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プロローグ

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「久しぶりだね、理人くん。元気だった?」
 
 その声を聞いて、ようやくこの人が俺の記憶にある京斗さんだと確信した。

 京斗さんは深月の八歳年上の兄で、二人は年が離れているからかとても仲が良く、幼馴染みである俺も小さいころはよく京斗さんに遊んでもらっていた。
 
 兄弟のいない俺にとっては兄のような存在であり、とてもお世話になった人だ。京斗さんは有名大学を卒業後、一流企業に就職し半年後に海外の支社に異動になったため、会うのはずいぶんと久しぶりだった。

「お久しぶりです。俺は元気ですよ。いつこっちに戻って来られたんですか?」
「昨日の朝だよ。仕事の都合で日本に戻ることになったんだ。これからは深月と一緒に暮らすから、また良かったら遊びに来て」

 深月の人懐っこい笑みとはまた違うが、爽やかで感じの良い笑みを浮かべながら、京斗さんは頭一つ分ほど背の低い弟の頭を撫でた。

「それとこちらは俺の同僚の呉内くれない朱鳥あすか。アメリカの支社で一緒に働いていてね。朱鳥も日本の本社に異動になったんだ」
「はじめまして。八月一日ほずみ理人りひとくん、かな? よろしく」

 いきなり名前を呼ばれて焦ったが、今はバイトの真っ最中であり、胸元に名札をつけていたのを思い出した。

「京斗にここのコーヒーが美味しいって聞いたんだ。もらってもいいかな?」
「もちろんです」

 三人を空いているテーブル席に案内する。カウンターに戻り、注文されたホットコーヒーを三つ用意し、ちょうど残り三つになったバームクーヘンを皿に乗せた。

「バームクーヘン、良かったら食べてください」

 皿とマグカップをトレーに乗せて運び、テーブルに並べる。深月がコーヒーを一口飲むと、驚いたようにこちらを見た。
 
「理人、コーヒー淹れるのうまくなったね」
「そうか? まあ、はじめよりはマシになったかも」
「うん。深月の言う通り、すごく美味しいよ」

 京斗さんにも褒められて思わず口の端が緩む。カウンターに戻ろうとして、呉内さんがこちらを見ていることに気がついた。ほかに何か注文するのかと思い、声をかけようとしたところで店のドアベルが鳴った。

 三人に一礼して入り口に向かうと、氷坂さんのアメリカ時代からの知り合いの男性が立っていた。それを皮切りに常連客が次から次へと入店し、深月たちと話す時間は取れなくなった。

 しばらくの間、三人が談笑しながらコーヒーを飲んでいるのを横目に見ていたが、そのうちそうすることもできないほど忙しくなった。

 一時間ほどして、京斗さんがお会計のためにレジに来た。

「忙しいのにごめんね」
「とんでもないです。久しぶりに京斗さんにお会いできて嬉しかったです。それとお代はいいですよ。バームクーヘンなんて俺が勝手に出しましたし」
「ダメダメ。バームクーヘンも君が淹れたコーヒーもとてめ美味しかった。ありがとう」

 京斗さんは三人分の代金をトレーに置くと、席に戻って行った。


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