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第二部
2ー46 父の報せ
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まおダラ the 2nd
第46話 父の報せ
ーーバタン!
酒場のドアが勢い良く開いた。
そこから飛び出した男がひとり、夜の繁華街を駆けていく。
足をもつれさせ、積み上がった木箱を押し倒しながら走り去ろうとする。
それを逃がす私たちではない。
「テレジア、捕まえるよ!」
「もちろんッス、ってあの野郎。路地に入りましたよ!」
逃亡者は狭い入り口に転がるようにして入っていった。
相手に隠れる時間を与えると面倒だ。
私は両足にあらんかぎりの力を込め、屋根の上に跳躍した。
屋根伝いに走って先回り。
雑然と散らかった地面よりも、遥かに早く進むことができた。
そして男の前を塞ぐように、私は地面に降り立った。
「もう逃げられないわよ! 大人しくしなさい!」
「クソッ、ガキがぁーッ!」
腰だめにしたナイフが私に向けられた。
その攻撃が届く前に私は2度剣を振るった。
ーーバキリッ!
相手の手首と鎖骨。
鞘を抜かずに放ったそれは命を取らないけど、健康な日常は奪う。
牢屋の中で療養しながら懺悔しなさい。
男が気を失って倒れたころ、テレジアも大通りから到着した。
「おー、さすがはお嬢様。お見事なもんです」
「これで褒められてもなぁ……」
食い逃げ犯。
この男は常習の食い逃げ犯だそうだ。
巨悪を追うと決め、通信の魔道具で情報まで貰って、追い詰めたのが無銭飲食者とは……。
いつの間にか溜め息をつく癖がついてしまった。
ーー翌日。
グランニアのとある宿屋にて、私のやり場のない愚痴が溢れる。
いつも応じてくれるのはテレジアだ。
ケビンは一人で遊んでいるし、フランは我関せずとお芋を頬張っている。
「はぁー。もっと組織的な事件はないのかなぁ? ケンカの仲裁、迷い猫の保護、食い逃げや詐欺師の捕獲。どれもこれもなぁ」
「まぁまぁ。確かにひとつひとつ些細かもしれないッスけど、それで助かってる人が居るんスから!」
「そうだけどさぁ。もっと大きな仕事がしたいよ」
魔道具からもたらされる情報は、何故かスケールが小さいものばかり。
猫の保護なんかが典型例と言えた。
一応自分達でも独自に探してはいるけれど、そちらも上手くいってない。
巨悪を追うと決めたのは良いものの、その片鱗すら掴めていなかった。
「それにしても、これだけ探して見つからないってのは奇妙ッスねぇ。まるで大きな力を持った何者かが隠して……」
「あ、ごめん。通信入った!」
魔道具越しに微細な魔力が伝わってきた。
これは通信の合図。
祈るような気分で表示を見ると、そこには……。
『しるびあ げんきか ちちは げんき あるふ』
なにこれ?
怪文書……じゃないよね。
最後の『あるふ』って、もしかしてお父さん?!
『ええと、お父さんなの?』
『そうだ おれも れんらく とれる あるふ』
突然で驚いたけど、お父さんともやり取り出来るようになったみたいだ。
いや、この場合は『なってしまった』と言った方がいいのかな。
そんな言い方になってしまう理由については、これより後に判る。
『しごとは どうだ つかれては いないか あるふ』
『つぎはいつ かえりますか ちちは まっている あるふ』
『にわに ちょうちょが たくさんだ しるびあは すきだった あるふ』
『くらいすが ぱんを やいてきた おいしい ぱんです あるふ』
頻繁だ。
お父さんは暇なのか、毎日すごい量の通信を送ってくる。
他の人の通信を邪魔しちゃってるってば。
受信側の私も大変だ。
何せ、時間も場所も選ばず受け取ってしまうから。
例えば、ケビンに勉強を教えてるとき。
「いち、にぃ、さん、しぃ……しぃ」
「その次はね……」
『きょうは いいてんき とおくまで さんぽする あるふ』
「えーっと、4の次よね、その次は5よ」
例えば悪者を追い詰めているとき。
「もう逃げられないよ、露出好きの変態さん!」
「ぬぬぬ、まさか美少女に追い詰められようとは……これぞ愉悦ッ!」
『りょうりを ためした ぱんが けしずみに なった あるふ』
「消し炭って……」
「ええっ? オレは消し炭にされちまうのか?!」
「あー、違う違う! 別の話!」
こんな状態だ。
無視しようにも、別の送信者による真面目なものも一部含まれているから、一読しなくてはならない。
