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第35話 油の扱いには気を付けろ
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「じゃあアブヤーゲというのを作りますので、レシピ教えてもらえます?」
シンシアが曇りの無い目で、極当たり前の要求をした。
これは完全に失念してた。
料理を作るにはレシピが必要。
だが台所に立つ事すら無かったオレに、そんな知識がある訳も無かった。
「うーん、しょうがねぇな。想像しながらやってくか」
「あれ? もしかして知らないんです?」
「おうよ。何せ包丁を握った事さえないからな!」
「それは良いのですが、どうして誇らしげなんですかねぇ……」
シンシアのぼやきは置いといて、油揚げの創作に入る。
用意したのは勿論ひよこ豆、そしてオリーブオイル。
これで豆腐を作って揚げれば完成……すると思う。
「じゃあまずは、豆をペースト状にしまーす」
「えっ。いきなりですか? 固すぎて難しいですよ?」
「あっそうか。じゃあどうしようかね」
「水でふやかしてみたらどうです?」
「良いなそれ」
シンシアの提案で、ひとまず豆を水に浸してみた。
たまにツンツンつついて様子をみて、放置する事しばし。
「ちっとは柔らかくなったかな、どうだ?」
「えっと、まだ固いですねぇ……」
「じゃあここ辺は後々解決するとして、今回はオレがやってみるよ」
「すいません。力仕事は苦手なもんで」
ガコッ、ゴリッゴリッ。
不穏な音をたてつつも豆が潰れていく。
水分を含んでるせいか、割りと粘性のある豆ペーストが出来上がった。
それを小分けにし、形を整えてみる。
「じゃあ……揚げるか」
「えっ。これをですか!?」
「そうそう。油揚げはこうやって作るんだよ、きっとな」
「本当なんですかねぇ?」
鍋を火にかけ、よく熱したオリーブオイルの中にペーストをイン。
その瞬間。
テュポォーンと鍋が爆ぜた。
咄嗟にシンシアを庇い、どうにか彼女の安全を確保するが、鍋は気でも狂ったかのように暴れ続ける。
「なんでだ! どうして爆発したんだ!?」
「いや、あの、水気ですよ! 熱した油に水は危険なんですよぉ!」
「クソッ。そんなの理不尽じゃねぇかッ!」
ピタリ。
オレは魔力を使うことで、目の前で躍(おど)る油を制した。
意外とコントロールが難しい。
これがかなりの魔力を要してしまう。
だがどうにか荒波を、油の炸裂を治める事には成功する。
「アリア。こっからどうすれば良い?」
ーーお答えします。キツネ色になったら、ブフッ、頃合いかと存じますブフッ!
「おい、今笑ったろ? 完全に笑ったよな?」
「ミノルさまぁ、誰も笑ってなんかいませんよぉ!」
「今のは独り言だ! 気にすんなぁーッ!」
「極端に大きい声じゃ、そう聞こえませんよぉーー」
脳内ヤジ馬は放っておいて、今は鍋に集中だ。
ガリガリと魔力を削りつつも、その時を待つ。
しばらく拮抗に耐えていると、油の表面にうす茶色の塊がプカリと浮き上がる。
恐らくこれが完成……らしい。
シンシアに引き上げてもらい、油を切る。
「これが、ミノルさまの仰るアブヤーゲ……ですか?」
「うーん。何だろ、これ」
仕上がったのは別の食い物だった。
色味こそ似ているものの、共通点はそれだけ。
表面に滑らかさなどなく、ゴツゴツと凹凸が激しい。
それに端っこを持って持ち上げてみても、シンナリと揺れる事はない。
どうにもカッチカチで、頑固なまでに己を曲げようとはしなかった。
これを油揚げと言い張ったとしたら、きっと各方面から怒られるだろう。
キツネ様にも、トウフ屋さんにもだ。
となると、オレが取るべき道は……。
「シンシア君。やったな」
「えっと、何がです?」
「これこそオレが求めた至高の品、アブヤーゲだ!」
「ほんとに? これで出来てます!?」
「うんうん。どこに出しても恥ずかしくない、立派なアブヤーゲだぞ!」
ゴリ押しだ。
油揚げを作り出そうとした事実をねじ曲げ、新種の料理を開発してた事にする。
我ながら見事な転進だと思う。
さて、何はともあれ試食だ。
食ってみたら美味いかもしれん。
「……固ってぇ! でも、香ばしいな」
「そうですねぇ。サクサクしてて、食感も良いですよぉ」
「そんでさ、あんま味しねぇな」
「そりゃあ揚げただけですもん」
これをキングコーンに出して良いものかどうか、悩む。
火に油を注ぐ結果になりはしないか。
今日はもう油ネタで騒ぐのは勘弁して欲しい所だが。
ドドォン!
