豆を奪え、転生者!

おもちさん

文字の大きさ
上 下
29 / 35

第29話 豆は食うもの

しおりを挟む
かつて大陸を未曾有(みぞう)の飢饉(ききん)が襲ったとき、大勢の人々が命を落とした。
下層民はもとより、王公貴族といった支配者階級ですら、粗末な食事に日々衰えゆく。
ある国は干ばつ、ある国は害虫という災害に見舞われ、西も東も危機的状況だった。
もはや人間世界の破滅は目前。

そんな折り、各地の王はこぞって天に祈った。
荘厳な祭壇を設け、自身を沐浴(もくよく)にて清め、なけなしの食料を捧げた。
それが豆であった。
空に向かって訴えること三日三晩。
疲労の余り、倒れ込みかけた王の元に、空より一人の少女が遣わされた。

彼女が大地に祈ると、乾いた大地が瞬く間に潤い、虫は空の彼方へと遠ざかった。
これ以降、豆は神聖なものと位置付けられ、王族のみが所有権を持つこととなった。
だってさ。


ーー豆の由来については以上となります。ちなみに『豊穣の加護』をもつ巫女の伝説も兼ねております。

「あい、長々とありがとさん」


この世界における豆の逸話を教えてくれたのは、もちろんアリアだ。
所々声色を変えてドラマティック仕立てだったことが妙に腹立たしい。
オッサンの声が妙にリアルだったのも気になる。
お前の声帯はどうなってるんだ。


ーーそれ以来、豆はあらゆる局面にて奉納されました。疫病、魔獣の襲撃、百年戦争。地上の者たちは対処に困ると、しきりに天上神様に祈っておりました。

「ふぅん。神様が豆好きとはね。意外に質素だな」

ーーいえ、特別好んではおりません。天上神様も捧げられる度に『いや、別に豆なんか要らんし』と仰っておりました。

「大不評じゃねぇか」

ーーですが、この様にも仰られております。『貰った分くらいは働かにゃあイカンでしょ』と。難しい顔をしながら奇跡を起こされる様は、何とも味わい深いものでした。

「そうかい。神様も大変なんだな……」

ーー天上神様のお仕事は多岐に亘ります。1日として休みはなく、人間換算で20万人分の仕事をこなされているのです。ですので、あの方のお手を煩わせない様お願い致します。


思いがけず天界のブラック事情を知ってしまった。
死んだ後の世界も激務とか、これもう泣くしかねぇよ。


「じゃあさ。豆を特別視してるのは人間だけであって、神様的には何とも思ってないんだな?」

ーーはい。むしろ『もうヤメてぇ、たまにはお肉ちょうだい!』と叫ぶこともありました。

「お、おう。そうだったか……」


アリアから聞き込みを終えたオレは、厨房へと向かった。
この前手に入れた『ヒヨコ豆』の扱いについて相談中なのだ。
オレとしちゃあカレーに入れたり、サラダに和えてくれりゃ良いと思ってたんだが、話は拗(こじ)れに拗れていた。


「シンシアー、ちょっといいかー?」


厨房へ再びやって来ると、さっきと状況は同じだった。
テーブルの上に放置されたヒヨコ豆たち。
それから逃げるように背を向けて、厨房の隅でガタガタ震えるシンシア。
かれこれ一時間くらいはこうしてるだろう。
飽きろよ。


「あのさシンシア。そろそろ豆に慣れちゃあくれませんかね?」

「あぁ勿体ねぇ勿体ねぇ……オラおっがなくてぇ、お豆様になんか触れねぇだぁ。きっとバチが当たんべぇ」

「そんな事ねぇって! キノコとか木の実と一緒だっての。見映えだって可愛いし……ホラ」

「ぎぃにゃぁぁあーーッ!」


シンシアが気を失った。
頭に豆乗っけたら気絶したぞ、そこまで畏れ多いもんかよ。
ともかく、これ以上長々と引っ張るつもりはない。
背中に活を入れて強引に目覚めさせた。


「ハゥッ! 私は一体……?」

「おう起きたか。じゃあ調理に戻ってもらおうか」

「ヒィッ! お豆さまぁぁ!」

「落ち着けシンシア。お前はレジーヌを助けたくはないか?」

「……レジーヌ様を?」


あれから経過観察したが、レジーヌの様子が良くない。
数日休ませたがダメで、元に戻る兆しはなかった。
ここは気分を変えて美味いもん食わせてみようと思い、シンシアに協力をお願いしたという訳だ。
ヒヨコ豆を持ち出したのはこじつけだ。


