豆を奪え、転生者!

おもちさん

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第24話 貧民街の王

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「奴隷の住む街……なのか?」


母親からの言葉をついオウム返ししてしまった。
彼女はコクリと頷く。
その顔に表情は無く、心の内を覗き込むことは出来なかった。


「奴隷ってことは、何か借金したり、政治犯だったりするのか?」

「いいえ。そうではありません。いわゆるごく普通の暮らしをしておりました」

「新参者って言ってたけども、ここへ流れ着いた経緯を聞いても良いか?」

「構いません。特にどう、という話でもありませんが……」


彼女は少しだけ目線を息子へと向けた。
少年の方は夢中でリンゴにかぶりついている。
その姿を見た瞬間だけ優しげな目になる。
それから再びこちらに向き直った時には、豊かな感情が感情が霧散した。


「私たちはかつて北の村に住んでいました。貧しいながらも夫と2人の息子の4人で、仲睦まじく暮らしていました。税は重く、実りは少ないという日々でしたが、今に比べれば遥かに幸せでした」

「旦那さんが居るんだな。今は働きに?」

「いえ。ある日突然、国の騎士様がたがやってきて、村で乱暴を働いたのです。夫はその折りに帰らぬ人に……」

「そう、なのか」


ついこの前起きていた略奪騒ぎは、他の場所でも起きていたようだ。
オッサンが『珍しくはない』と言っていたのは本当だったらしい。


「本来であれば、焼け出された村人というのは、自由を制限される事はありません。てすが、私たちは不運にも、この地へと強制的に連れてこられました。奴隷の数が減っていたので、その穴埋めにとの事でした」

「大切なもの奪われただけじゃなくて、奴隷にまでされたってのか。無茶苦茶じゃねぇか」

「筋が通らないのは百も承知です。ですが、たとえ異を唱えたとして、誰が聞き届けてくれるでしょうか」


母親は息子の頭を優しく撫でた。
やはりその瞬間だけは、人が変わったような顔つきをする。
彼女が正気を保っていられるのも、子供の存在が大きいのかもしれない。


「ここではやっぱり、強制労働なんかを?」

「はい。朝になれば班長が人を集めます。拒否することもできますが、そうしますと食料を分けては貰えません。命を繋ぐためには働かざるを得ないのです」

「なるほど。息子も仕事に出たが、大人に難癖付けられて飯にありつけなかったと」

「この地区を取りまとめている班長の仕業です。騎士団より立場を承認されているので、誰も逆らうことが出来ません」

「じゃあ、他にも被害者がいると見て良いな?」

「大きな声では言えませんが……。飼い犬をけしかけられて殺された子供、無理矢理に身籠らされて気が触れてしまった女性、ひたすら棒で打たれて命を落とした男性。やりたい放題とはこの様なものを指すのでしょう」


どうやら敵は支配者階級だけとは限らないらしい。
まさかの貧民側からも暴君が誕生していたとは思わなかった。
辛い身の上同士仲良く出来る、というのは幻想のようだ。
隙あらば他人を出し抜こうと考えるのも、人間の姿なのかもしれない。


「気になったんだが、どうしてここから逃げないんだ? 新天地での暮らしは大変だろうが、ここよりはマシだろうに」

「下の息子を人質に取られています。私だけでなく、余所の家でも同じです。恋人、子供、年老いた親という違いはありますが。大事な家族を置いて、自分たちだけで逃げる訳にはいきません」

「どこまで……どこまで性根が腐ってやがる……!」


現代の日本社会から来たオレからしたら、有りえない話だった。
いや、仮に近代からの来訪者だったとしても、この惨劇には驚いたはずだ。
人権も法も情すらない世界だ。
通りを歩く人たちの茫然自失っぷりも、今なら理解が出来た気がする。

標的は決まった。
誰を罰し、懲らしめるかがハッキリと見えた。
あとは落とし前を付けてもらうだけとなる。


「ありがとうな。おかげで有意義な時間になったよ」

「はぁ……。こんなものがお礼になったのでしょうか?」

「もちろんだ。釣りが出るくらいにな。じゃあ、この辺でオレは引き上げるよ」

「行きずりの方であるのに、大変お世話になりました」

「良いってことよ。そうそう。ここでの暮らしが辛くなったら、大森林にある開拓村に来な。少なくとも腹一杯食えるからな」

「噂は聞いておりますが……そのような場所が本当にあったのですね」

「じゃあな少年。ちゃんとお母さんを守るんだぞ?」

「うん! ありがとうねお兄ちゃん!」


オレは笑顔で家を後にした。
入り口のドアをくぐると、怒り顔に変わった。
目指すは班長とやらの住処だ。
アイツには償いをしてもらう。
最低限、少年から奪い取った分はな。


「アリア。班長と思しき家は見当がつくか?」

ーーお答えします。ひときわ大きな廃屋がございます。恐らくそこが標的の家となりましょう。


誘導に従って街を進むと、崩れかけた小屋の中にただずむ大きな家を見つけた。
場所は貧民街の真ん中辺りに位置している。
ここに例の男が居るんだろうか。
ひとまず入り口のドアを叩いてみる。


「おーい、班長。居るのか、居たら返事をしてくれ」


うっかり破壊してしまわないよう、慎重に叩いた。
だが、返事はない。
呼吸3つ程待って、気配が無いことを確認し、もう一度ノックを試みようとした。
するとドアが開き、中から40歳くらいの男が現れた。
眉間にシワを寄せ、アゴを少し高くしてこちらを見ている。
不機嫌さを欠片も隠す様子は無い。


「なんだ貴様は。要件があるならさっさと言え」

「アンタが班長かい? ここのまとめ役っていう」

「だったらどうした。見かけない顔だが新入りか?」

「そんな事よりもさ、お前は子供から報酬を横取りしたか?」

「突然何を言い出すんだ」

「質問に答えろよ。したのか、してないのか」


ここで男の口許がグニャリと歪んだ。
両目を見下すような色あいに染めつつ、言葉が戻される。


「それがどうした。オレはここの管理を任されている。公爵さまからのお墨付きもある」

「話が繋がってないぞ。お墨付きと横取りに何の関係があるってんだよ」

「分からんかボンクラ。公爵さまからお墨付きがあるってことは、オレの意見や考えは公爵さまのものという事になる。つまり、オレは常に正しいし、高貴な存在となったのだ。だからこ汚い奴隷どもがどう騒ごうが、全く意味を成さない……」


それ以上言葉を聞く気は起きなかった。
醜い表情を手で隠すようにして、片手で顔を掴む。
そのまま高々と掲げると、男は苦しいのか途端に足をバタつかせた。


「何をする! このオレに怪我でもさせてみろ、騎士団がお前を殺しに……」

「おうそうかい。じゃあ呼んでみろよ。頼りの騎士さまをよぉ?」

「おのれ……呼ぶぞ! 後悔しても遅いぞ、謝るなら今のうち……」

「ゴチャゴチャうるせぇんだよ!」


痺れを切らしたオレは、男を壁に叩きつけた。
もちろん木壁の耐久力が追いつく訳もなく、その醜悪な体は勢いが衰えないままに転がり、外壁にぶつかってからようやく止まった。
壁に背を預けて気絶する男に向かって、オレは身構えた。
両手には魔力が宿り、報復の瞬間を今か今かと待ちわびている。


「アリア、静かに潜入するつもりだったが、予定変更だ。ここで派手なやつ一発披露してやる」

ーーはい。そこまで想定済みです。気兼ねなくどうぞ。

「まてよ。お前はここまで読んでたとでも言いたいのか?」

ーーミノルさまは直情的でございます、そして後先考えないお方でもあります。住民の苦境を知ったなら、必ずや目立つ行動にでるだろうと予想していました。

「なんでもお見通しって事かよ。気にくわねえな。」

ーーそろそろ私めをベストパートナーに選出していただいても構いませんが。

「うるせぇよ」


必要な分の魔力が溜まる。
あとは発動を待つばかりだ。
周りをチラリと見てみると、幸いにも人影はない。
巻き添えになる人が居ないようで安心した。
だから、遠慮せずに思いっきりやれるな。


「穿て、炎龍ーーッ!」


頼もしきオレの相棒は絶好調だ。
転がる男を一飲みにし、城壁を打ち破り、その向こうの大きな家を爆破した。
厚い石壁は大きく崩れ去り、外敵を阻む能力はもはや残されてはいない。


「さてと、覚悟は出来てるもんかね。悪行のあとには報いがあるってね」


オレは出来立ての隙間から中へと侵入した。
人民の解放。
そして、お豆さんの救出。
どちらも崇高な行為であり、必須目標となる。
怒りに身を任せていても、本来の目的を見失ってはいなかった。


「待ってろよ、人質のみんな……すぐに助けてやるからな」


そう呟いてみたものの、言葉とは裏腹に、心に過るのは大豆ばかりだ。
オレはオレで業が深いもんだと、内心思った。
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