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第23話 反抗の狼煙
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大食堂の一角に主要メンバーを集めた。
運営責任者のオレとレジーヌ、防衛責任者としてオッサンとトガリの計4人だ。
昼メシ時の喧騒も過ぎ去ったので、室内はシンシアたちによる後片付けの音しか聞こえない。
全員が真剣な面持ちなのは、事前に概要を説明したからだろう。
空気はピシリと引き締まっている。
そんな最中で口火を切ったのはオレだった。
「忙しい中呼び出してスマン。これから作戦会議を始めるぞ」
返事はない。
全員の目が次の言葉を待っている。
促されるままに話を続けた。
「最近は村も発展し、施設も充実。幸運なことに大きな戦乱も無く、どうにか平和な毎日を送る事ができた。このまま荒事に手を出すこと無く過ごすのも良いが、世情がそれを許さないだろう」
「みーやぅ」
「北にディスティナ、西にアルフェリアと接している。それ以外の方角は魔獣が蠢く深い森ばかりで、その向こう側は海しかない。今後も平和を享受するには、他の国を討伐する必要がある」
「みーやぅ、みやぉーーあ」
「聞くところによると、為政者たちは自分の快楽に酔いしれるばかりで、内政を疎かにしている。それどころか、人々を弾圧までする始末。罪無き彼らを救うためにも、大陸の解放を……」
「みやぁーーう! みやぁーーおぅ!」
「ええと、大陸の解放を提案……」
「みゃんみゃんみゃん! みゃぅみゃぅあーーッ!」
「なぁオッサン。子猫をどこかに預けてきてくれないか?」
「断る。メイシンはワシから離れることを極端に嫌う」
「随分と溺愛しやがってこの野郎……」
なんて真っ直ぐな目をしてるんだ。
コイツを説得するだけの言葉がオレにあるのか。
否ない。
よって、ホンワカ暴れまわる子猫を無視して話を進める。
オッサンのヒゲがブランコのように揺れるが、そっちを見てはいけない。
「さてと、オレらの状況はあまり良くない。ディスティナとアルフェリアが連合し、2方向から挟撃してきたら守る術が無くなる。ここはディスティナを陥とそうと思う。両国の戦力比を考えての結論だ」
「ねぇミノル。話は分かるんだけど、どうやって戦うの? まだ兵は集まってないのよ?」
「オレが行く。みんなはここを守っててくれれば良い」
「オレが行くって、まさか独りで!?」
「そうだ。まだ連中に顔が割れてないから、街に上手く潜入して……」
「ダメよ! 危険すぎるわ!」
テーブルがガタンと揺れる。
ここまで強くなったオレが、まさか心配されるとは思わなかった。
オレはもはや世界の条理から外れた化け物だというのに。
その真っ直ぐな怒りが、眼差しが心にそよ風を生んだ。
「悪いが他に策は無いんだ。気を遣ってくれて嬉しいが、分かってくれ」
「でも……そんな事って……」
「安心しろよ。オレはこの為に強くなったんだ。きっと上手くいくさ」
「レジーヌ姫。ミノル殿は確かに強くなったようだ。特に多数相手の戦闘は、ワシよりも遥か適正がある。自信があるようだし、ひとまずは送り出してみるのが良かろう」
「うん……わかったわ。でもお願い、危険になったら逃げ帰ってきて。きっと他にも良い手があるハズよ」
「もちろんだって。さすがに死にに行くつもりはねぇよ」
そう、オレはまだ死ぬわけにはいかない。
再びこの手に味噌を取り戻すまで、安らかに眠ることなど許されないのだ。
「じゃあ話も決まったところで解散! オッサン、留守は任せた」
「うむ。安心ひて行っへふるといい」
「本当に任せたからな?」
口許に子猫をぶら下げた面白おじさんに念を押した。
