豆を奪え、転生者!

おもちさん

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第22話 物理的に蜜月

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蜜、蜜、蜂蜜。
魔力を増やすために食べるんだ。
心のヒダまでねじ込むんでやる。

ミツミツハチミツミッツミツ。
甘くてべったりたまんねぇ。
トロットロに脊髄(せきずい)まで浸して脳漿(のうしょう)まで突き刺されば良いのになぁうぇへへへへぇ。


「あひゃびゃひゃら! ミッツミッツはっちみつぅぅううう!」


たのしい。
この世はなんてたのしいんだ。
おいしいおいしい。
机も椅子もこんなにおいちいなんて、今までしらなかったぞ。

あひゃひゃらあびゃら。
ハチミツさんがあれば何でもくえる。
貧困も飢餓もぜんぶぜーんぶ解決だ!
素晴らしいスバらシイすんばらしいしいしししし!
これが理想、宇宙の終着点、あらゆる原点!

幸せはこんなにも身近なところでトロトロしてたなんてオレは知らなかったし見つける素振りすらせずにただひたすらそう直向きに空に向かって手を伸ばしてしまって転んで泣いて泣いて泣き続けて子供みたいに地団駄踏んで拗ねていじけて喚き倒したけれども全部死ね死ね死ねしねしねしねしねしねしししししし


「ミノル! しっかりして!」

「ミノルさま! 正気に戻ってください!」

「……はぇ? レジーヌ? シンシアも」

「家にこもって出てこないから、心配したわよ……」


涙声のレジーヌが目元を拭った。
シンシアの顔も病気を疑いたくなるくらい青ざめている。


「それにしても、これミノルさまがやったんですかぁ?」

「いや、うーん。どうだったかなぁ」

「あちこちハチミツ塗れね。どういう心理状態だったのかしら」

「ぅうーん……なんだろ。気持ちよかった、かも?」


オレの家では謎の惨劇が起きていたようだ。
床、壁、寝具に至るまで、すべてがヌメリ気を帯びてテラテラと陽射しを反射している。
驚くべきは机に椅子。
まるで化け物がかぶりついたかのように、足やら木板が削り取られていた。
もう家具として使うことは不可能だろう。

なぜこうなったかについては、考えたくもない。
というか、そもそも記憶がない。
唯一理解が及ぶのは、今後のトイレに注意が必要となる事くらいだ。


「ねぇ、約束して。もう無茶はしないって。あの姿を見るたび、辛くて、寂しくて……」

「姫様のおっしゃる通りですよぅ……。もっと私たちを頼って欲しいです」


この言葉には反論の余地もない。
目先の目標に気を取られ、周りが見えなくなっていた。
その結果がこの惨状なんだから、もう笑うしかない。


「スマン。でも安心してくれ。もう十分に必要なもんは取れたぞ」

「本当? 嘘じゃないわよね?」

「あぁ。きっと大丈夫さ」

ーー現在は砂糖換算で4.9キロ。あと0.1キログラム不足しています。

「鬼かよテメェ」


皿に残ったハチミツを飲んで、ようやく目標達成。
つうかアリアは空気読めよ。
おかげでレジーヌたちが微妙な顔になっちまったろうが。


ーーおめでとうございます。3日という短期間でここまで到達できた事は、誠に喜ばしい限りです。

「ああそうかい。お世辞なんだろうが、悪い気分じゃねぇ」

ーー試運転をされることを提案致します。魔力の扱いについて、今一度体感された方がよろしいかと。

「あいよ。力を試せってんだろ。分かってるよ」


危険な心理状態に比べて、体はすこぶる好調だ。
家を出て坂を登り高台に至るまで、足が別人の物のようにサクサク動いた。
これも魔力量や使用効率がウンタラって事なんだろうか。