まぁ、9割方お父さんからだけどさ。
このままだと仕事に支障が出るから、ちょっと言っておく必要があるね。
『お父さん! これは雑談向けじゃないの、お仕事以外使用禁止!』
『いやだ びっくりまーく あるふ』
……うん。
これまで以上に早い返事だったな。
簡単に引くお父さんじゃないってのもわかってたし。
でもなんとかして止めさせないと。
『頻繁に送らないで! 悪者と戦ってる間に気が散ると危ないでしょ?』
今度は返事が遅い。
この言葉は効いたのかもしれない。
『わかった きけんなめに あわせない あるふ』
その言葉以来、本当に通信は激減した。
朝晩の一度ずつ。
それがお父さんの最大限の譲歩らしい。
そのくらいなら問題ないので、私も出来る限り返事を出した。
『おはよう しるびあ あめが ふってるね あるふ』
『おはよう、お父さん。こっちは良い天気だよ』
『おやすみ しるびあ あまりおそく ならないで あるふ』
『おやすみ。細かい作業が終わったら寝るねー』
こんなやり取りで安定した。
毎日欠かさず、何らかの通信が行われる。
ところで、お父さんは知ってるのかな?
この通信は、三か国で共有されてる事に。
蝶々がどうのとか、パンがどうのって内容も全部筒抜けなんだけど。
……まぁいっか。
そして、変わらない日々が続いた。
小さな悪を懲らしめ、ため息が増え、時間だけが過ぎていった。
そんなある日、朗報は意外な所からやってきた。
フランが得意満面の顔で話しかけてきたのだ。
「シルヴィア様、とうとう見つけましたよ。これはもう非の打ち所の無い程の功績でしょうね」
「うん、それじゃわかんない。何が見つかったの?」
「水晶を大量に運び込むウジ虫たち、ですね。地図でいうとこの場所です」
フランは大きな地図に指をさして言った。
私たちはすぐに出立の準備。
ようやく掴んだ尻尾を取り逃がさない為に。
第46話 父の報せ
ーーバタン!
酒場のドアが勢い良く開いた。
そこから飛び出した男がひとり、夜の繁華街を駆けていく。
足をもつれさせ、積み上がった木箱を押し倒しながら走り去ろうとする。
それを逃がす私たちではない。
「テレジア、捕まえるよ!」
「もちろんッス、ってあの野郎。路地に入りましたよ!」
逃亡者は狭い入り口に転がるようにして入っていった。
相手に隠れる時間を与えると面倒だ。
私は両足にあらんかぎりの力を込め、屋根の上に跳躍した。
屋根伝いに走って先回り。
雑然と散らかった地面よりも、遥かに早く進むことができた。
そして男の前を塞ぐように、私は地面に降り立った。
「もう逃げられないわよ! 大人しくしなさい!」
「クソッ、ガキがぁーッ!」
腰だめにしたナイフが私に向けられた。
その攻撃が届く前に私は2度剣を振るった。
ーーバキリッ!
相手の手首と鎖骨。
鞘を抜かずに放ったそれは命を取らないけど、健康な日常は奪う。
牢屋の中で療養しながら懺悔しなさい。
男が気を失って倒れたころ、テレジアも大通りから到着した。
「おー、さすがはお嬢様。お見事なもんです」
「これで褒められてもなぁ……」
食い逃げ犯。
この男は常習の食い逃げ犯だそうだ。
巨悪を追うと決め、通信の魔道具で情報まで貰って、追い詰めたのが無銭飲食者とは……。
いつの間にか溜め息をつく癖がついてしまった。
ーー翌日。
グランニアのとある宿屋にて、私のやり場のない愚痴が溢れる。
いつも応じてくれるのはテレジアだ。
ケビンは一人で遊んでいるし、フランは我関せずとお芋を頬張っている。
「はぁー。もっと組織的な事件はないのかなぁ? ケンカの仲裁、迷い猫の保護、食い逃げや詐欺師の捕獲。どれもこれもなぁ」
「まぁまぁ。確かにひとつひとつ些細かもしれないッスけど、それで助かってる人が居るんスから!」
「そうだけどさぁ。もっと大きな仕事がしたいよ」
魔道具からもたらされる情報は、何故かスケールが小さいものばかり。
猫の保護なんかが典型例と言えた。
一応自分達でも独自に探してはいるけれど、そちらも上手くいってない。
巨悪を追うと決めたのは良いものの、その片鱗すら掴めていなかった。
「それにしても、これだけ探して見つからないってのは奇妙ッスねぇ。まるで大きな力を持った何者かが隠して……」
「あ、ごめん。通信入った!」
魔道具越しに微細な魔力が伝わってきた。
これは通信の合図。
祈るような気分で表示を見ると、そこには……。
『しるびあ げんきか ちちは げんき あるふ』
なにこれ?