「豆には神聖な力があるんだろ? だったら、その力にすがれば助かるかもしれねぇじゃねぇか!」

「姫さま……助ける……」

「そうだ。それともお前は、アイツのあんな姿見て平気なのか?」

「そんなことありません! 私は、もう一度、お元気な姫さまにお会いしたいです!」

「だったらヤル事ァひとつだろうがぁーー!」

「やったりますよォーーこの豆ッコロがァーーッ!」


ふっ切れたらしいシンシアの動きは早かった。
ドボドボドンと煮え湯に投下されるヒヨコ豆たち。
『あついよーやめてよー』なんて声が聞こえた気がするのは、愛らしい見た目のせいか。
もちろん、要らん事は言わないでおく。


「……できました。ヒヨコ豆の辛味スープです」


妙なハイテンションのもとで作られた料理は、意外とまともな出来映えだった。
香辛料をふんだんに使い、獣肉やジャガイモ・ニンジンとともにコトコト煮込んだものだ。
まぁ、例えるならスープカレーみたいな感じか?


「どれどれ、ひとくち貰うぞ」

「……どう、ですか?」


最初にピリッと早めに辛味がくるが、ちょっと遅れて濃厚な味わいが押し寄せてくる。
豆もジャガイモもホクホクだし、肉はジューシー、ニンジンも甘くてサクリと歯応えがよい。
簡単に言えばうんまぁい!


「これ美味いぞ、やったなシンシア!」

「本当ですかぁ!? 初めての食材だから不安だったんですよぉ!」

「早速食わせに行くぞ!」

「はいッ!」


大鍋を担いでレジーヌ宅へとやってきた。
中のようすはというと、随分荒れ果てている。
彼女の尊厳のためにも、心にモザイク処理を施すことにした。

レジーヌ本人はというと、体までもが弱りだしている。
何でも昨日から食事を摂らないようになったらしい。
食べさせようとしても、顔を背けてしまうんだとか。
まだ絶食してから日が浅いが、早くもやつれ始めた気配が見られる。


「姫さまぁ。ゴハンを、美味しいゴハンをお持ちしましたよぉ」

「ウケーッケッケケ。カエルピョコピョコミピョコピヨピヨピヨヒヨコぉぉお!」

「ダメだな。自発的に食ってくれそうにない。両腕を押さえててくれ」

「は、はい! ただいまぁ!」


ベッドの上で両腕を押さえつけるが、中々安静にはしてくれない。
不自由な体を捩(よじ)らせつつ、髪を振り乱しては奇声を発し続けている。
辛いよな、苦しいよな。
今楽にしてやる。
ヒヨコ豆の力をもってしてな!


「はい、アーン」

「ヘムッ!?」

「食べました、姫さまが食べましたよぉ!」

「喜ぶのは早い! ここは様子を見てだな……」

「ぅぅ、ウウゥ……」

「姫さまぁ、しっかりぃ……」


両手で口許を押さえてレジーヌが呻(うめ)く。
口はモゴモゴと咀嚼(そしゃく)されているから、ちゃんと食べてくれてるようだ。
ゴクリ。
カレーが喉を通った。

その時、レジーヌの顔が勢いよくあげられ、シンシアによる縛(いま)しめを振りほどいた。
そして両手を突き上げ、全力で叫んだ。


「うんまぁーーいぞぉーーッ!」


そしてオレから皿を奪い、モリモリと食い始めた。
口にスプーンを送る度に足をバタバタ暴れさせ、全身で感情を表現させている。


「どうだレジーヌ。美味いか?」

「うんうん! ほんと美味しい……って、どうしたの2人揃って? というか私、何でベッドに居るの?」

「姫さまァ! 良かった、心配したんですよぉ!」

「ごめん。何があったか、私にはサッパリだわ!」

「忘れちまって良いんじゃねぇの。お前の為に頑張った友達の事さえ覚えてりゃさ。ちなみにそれ、豆料理だからな」

「ええーーッ!?」


後日。
レジーヌの加護のもと、ヒヨコ豆の量産に成功した。
恐ろしくなるほどに逞しく、立派なツルを備えた豆の木の完成だ。
これにより、富を王公貴族によって独占された『暗黒の時代』は終わりを告げたのである。

新時代の到来を予感した。
今日も元気にツタと戯(たわむ)れ、宙ぶらりんとなったレジーヌを眺めることで。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...