見慣れた景色の中にディスティナの街が見えた。
こうして眺めているだけで、怒りがフツフツと沸き上がってくる。


「何もかもテメェのせいだ。絶対にブチ殺してやるからな」


まだ顔も知らない公爵に向けて、確かな殺意を覚えた。
狂気の一歩手前まで落とされた卑劣な罠。
その代償をキッチリ払ってもらう事にしよう。


ーーそこの岩が程よい強度です。攻撃を仕掛けてみてください。

「攻撃ねぇ。殴りゃいいか」


軽く拳を当ててみた。
もう気軽な感じに、特別な力を込めないで。
するとどうか。
パァンと甲高い音を立てて、大岩が弾けて粉々に砕けた。
オレと変わらないサイズだったにも関わらず、その体積の9割方が砂利のようになってしまった。


「すっげ……。何だよこの威力。手も全然痛くねぇし」

ーー総魔力量の増大と共に、魔力効率も増加しました。故に、物理攻撃・防御力にも大きな影響を与えております。

「マジかよ。じゃあもちろん魔法も強化された?」

ーー左様です。心で強くイメージして、存分に魔力を放出してください。その際回りに被害を及ぼさぬよう、空に向けて放つことを強くお勧め致します。

「イメージ、イメージね……」


オレは指摘通り、空に向けて両手を組んだ。
某国民的バトル漫画をモチーフにし、しっかりと踏ん張って構える。
心には勇ましい動物をイメージ。
両手には求められる分の魔力を貯める。

ちなみに、掛け声というか、決め台詞も大事かななんて思う。
今までワッショイだのドッコイショだの、余りにも雑な掛け声ばかりだったからだ。
だが今は違う。
ハチミツに溺れながらも、この瞬間を待ちわびていたのだ。
だから言葉もバッチリだ。


「穿(うが)て、炎龍ーーッ!」


凄まじい魔力の消費とともに、その天災は起きた。
辺りは山火事のように赤く染まり、肌がヒリつくほどの熱風が吹き荒れ、そして瞬時に消えた。
炎を身にまとった飛龍が青空を駆ける。
我が物顔で飛び、そして遠くの山に激突した。
その瞬間に爆音とともに赤い火が点る。
ほんの数秒くらいだが、太陽が2つに増えたと思うほど、強烈な熱と光を世界にもたらした。

ちなみに山頂部分に当たったんだが、その外形が別物となった。
何せ衝突部分が全て消し飛んだからだ。


「何よこれ……見たことも聞いたこともないわ」

「ふぇぇ。今の、ミノルさまがやったんですかぁ?」

「みたいだな。苦労した甲斐があったぞ」


まるで戦略ミサイルのような威力で、相当な破壊力があるがデメリットも相応だ。
魔力の消費量が激しい。
今のを2発も撃ったなら力を使い果たしてしまうだろう。
せっかくの大魔法だが、奥の手として温存した方が無難だ。


「よぉし! じゃあ会議しますかね!」

「会議って、なんの?」

「もちろん。ディスティナ攻略の会議だよ。主要メンバーを集めてくれよ」

「えっ、えっ。急じゃない? さっきの力があればいけそうだけど、急じゃない!?」

「まぁまぁまぁ」

「まぁまぁって、何よ。というか押さないでよ」

「まぁまぁまぁ」

「姫さまぁ。これは対話不可の状態ですよぉ?」

「うーん。そうみたいね。私としては、ミノルに休んでもらいたいのだけど……」

「まぁまぁまぁ」

「分かったわよ。ちゃんと集めるから、そんなに急かさないでよ」


時は来た。
後は村のみんなと認識を揃えれば外征可能となる。
待っていてくれ、お豆さん。
近日中には必ずや助け出してみせる。

ノンビリ歩く時間が勿体ない。
レジーヌとシンシアを小脇に抱え、村まで大ジャンプで帰還した。
尾を引くような悲鳴が青空でハモる。
それが何となく面白くて、オレはつい笑ってしまった。

そして、後で割と強めに怒られた。
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