怪文書……じゃないよね。
最後の『あるふ』って、もしかしてお父さん?!
『ええと、お父さんなの?』
『そうだ おれも れんらく とれる あるふ』
突然で驚いたけど、お父さんともやり取り出来るようになったみたいだ。
いや、この場合は『なってしまった』と言った方がいいのかな。
そんな言い方になってしまう理由については、これより後に判る。
『しごとは どうだ つかれては いないか あるふ』
『つぎはいつ かえりますか ちちは まっている あるふ』
『にわに ちょうちょが たくさんだ しるびあは すきだった あるふ』
『くらいすが ぱんを やいてきた おいしい ぱんです あるふ』
頻繁だ。
お父さんは暇なのか、毎日すごい量の通信を送ってくる。
他の人の通信を邪魔しちゃってるってば。
受信側の私も大変だ。
何せ、時間も場所も選ばず受け取ってしまうから。
例えば、ケビンに勉強を教えてるとき。
「いち、にぃ、さん、しぃ……しぃ」
「その次はね……」
『きょうは いいてんき とおくまで さんぽする あるふ』
「えーっと、4の次よね、その次は5よ」
例えば悪者を追い詰めているとき。
「もう逃げられないよ、露出好きの変態さん!」
「ぬぬぬ、まさか美少女に追い詰められようとは……これぞ愉悦ッ!」
『りょうりを ためした ぱんが けしずみに なった あるふ』
「消し炭って……」
「ええっ? オレは消し炭にされちまうのか?!」
「あー、違う違う! 別の話!」
こんな状態だ。
無視しようにも、別の送信者による真面目なものも一部含まれているから、一読しなくてはならない。
まぁ、9割方お父さんからだけどさ。
このままだと仕事に支障が出るから、ちょっと言っておく必要があるね。
『お父さん! これは雑談向けじゃないの、お仕事以外使用禁止!』
『いやだ びっくりまーく あるふ』
……うん。
これまで以上に早い返事だったな。
簡単に引くお父さんじゃないってのもわかってたし。
でもなんとかして止めさせないと。
『頻繁に送らないで! 悪者と戦ってる間に気が散ると危ないでしょ?』
今度は返事が遅い。
この言葉は効いたのかもしれない。
『わかった きけんなめに あわせない あるふ』
その言葉以来、本当に通信は激減した。
朝晩の一度ずつ。
それがお父さんの最大限の譲歩らしい。
そのくらいなら問題ないので、私も出来る限り返事を出した。
『おはよう しるびあ あめが ふってるね あるふ』
『おはよう、お父さん。こっちは良い天気だよ』
『おやすみ しるびあ あまりおそく ならないで あるふ』
『おやすみ。細かい作業が終わったら寝るねー』
こんなやり取りで安定した。
毎日欠かさず、何らかの通信が行われる。
ところで、お父さんは知ってるのかな?
この通信は、三か国で共有されてる事に。
蝶々がどうのとか、パンがどうのって内容も全部筒抜けなんだけど。
……まぁいっか。
そして、変わらない日々が続いた。
小さな悪を懲らしめ、ため息が増え、時間だけが過ぎていった。
そんなある日、朗報は意外な所からやってきた。
フランが得意満面の顔で話しかけてきたのだ。
「シルヴィア様、とうとう見つけましたよ。これはもう非の打ち所の無い程の功績でしょうね」
「うん、それじゃわかんない。何が見つかったの?」
「水晶を大量に運び込むウジ虫たち、ですね。地図でいうとこの場所です」
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