地震でも起きたかのような振動が起きた。
再び暴れだしたのかもしれない。
状況は予断を許さず、危険水域にまでホンワカしてしまった事を確信する。
再び作り直すなんてゆとりは無いだろう。
「ひぇえ! またですかぁ!?」
「シンシア、ここでジッとしてろ!」
成果物を片手に食堂から飛び出す。
キングコーンは……近い。
このままでは実害を出すことは免れないだろう。
「キングコーン! お前の求める贄(にえ)とやら、たっぷり味わえ!」
「コロロロ! コロロロォ!」
狙い通りにアブヤーゲが空を飛ぶ。
そして見事お口にイン。
ガキリ、パキリと小気味良い音が鳴り響く。
……どうだ、満足するか?
これでダメなら、なんというか、ブッ飛ばす以外に手段が無くなってしまう。
「クルルル。人ノ子ヨ。贄ヲ更二捧ゲヨ」
良かった、気に入ってくれた!
それから2枚目、3枚目と差し出したところで満足したらしく、キングコーンは住み処へと戻っていった。
こうして危機は去ったのである。
この件以来、食事とは別にアブヤーゲを日に3枚食べさせるというルールが定められた。
そして余談だが、この失敗作が後に名産品となり、大陸でちょっとしたブームを起こすことになる。
何の気なしに描いた落書きが、名画として持て囃されてるような気分だ。
まぁ……些細な事ではあるのだが。
シンシアが曇りの無い目で、極当たり前の要求をした。
これは完全に失念してた。
料理を作るにはレシピが必要。
だが台所に立つ事すら無かったオレに、そんな知識がある訳も無かった。
「うーん、しょうがねぇな。想像しながらやってくか」
「あれ? もしかして知らないんです?」
「おうよ。何せ包丁を握った事さえないからな!」
「それは良いのですが、どうして誇らしげなんですかねぇ……」
シンシアのぼやきは置いといて、油揚げの創作に入る。
用意したのは勿論ひよこ豆、そしてオリーブオイル。
これで豆腐を作って揚げれば完成……すると思う。
「じゃあまずは、豆をペースト状にしまーす」
「えっ。いきなりですか? 固すぎて難しいですよ?」
「あっそうか。じゃあどうしようかね」
「水でふやかしてみたらどうです?」
「良いなそれ」
シンシアの提案で、ひとまず豆を水に浸してみた。
たまにツンツンつついて様子をみて、放置する事しばし。
「ちっとは柔らかくなったかな、どうだ?」
「えっと、まだ固いですねぇ……」
「じゃあここ辺は後々解決するとして、今回はオレがやってみるよ」
「すいません。力仕事は苦手なもんで」
ガコッ、ゴリッゴリッ。
不穏な音をたてつつも豆が潰れていく。
水分を含んでるせいか、割りと粘性のある豆ペーストが出来上がった。
それを小分けにし、形を整えてみる。
「じゃあ……揚げるか」
「えっ。これをですか!?」
「そうそう。油揚げはこうやって作るんだよ、きっとな」
「本当なんですかねぇ?」
鍋を火にかけ、よく熱したオリーブオイルの中にペーストをイン。
その瞬間。
テュポォーンと鍋が爆ぜた。
咄嗟にシンシアを庇い、どうにか彼女の安全を確保するが、鍋は気でも狂ったかのように暴れ続ける。
「なんでだ! どうして爆発したんだ!?」
「いや、あの、水気ですよ! 熱した油に水は危険なんですよぉ!」
「クソッ。そんなの理不尽じゃねぇかッ!」
ピタリ。
オレは魔力を使うことで、目の前で躍(おど)る油を制した。
意外とコントロールが難しい。
これがかなりの魔力を要してしまう。
だがどうにか荒波を、油の炸裂を治める事には成功する。
「アリア。こっからどうすれば良い?」
ーーお答えします。キツネ色になったら、ブフッ、頃合いかと存じますブフッ!
