2 / 76
プロローグ
2
しおりを挟む大学を出て二十分ほど歩いたところで、喫茶店カルラの看板が見えてきた。住宅街にひっそりと建つその店は、よく見ていないと通り過ぎてしまうような控えめな外観で、まずここを知らない人は入らないだろう。
正面入り口から見て右側の細い道を二、三歩進んだところに勝手口があり、従業員はそこから入る決まりになっている。
ドアを数回ノックして中に入ると、カウンター内で店長の氷坂さんが新聞を広げ、顔を近づけたり離したりしながら険しい表情で読んでいた。
「ああ、理人くん。ちょっとこっちに来てくれないか」
氷坂さんが読んでいるのは英字新聞だ。何でも二十年近くアメリカに住んでいたせいで、日本語よりも英語のほうが慣れ親しんでいるのだと、面接のときに話していた。
「ここの行、なんて書いてある?」
五十代になってから急速に視力が低下しはじめたらしく、ときどきこんなふうに何が書いてあるのか、また何が見えるのかと聞かれることがある。
俺は氷坂さんの隣に行き、指をさしている行の文章を頭の中で翻訳しながら読みあげた。
「『私にとってそれは人生を変えるほどの出会いであり、まるで幸福に満ちた夢を見ているかのような、素晴らしい体験でした』」
その文章だけでは詳しい内容はわからなかったが、見出しを見る限り、それは海外の人気俳優が同性愛者であることを公表したというものだった。
新聞には俳優本人のコメントが全文掲載されており、一行目には『心から愛する人のために、私は三十年間守り続けた秘密を公表することにしました』と記載されていた。
コメントの横には俳優の顔写真が掲載されている。私は幸せですと、大声で叫んだあとのような笑顔だった。俺はなぜかその写真から目が離せないでいた。
「ありがとう。出勤は四時からだったね」
「はい。今日は深月が来るって言ってました」
「ああ、あのコーヒーが好きな子か。今日はとびきり良い豆が手に入ったんだ。きっと喜ぶよ」
氷坂さんは新聞を折りたたんで脇に挟むと、壁に手をつきながらゆっくり歩いてカウンターの奥へと入って行った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【Rain】-溺愛の攻め×ツンツン&素直じゃない受け-
悠里
BL
雨の日の静かな幸せ♡がRainのテーマです。ほっこりしたい時にぜひ♡
本編は完結済み。
この2人のなれそめを書いた番外編を、不定期で続けています(^^)
こちらは、ツンツンした素直じゃない、人間不信な類に、どうやって浩人が近づいていったか。出逢い編です♡
書き始めたら楽しくなってしまい、本編より長くなりそうです(^-^;
こんな高校時代を過ぎたら、Rainみたいになるのね♡と、楽しんで頂けたら。


貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる