夢、親に抱きしめられる夢、好きな人に抱きしめられる夢、知り合いに抱きしめられる夢。

 ……俺の場合は知り合いに抱きしめられる夢か?

「理人? 何見てんの?」
「うわっ!?」

 驚いてスマホの画面から顔を離すと、いつの間にか隣に座っていた深月がこちらを見ていた。慌てて画面をスクロールする。

「びっくりした……」
「珍しいね。理人がそんなに集中して動画見てるなんて」

 もしかして見られた? いや、見られて困るものではないがさすがに夢占いの動画を見ていたなんて知られたくない。特に深月には。

「あ、まあ、ちょっと……」
「もしかして悩み事?」
「そ、そう。そんな感じ……」
「理人が悩むなんて珍しいね。女の子関係?」
「あー、いや。うん。まあ……そんな感じ。そろそろ彼女つくらねえとなって」

   可愛い彼女がいればこんなくだらないことにいちいち頭を悩ませる必要もない。そもそもたかが一度見た夢にここまで振り回されるのは俺らしくもない。どうせそのうち忘れるだろうから。

「彼女ね」
「大学入ってからまだ誰とも付き合ってないし」
「理人にしては珍しいよね」
「だろ? 気づいたら夏終わってるし、そろそろ真剣に合コンでも行くかな」

 サークルや部活に入っていない以上、彼女をつくるなら誰かに紹介してもらうか、合コンに参加するかのどちらかだ。

「あ、そういえば、近野が再来週に女子大と合コンするらしいよ。今メンバー探してるみたい」
「どこの大学?」
「聖洋女子大学」

   聖洋大学といえばこの辺りでも偏差値が高く、美女が多いことで有名で、うちの大学に通っている男が一度は付き合ってみたい女子大生ランキングの上位に入っているらしい。同じ学科の友達の中にも彼女が聖洋の学生だというやつは何人かいる。

 毎年美女コンテストを大々的に行っており、過去の優勝者の中には芸能界に入った人もいるとかいないとか。去年の優勝者は人気女優にそっくりだと、誰かが騒いでいた。

「あ、でもこの前、理人はもう合コン呼ばないって近野が言ってたよ。理人がいると女の子みんな取られるからって」
「関係ねえって。ってかそれでこの前行かなかったんだから今回はいいだろ」

   近野はたしか次の講義に出席するはずだ。そのときに合コンについて聞いてみるとしよう。

「そうだ。深月、カレーありがとな。すげえ美味かった。お前また料理上手くなったんじゃないか?」
「え?    ああ、あれ、俺が作ったんじゃないよ」
「……じゃあ京斗さんか?」
「あのカレーをつくったのは朱鳥さんだよ」

   深月の言葉に俺はうまく反応できなかった。せっかく考えないようにしていたのに、結局自分から呉内さんの話題を出してしまった。

「……呉内さんがつくったのか」

 てっきり深月がつくったものだと思っていたから、マンションのエントランスで呉内さんに会ったのに、何も言わずに大学まで来てしまった。 今日は帰ったらちゃんとお礼を言わないと。

「美味しかったでしょ。朱鳥さん、料理得意なんだって」
「ああ、すげえ美味かった」
「俺、朱鳥さんに料理教えてもらおうかなって思ってさ。これからは二人分作らないといけないし、レパートリーも増やしたいから」

   深月の話を聞いてそれはいい案だと思った。壊滅的に料理ができないことだけが俺の唯一の欠点だ。カルラの軽食をつくれるようになるのだって、どれだけ苦労したことか。これを克服するにはやはり誰かに教えてもらうのが一番だろう。

   呉内さんなら同じマンションだし、顔見知りだし、頼んだら教えてくれそうだ。カレーのお礼を言うついでに頼んでみようか。

 合コンで彼女ができるかもしれないし、もしそうなったら俺がつくった料理を食べてもらいたい。彼女が家に来た時にさらっと料理をつくれる男ってかっこいいしな。

 次の講義で近野に合コンについて聞くと、ちょうど人数不足だったらしく再来週の合コンに参加することが決まった。


   すべての講義を終え近野と別れたあと、大学帰りにカルラに寄った。カレーのお礼として渡すロールケーキを購入し、すぐにマンションに戻った。おそらく呉内さんはまだ休暇中だろうから、料理を教えてもらうなら今のうちだ。

   マンションの自室に戻り、荷物を置いてスマホと手土産を持って玄関のドアを開けたところで、呉内さんが何号室に住んでいるのか覚えていないことに気がついた。

   カレーを貰ったときは、廊下の突き当たりまで行ったことは覚えているが、それがエレベーターを降りて右側の突き当たりなのか左側なのか記憶が曖昧だった。

 大学に行く前みたいにマンションの敷地内のどこかで偶然会う可能性もあるだろうが、そのときに手土産を持っているとは限らないし、ロールケーキの賞味期限もあるので、できることなら早く渡したい。表札が出てることを祈りながら、一か八か七階に行ってみることにした。

   エレベーターに乗り、朧げな記憶を頼りに廊下をまっすぐに進む。呉内さんの部屋はたしか右側だったはずだ。念の為、通り過ぎるすべての部屋のドアを確認するが、どこも表札派手ていない。突き当たりの部屋までたどり着いたものの、やはりその部屋も表札は出ていなかった。 

    俺の記憶が正しければここで間違いないだろうが、万が一間違っていた場合はとんでもない恥をかくことになる。というか、勝手に呉内さんが部屋に一人でいるところを想像していたが、休暇中なのだからもしかすると彼女がいるかもしれない。

「かの、じょ」

 呉内さんの部屋から知らない女が出てくる映像が脳裏に浮かび、インターフォンを押すのを躊躇ってしまった。

 ついこの前まで海外で仕事をしていた人に日本に住む恋人がいるかどうかは知らないが、もしかしたら学生のころから付き合っている人がいるかもしれない。日本と海外の遠距離恋愛くらい今時よくあることだろう。

 ……だからって俺に何の関係がある。むしろあんなイケメンに彼女がいないほうがおかしな話で、いちいち気にすることではない。

 たまたま同じマンションに住んでいる知り合いで、カレーのおすそわけのお礼をするだけだ。たったそれだけ。もしも呉内さんの彼女が出てきたら、名前と要件を言ってロールケーキを渡してもらうようにお願いすればいい。向こうだって相手が男なら嫌な顔はしないだろう。

 そう必死に自分に言い聞かせ、意を決してインターフォンを押そうとした。

 ガチャリ。俺がインターフォンを押すより先に内側からドアが開いた。

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