イージーモードな俺の人生を狂わせたアイツ

世咲

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プロローグ

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 三人が帰ってすぐに氷坂さんが休憩から戻って来た。キッチンは氷坂さんに任せて、俺はホール作業に集中した。

 夜の九時ちょうど、カルラは静かに閉店した。

 カルラではときどきまかないが出るが、今日のように忙しい日はないので、家に帰って一人虚しく夜ご飯を食べる。

 勉強、スポーツ、音楽、美術、たいていのことはできるが、料理だけは苦手なので自炊はしていない。今日もコンビニ弁当か家に残っているインスタントラーメンを食べるしかない。

 大学に入学し、一人暮らしをはじめてからずっとこの生活だ。そろそろ美味しい手料理が食べたい。彼女がいたときは作ってもらうこともあったが、今はいないのでこればかりは仕方ない。


 カルラからマンションまでは歩いて十五分。途中でコンビニに寄って弁当とお茶を買い、マンションのエントランスに入ると、ちょうどエレベーターを待っている男性がいた。

「八月一日くん、だよね?」

 男性は俺に気づくと、きれいに笑ってみせた。エレベーターを待っていたのは京斗さんの同僚の呉内さんだった。

「あ、どうも」
「君もこのマンションに住んでるの?」
「はい」
「そうなんだ。俺もこのマンションに住むことになったんだ。よろしくね」

 呉内さんのあとに続いてエレベーターに乗り込むと、七階のボタンがオレンジ色に光っていた。

「何階?」
「三階です」

 三階のボタンを押してもらいお礼を言うと、会話がなくなり静かになった。何か話すべきだろうかと考えているうちに、エレベーターは三階に到着した。

「すみません。お先に失礼します」
「八月一日くん」

 エレベーターから降りた瞬間声をかけられ、立ち止まって振り返ると、呉内さんが一歩前に出た。

「……はい」
「君が淹れたコーヒー、すごく美味しかったよ。また行ってもいいかな?」

 年上の男性に自分が淹れたコーヒーを褒められたのが嬉しくて、思わず口の端が緩む。

「もちろんです。お待ちしてます」

 呉内さんはさっきと同じで作りものみたいなきれいな笑顔を浮かべていた。エレベーターのドアが静かに閉まり、すぐに呉内さんの顔は見えなくなった。


 疲れた体を引きずるようにして部屋に戻り、買って来たコンビニ弁当を温めている間、ふと呉内さんの顔を思い出した。

 男の俺から見てもきれいな顔をしていた。あれだけのルックスなら確実にモテるだろうし、美人な知り合いも多いに違いない。

 高三の冬に付き合った年下の彼女とは、大学に入学して一ヶ月で別れた。そのあとはバイトが楽しくて彼女をつくらないまま、気づけば夏休みが終わってしまったので、誰かに紹介してもらうのはいいかもしれない。

 年上彼女っていいかも。なんて考えながら、温まったコンビニ弁当を一人虚しく食べた。



 呉内さんとの出会いをきっかけに自分の人生が狂うなんて、このときは想像もしていなかった。


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