いや、コイツ強いんだけどさ、実際頼りになるけどさ。
骨抜きにされてやしないか少しだけ心配になってしまう。
みんなと別れた後、その足でディスティナへと向かった。
魔力温存のために、前回のようには進まずに地上をひたすら駆けていく。
ーー見回りに見つからぬよう、くれぐれもご注意ください。
「わかってる。アリアも見つけたら報告しろ」
ーー承知しました。
街道から外れ、時には森に潜みつつ、慎重になって進軍した。
領内は5人編成の騎馬隊が頻繁にうろついていて、拓けた道を進むことは出来そうにない。
焦れる心を宥めつつ道無き道を行く。
「うん? あれは……」
焼け野原で作業をする人々が見える。
彼らは騎士ではなく、民間人だろう。
つい先日略奪に遭った人々が、再び村を建て直そうとしているようだ。
「マジかよ。あれだけの事が起きたのに、またここに住む気か?」
ーーあちらには324体の生命反応があります。特別に強い生命体は確認できません。
「つうことは、多くの人は開拓村に来なかったって事か。そうか……」
ーー現在のミノル様であれば、全員を捕縛して連れ去る事も可能です。いかがされますか。
「いや、やらねぇよ。ここに住みたいっていうなら止めないさ」
そうまでして残ろうとするとは予想外だった。
やはり故郷というのは捨てがたいのかもしれない。
今彼らはどんな気持ちで家を建てているのか。
それを思うだけで、胸がチクリと痛む。
焼けた町を迂回してしばらく進んだ。
ここまで来るとディスティナの街は目前だ。
小高い丘をいくつか越えた時、街の全貌が確認できた。
「なんだありゃあ……。難民キャンプか?」
ディスティナの街は遠目からじゃ分からない異様さに満ちていた。
山の頂点にでも据えたように、白く輝く王城。
一段下がった高さには大きな屋敷がズラリと軒を連ねる。
そしてそれらを囲むように、背が高く頼もしい外壁がそびえたっていた。
だが、驚くべきはその外側だ。
外壁の周りにはおびただしい数の小屋が建ち並んび、数え上げるのがバカバカしくなるような戸数だ。
区画整備などされた様子はなく、街道ばかりは避け、それ以外はルールなど無いように乱雑だった。
だから一層粗末で貧しい印象を受ける。
これを難民キャンプと呼ぶべきか、スラム街と呼ぶべきかは分からん。
ともかく異様な光景だった。
今にも崩れそうな粗末な小屋と、後ろに控える立派な城が対極的すぎる。
格差なんて言葉では表現しきれないほどの歪さを感じた。
ーーここからは集落を通りましょう。そうすることで、目立たずに外壁へと近づけます。
「そうか。この中に紛れちまえば良いのか。オレも貧民なんて言われるような格好らしいからな」
ーーあまり卑下なさらずに。よくお似合いです。
「ケンカ売ってんのかテメェ」
外側の小屋を伝ってコッソリと侵入した。
咎めるような声や視線は無い。
それもそのはず。
ここの住民は、恐ろしいほどに疲れきっているようだったからだ。
体はへし折れそうな程に痩せこけ、目は虚ろで、足取りは引きずる程に重たい。
余所者であるオレの事を警戒するヤツは1人も居なかった。
そんな事にかまける余裕も無い、という事なのか。
「ここは、何だよ。地獄みてぇな場所だな……臭いも酷いし、よく住めるもんだ」
ーー私のデータに無い環境です。故に答えを持ちません……が。
「が? なんだよ」
ーーなぜここの住民は逃げないのでしょうか。それが不思議でなりません。
「確かに……どっか人里離れた森の中にでも住めばいいのにな」
例えば大森林とかさ。
さらに例えるとウチの開拓村とかさ。
みんなこぞって押し寄せたらいいのに。
内政が得意なヤツとか大歓迎だぞ。
「事情を聞いてみるか。もしかすると、ディスティナ城や軍隊の情報も手に入るかもしれないし」
ーーそれは難しいでしょう。
「何でだよ。やってみなきゃ分かんねぇだろ」
ひとまず聞き込みを試してみる。
ちょうど道端に、そこそこ歳のいった女の人がいる。
女性は話したがりが多かったりするから、ファーストコンタクトとしては調度良い相手だろう。
「あのさ。ちょっと聞いていいか?」
「……はい。はい」
「ここの住民なんだろ。何で逃げないんだ?」
「……はい。はい」
「いや、ハイじゃなくてさ。余所に住もうとは思わねぇのか? もっと居心地良い場所あるぞ?」
「……はい。はい」
ダメだ。
相づちだと思ったら独り言だったらしい。
結局この女性には何を聞いても無駄だった。
そして、人を変えても結果は同じ。
誰一人として相手をしてくれなかった。
まるで亡者のように力無く歩き、どこかへと立ち去っていく。
誰彼構わず問いかけたが、全てそんな様子だった。
「参ったな……聞き込みとか諦めて、さっさと乗り込むかなぁ」
「うわぁーーん! ぁあーーん!」
「うん? 何だろ」
無数に存在する小屋のうち、1軒から子供の泣く声が聞こえてきた。
半死人ばかりが彷徨く界隈では大声が良く響く。
何が悲しいか知らんが、オレにとっては朗報だ。
泣けるだけの自我のあるヤツが他に見かけないからだ。
「……あの家だな」
声の主が居る小屋へとやってきた。
もちろん、周辺に人だかりなんかあるはずもない。
誰もが焦点の合わない目を宙に漂わせながら、何事もないように通り過ぎていく。
「お、お邪魔しまーす」
思いきって小屋の中に入ってみた。
柱や壁の木が腐りかけているようで、ドアの開閉1つにも気を遣う。
中の様子も酷いもんだ。
そこにはまともな家具は無く、ベッドの代わりらしい草の束があるだけだった。
「うわぁーーん! うわぁああーーん!」
「坊や、何を泣いてるんだい?」
「あ、あの! あなたは誰ですか!?」
泣きじゃくる少年の隣には母親らしき人も居た。
こっちの反応も良く、強い警戒心が向けられた。
これは運が良いぞ!
……警戒されて嬉しいとか、訳わかんねぇな。
「まぁまぁまぁ。アンタが母親かい?」
「そ、そうですけど。あなたは?」
「まぁまぁまぁ。ここはひとつ任せてくれよ。なぁ少年?」
「おにいちゃん。だれ……?」
「そこは気にするな。どうして泣いてるんだい?」
「ボク、ボク一杯働いたのに、頑張って働いたのにぃ! おじちゃんがイジワルして、ゴハンをくれなかったの!」
「そうか、そうか。辛かったな。ソイツは何か言ってたか?」
「子供にご飯はいらない。大人の方がお腹空いてるって。そう言ってさ、ボクのご飯も食べちゃったの……ひどいよぉぉ!」
どうやら大人から嫌がらせのようなものを受けたらしい。
まだ10歳にもなってない子供に何て事をするんだ。
過酷な環境だと、皺寄せが弱い方に集まるもんだが、これはあまりにも可哀想だ。
オレはやりきれなくなって、拠点から持ってきた食料を差し出した。
リンゴが3つに干し肉がひと束。
これが今の精一杯だ。
「あの、えっと……」
「これは君にあげよう。お腹空いてるんだろう?」
「いいの? 本当に良いの!?」
「もちろんだ。全部食べて良いぞ」
「あの、こんなに沢山……本当に宜しいのですか?」
「構わねぇって。ウチに帰りゃいくらでも食えるんだ」
「……やはりここの人ではありませんね。あなたは何者なのですか?」
母親が困惑7割、敵意3割くらいの目線を向けてきた。
どうやらオレの事を詐欺師か何かだと疑ってるようだ。
その思考回路からは、これまでの苦労が偲ばれる。
「オレはな……改革者。そう、改革者だ」
「かい、かく?」
「その通り。この世界のふざけたルールをぶち壊し、作り直す為にやって来たんだよ」
ポカーンと表現するしかない顔が2つ並ぶ。
ちょっとスベったか……いや、そんなバカな!
今のは泣いて喜ぶような場面じゃないのか。
「と、ともかく。それ食べちゃえよ。他人にバレたら面倒だろ?」
「うん! いただきます!」
「んでママさんよ。恩着せがましくする気はねぇが、オレの質問に答えてくんないか?」
「質問……ですか。私は新参者でして、それほど事情に詳しくはありませんが」
「良いって。雑談くらいの気楽さで答えてくれ」
いまだ半信半疑の母親が、顔色を窺いつつ頷いた。
それからしばらく話し込む。
オレはここで、この国の人たちに課せられたクソッたれな法を知ることになる。
運営責任者のオレとレジーヌ、防衛責任者としてオッサンとトガリの計4人だ。
昼メシ時の喧騒も過ぎ去ったので、室内はシンシアたちによる後片付けの音しか聞こえない。
全員が真剣な面持ちなのは、事前に概要を説明したからだろう。
空気はピシリと引き締まっている。
そんな最中で口火を切ったのはオレだった。
「忙しい中呼び出してスマン。これから作戦会議を始めるぞ」
返事はない。
全員の目が次の言葉を待っている。
促されるままに話を続けた。
「最近は村も発展し、施設も充実。幸運なことに大きな戦乱も無く、どうにか平和な毎日を送る事ができた。このまま荒事に手を出すこと無く過ごすのも良いが、世情がそれを許さないだろう」
「みーやぅ」
「北にディスティナ、西にアルフェリアと接している。それ以外の方角は魔獣が蠢く深い森ばかりで、その向こう側は海しかない。今後も平和を享受するには、他の国を討伐する必要がある」
「みーやぅ、みやぉーーあ」
「聞くところによると、為政者たちは自分の快楽に酔いしれるばかりで、内政を疎かにしている。それどころか、人々を弾圧までする始末。罪無き彼らを救うためにも、大陸の解放を……」
「みやぁーーう! みやぁーーおぅ!」
「ええと、大陸の解放を提案……」
「みゃんみゃんみゃん! みゃぅみゃぅあーーッ!」
「なぁオッサン。子猫をどこかに預けてきてくれないか?」
「断る。メイシンはワシから離れることを極端に嫌う」
「随分と溺愛しやがってこの野郎……」
なんて真っ直ぐな目をしてるんだ。
コイツを説得するだけの言葉がオレにあるのか。
否ない。
よって、ホンワカ暴れまわる子猫を無視して話を進める。
オッサンのヒゲがブランコのように揺れるが、そっちを見てはいけない。
「さてと、オレらの状況はあまり良くない。ディスティナとアルフェリアが連合し、2方向から挟撃してきたら守る術が無くなる。ここはディスティナを陥とそうと思う。両国の戦力比を考えての結論だ」
「ねぇミノル。話は分かるんだけど、どうやって戦うの? まだ兵は集まってないのよ?」
「オレが行く。みんなはここを守っててくれれば良い」
「オレが行くって、まさか独りで!?」
「そうだ。まだ連中に顔が割れてないから、街に上手く潜入して……」
「ダメよ! 危険すぎるわ!」
テーブルがガタンと揺れる。
ここまで強くなったオレが、まさか心配されるとは思わなかった。
オレはもはや世界の条理から外れた化け物だというのに。
その真っ直ぐな怒りが、眼差しが心にそよ風を生んだ。
「悪いが他に策は無いんだ。気を遣ってくれて嬉しいが、分かってくれ」
「でも……そんな事って……」
「安心しろよ。オレはこの為に強くなったんだ。きっと上手くいくさ」
「レジーヌ姫。ミノル殿は確かに強くなったようだ。特に多数相手の戦闘は、ワシよりも遥か適正がある。自信があるようだし、ひとまずは送り出してみるのが良かろう」
「うん……わかったわ。でもお願い、危険になったら逃げ帰ってきて。きっと他にも良い手があるハズよ」
「もちろんだって。さすがに死にに行くつもりはねぇよ」
そう、オレはまだ死ぬわけにはいかない。
再びこの手に味噌を取り戻すまで、安らかに眠ることなど許されないのだ。
「じゃあ話も決まったところで解散! オッサン、留守は任せた」
「うむ。安心ひて行っへふるといい」
「本当に任せたからな?」
口許に子猫をぶら下げた面白おじさんに念を押した。
いや、コイツ強いんだけどさ、実際頼りになるけどさ。
骨抜きにされてやしないか少しだけ心配になってしまう。
みんなと別れた後、その足でディスティナへと向かった。
魔力温存のために、前回のようには進まずに地上をひたすら駆けていく。
ーー見回りに見つからぬよう、くれぐれもご注意ください。
「わかってる。アリアも見つけたら報告しろ」
ーー承知しました。
街道から外れ、時には森に潜みつつ、慎重になって進軍した。
領内は5人編成の騎馬隊が頻繁にうろついていて、拓けた道を進むことは出来そうにない。
焦れる心を宥めつつ道無き道を行く。
「うん? あれは……」
焼け野原で作業をする人々が見える。
彼らは騎士ではなく、民間人だろう。
つい先日略奪に遭った人々が、再び村を建て直そうとしているようだ。
「マジかよ。あれだけの事が起きたのに、またここに住む気か?」
ーーあちらには324体の生命反応があります。特別に強い生命体は確認できません。
「つうことは、多くの人は開拓村に来なかったって事か。そうか……」
ーー現在のミノル様であれば、全員を捕縛して連れ去る事も可能です。いかがされますか。
「いや、やらねぇよ。ここに住みたいっていうなら止めないさ」
そうまでして残ろうとするとは予想外だった。
やはり故郷というのは捨てがたいのかもしれない。
今彼らはどんな気持ちで家を建てているのか。
それを思うだけで、胸がチクリと痛む。
焼けた町を迂回してしばらく進んだ。
ここまで来るとディスティナの街は目前だ。
小高い丘をいくつか越えた時、街の全貌が確認できた。
「なんだありゃあ……。難民キャンプか?」
ディスティナの街は遠目からじゃ分からない異様さに満ちていた。
山の頂点にでも据えたように、白く輝く王城。
一段下がった高さには大きな屋敷がズラリと軒を連ねる。
そしてそれらを囲むように、背が高く頼もしい外壁がそびえたっていた。
だが、驚くべきはその外側だ。
外壁の周りにはおびただしい数の小屋が建ち並んび、数え上げるのがバカバカしくなるような戸数だ。
区画整備などされた様子はなく、街道ばかりは避け、それ以外はルールなど無いように乱雑だった。
だから一層粗末で貧しい印象を受ける。
これを難民キャンプと呼ぶべきか、スラム街と呼ぶべきかは分からん。
ともかく異様な光景だった。
今にも崩れそうな粗末な小屋と、後ろに控える立派な城が対極的すぎる。
格差なんて言葉では表現しきれないほどの歪さを感じた。
ーーここからは集落を通りましょう。そうすることで、目立たずに外壁へと近づけます。
「そうか。この中に紛れちまえば良いのか。オレも貧民なんて言われるような格好らしいからな」
ーーあまり卑下なさらずに。よくお似合いです。
「ケンカ売ってんのかテメェ」
外側の小屋を伝ってコッソリと侵入した。
咎めるような声や視線は無い。
それもそのはず。
ここの住民は、恐ろしいほどに疲れきっているようだったからだ。
体はへし折れそうな程に痩せこけ、目は虚ろで、足取りは引きずる程に重たい。
余所者であるオレの事を警戒するヤツは1人も居なかった。
そんな事にかまける余裕も無い、という事なのか。
「ここは、何だよ。地獄みてぇな場所だな……臭いも酷いし、よく住めるもんだ」
ーー私のデータに無い環境です。故に答えを持ちません……が。
「が? なんだよ」
ーーなぜここの住民は逃げないのでしょうか。それが不思議でなりません。
「確かに……どっか人里離れた森の中にでも住めばいいのにな」
例えば大森林とかさ。
さらに例えるとウチの開拓村とかさ。
みんなこぞって押し寄せたらいいのに。
内政が得意なヤツとか大歓迎だぞ。
「事情を聞いてみるか。もしかすると、ディスティナ城や軍隊の情報も手に入るかもしれないし」
ーーそれは難しいでしょう。
「何でだよ。やってみなきゃ分かんねぇだろ」
ひとまず聞き込みを試してみる。
ちょうど道端に、そこそこ歳のいった女の人がいる。
女性は話したがりが多かったりするから、ファーストコンタクトとしては調度良い相手だろう。
「あのさ。ちょっと聞いていいか?」
「……はい。はい」
「ここの住民なんだろ。何で逃げないんだ?」
「……はい。はい」
「いや、ハイじゃなくてさ。余所に住もうとは思わねぇのか? もっと居心地良い場所あるぞ?」
「……はい。はい」
ダメだ。
相づちだと思ったら独り言だったらしい。
結局この女性には何を聞いても無駄だった。
そして、人を変えても結果は同じ。
誰一人として相手をしてくれなかった。
まるで亡者のように力無く歩き、どこかへと立ち去っていく。
誰彼構わず問いかけたが、全てそんな様子だった。
「参ったな……聞き込みとか諦めて、さっさと乗り込むかなぁ」
「うわぁーーん! ぁあーーん!」
「うん? 何だろ」
無数に存在する小屋のうち、1軒から子供の泣く声が聞こえてきた。
半死人ばかりが彷徨く界隈では大声が良く響く。
何が悲しいか知らんが、オレにとっては朗報だ。
泣けるだけの自我のあるヤツが他に見かけないからだ。
「……あの家だな」
声の主が居る小屋へとやってきた。
もちろん、周辺に人だかりなんかあるはずもない。
誰もが焦点の合わない目を宙に漂わせながら、何事もないように通り過ぎていく。
「お、お邪魔しまーす」
思いきって小屋の中に入ってみた。
柱や壁の木が腐りかけているようで、ドアの開閉1つにも気を遣う。
中の様子も酷いもんだ。
そこにはまともな家具は無く、ベッドの代わりらしい草の束があるだけだった。
「うわぁーーん! うわぁああーーん!」
「坊や、何を泣いてるんだい?」
「あ、あの! あなたは誰ですか!?」
泣きじゃくる少年の隣には母親らしき人も居た。
こっちの反応も良く、強い警戒心が向けられた。
これは運が良いぞ!
……警戒されて嬉しいとか、訳わかんねぇな。
「まぁまぁまぁ。アンタが母親かい?」
「そ、そうですけど。あなたは?」
「まぁまぁまぁ。ここはひとつ任せてくれよ。なぁ少年?」
「おにいちゃん。だれ……?」
「そこは気にするな。どうして泣いてるんだい?」
「ボク、ボク一杯働いたのに、頑張って働いたのにぃ! おじちゃんがイジワルして、ゴハンをくれなかったの!」
「そうか、そうか。辛かったな。ソイツは何か言ってたか?」
「子供にご飯はいらない。大人の方がお腹空いてるって。そう言ってさ、ボクのご飯も食べちゃったの……ひどいよぉぉ!」
どうやら大人から嫌がらせのようなものを受けたらしい。
まだ10歳にもなってない子供に何て事をするんだ。
過酷な環境だと、皺寄せが弱い方に集まるもんだが、これはあまりにも可哀想だ。
オレはやりきれなくなって、拠点から持ってきた食料を差し出した。
リンゴが3つに干し肉がひと束。
これが今の精一杯だ。
「あの、えっと……」
「これは君にあげよう。お腹空いてるんだろう?」
「いいの? 本当に良いの!?」
「もちろんだ。全部食べて良いぞ」
「あの、こんなに沢山……本当に宜しいのですか?」
「構わねぇって。ウチに帰りゃいくらでも食えるんだ」
「……やはりここの人ではありませんね。あなたは何者なのですか?」
母親が困惑7割、敵意3割くらいの目線を向けてきた。
どうやらオレの事を詐欺師か何かだと疑ってるようだ。
その思考回路からは、これまでの苦労が偲ばれる。
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「かい、かく?」
「その通り。この世界のふざけたルールをぶち壊し、作り直す為にやって来たんだよ」
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ちょっとスベったか……いや、そんなバカな!
今のは泣いて喜ぶような場面じゃないのか。
「と、ともかく。それ食べちゃえよ。他人にバレたら面倒だろ?」
「うん! いただきます!」
「んでママさんよ。恩着せがましくする気はねぇが、オレの質問に答えてくんないか?」
「質問……ですか。私は新参者でして、それほど事情に詳しくはありませんが」
「良いって。雑談くらいの気楽さで答えてくれ」
いまだ半信半疑の母親が、顔色を窺いつつ頷いた。
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鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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