「おい、今笑ったろ? 完全に笑ったよな?」
「ミノルさまぁ、誰も笑ってなんかいませんよぉ!」
「今のは独り言だ! 気にすんなぁーッ!」
「極端に大きい声じゃ、そう聞こえませんよぉーー」
脳内ヤジ馬は放っておいて、今は鍋に集中だ。
ガリガリと魔力を削りつつも、その時を待つ。
しばらく拮抗に耐えていると、油の表面にうす茶色の塊がプカリと浮き上がる。
恐らくこれが完成……らしい。
シンシアに引き上げてもらい、油を切る。
「これが、ミノルさまの仰るアブヤーゲ……ですか?」
「うーん。何だろ、これ」
仕上がったのは別の食い物だった。
色味こそ似ているものの、共通点はそれだけ。
表面に滑らかさなどなく、ゴツゴツと凹凸が激しい。
それに端っこを持って持ち上げてみても、シンナリと揺れる事はない。
どうにもカッチカチで、頑固なまでに己を曲げようとはしなかった。
これを油揚げと言い張ったとしたら、きっと各方面から怒られるだろう。
キツネ様にも、トウフ屋さんにもだ。
となると、オレが取るべき道は……。
「シンシア君。やったな」
「えっと、何がです?」
「これこそオレが求めた至高の品、アブヤーゲだ!」
「ほんとに? これで出来てます!?」
「うんうん。どこに出しても恥ずかしくない、立派なアブヤーゲだぞ!」
ゴリ押しだ。
油揚げを作り出そうとした事実をねじ曲げ、新種の料理を開発してた事にする。
我ながら見事な転進だと思う。
さて、何はともあれ試食だ。
食ってみたら美味いかもしれん。
「……固ってぇ! でも、香ばしいな」
「そうですねぇ。サクサクしてて、食感も良いですよぉ」
「そんでさ、あんま味しねぇな」
「そりゃあ揚げただけですもん」
これをキングコーンに出して良いものかどうか、悩む。
火に油を注ぐ結果になりはしないか。
今日はもう油ネタで騒ぐのは勘弁して欲しい所だが。
ドドォン!
地震でも起きたかのような振動が起きた。
再び暴れだしたのかもしれない。
状況は予断を許さず、危険水域にまでホンワカしてしまった事を確信する。
再び作り直すなんてゆとりは無いだろう。
「ひぇえ! またですかぁ!?」
「シンシア、ここでジッとしてろ!」
成果物を片手に食堂から飛び出す。
キングコーンは……近い。
このままでは実害を出すことは免れないだろう。
「キングコーン! お前の求める贄(にえ)とやら、たっぷり味わえ!」
「コロロロ! コロロロォ!」
狙い通りにアブヤーゲが空を飛ぶ。
そして見事お口にイン。
ガキリ、パキリと小気味良い音が鳴り響く。
……どうだ、満足するか?
これでダメなら、なんというか、ブッ飛ばす以外に手段が無くなってしまう。
「クルルル。人ノ子ヨ。贄ヲ更二捧ゲヨ」
良かった、気に入ってくれた!
それから2枚目、3枚目と差し出したところで満足したらしく、キングコーンは住み処へと戻っていった。
こうして危機は去ったのである。
この件以来、食事とは別にアブヤーゲを日に3枚食べさせるというルールが定められた。
そして余談だが、この失敗作が後に名産品となり、大陸でちょっとしたブームを起こすことになる。
何の気なしに描いた落書きが、名画として持て囃されてるような気分だ。
まぁ……些細な事ではあるのだが。
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