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第5章 覇者時代

第106話  あの森へ帰ろう

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私はまた戻ってきてしまった。
一族が住む森の、なんとも味気ない住処へと。
私が里を抜け出した数年の間に変わっているものは何一つとしてなかった。
主だった者の顔ぶれも、里の閉鎖的な方針も、過剰すぎるほどの尊大な選民思想も。
樹齢数千年とも言われる霊木の根本に、かつてのように長老様が座り、それに侍るようにして4人の族長が並ぶ。


あの日から何も変わっていないし、きっと変える気もないのだ。
崇高な理念や魂が汚れると言い、外界との関わりを一切絶っている大狐族。


馬鹿馬鹿しい。
一体何をそこまでして拒むのか。
変化を受け入れることを何故そこまで恐れるのか。
私には全く理解できない。


彼らが切り捨ててきた物事には、素晴らしいものがたくさんあった。
それは私が生まれる前も同じだったはずだ。
私は散々に苦言を呈してきたが、彼らは決まってこう答えるのだ。
「価値無し。全ては大狐の掟に準ずる」と。
ただの思考停止にしか聞こえなかった。


あの森での暮らしは毎日が輝いていた。
何でもない日常も、遠出した時も、戦争で大変だったときも、子供たちの成長も、いつだって多彩な世界を見せてくれた。
3年足らずの短すぎる時間だったけど、ここでの30年、いや300年の時間を過ごしても得られない感動が、あの森にはあった。
価値がないですって? 冗談じゃない。


それでもこの怪物の前には無に等しいのだろう。
大狐族の長老 ーー原初の狐。
この世に存在するあらゆる狐族の頂点。
例え私が100人で掛かったとしても、手の届かない化け物だ。
そして、その化け物からの言葉で、私の夢が終わってしまった事を知る事となる。


「わかっておろうな。そなたの魔力は一族のもの。次の代の為にも子を多く成せ」
「……はい、長老様」


私はこれから、名前も知らない狐男と夫婦になる。
情など一切持たず、子孫を残すためだけの存在となること。
それが豊穣の森を見逃してくれる為の条件だ。
もはや拒むことも、逃げることもできない。


だから私は名前を捨てる。
リタと呼ばれた女はこの世にはもう無い。
今あるのは同じ見た目をした脱け殻だけだ。
体はこの忌まわしき地に縛られてはいるが、せめて魂だけでも彼らの側に居られるように。


だから、どれだけ責められようと、詰られようと、大狐の男どもが束になって吹き飛ぼうとも……。


……え?
吹き飛んだ?


「何事か、騒がしい」
「おう、さっきはご挨拶どうも。今度はこっちがお呼ばれしようと思ってな」
「そんな、アルフ……? どうして来ちゃうのよ!」


当然の様に現れたアルフたちだった。
なんて酷い、あんまりだ。
私は何のために犠牲になったのか。
あなたたちの命を救うためだったのに。
こうしてやって来ては全てが無駄になってしまう。


「私が何を思って戻ったかわからなかったの?! あなたがしている事は子供のワガママと一緒じゃない!」
「オレがワガママなガキだって? じゃあお前は賢ぶってるガキだ!」
「賢ぶってるって……そんな事!」
「お前一人が犠牲になれば、みんなが幸せに過ごせるとでも思ったか? 命永らえれてニコニコ暮らせるだろうってか? そんな感情の籠ってない計算をかましてっから賢ぶってるって言ってんだよ!」


確かにそうかもしれない。
そうかもしれないけど、言葉でどうにか出来る相手じゃない。
こうして一言二言話してるだけでも危険だった。


「じゃあどうしろって言うのよ! 屁理屈でどうにかなる相手じゃないの!」
「お前はどうしたいんだよ?」
「……え?」
「お前の心は、気持ちは、魂は、どこにあるかって聞いてんだよ」
「わ、私は……私は……」


私の、心?
気持ち?
魂?


そんなの聞くまでもないじゃない。


「離れたくない、側にいたいよ、アルフ。また皆と一緒に、あの森で、暮らしたい……!」
「上等だ、良くできました。今回はその涙に免じて許してやる」
「でもダメなの! 殺されちゃうわ、逃げて!」


いつの間にか回りには大弧の群れが集まっていた。
これからも数は増えるだろう。
手間取った分だけ状況が悪くなるハズだ。


「リタ、まず物事は出来る出来ないじゃない! やりたいのか、やりたくないのか、まずそこから考えろ!」
「アルフ……」

アルフは真新しいロングソードを振るい、瞬きをする間も無く大狐の兵を吹き飛ばしていく。


「リタ殿、あなたの剣は今どこにある! その刃が折れる前に、膝を屈するのは愚か者がすることだ!」
「エレナ……」

エレナの美しく精錬された動きに加え、宙を自在に舞う事で相手を翻弄している。新たな技能か魔道具かわからないが、淀み無い動きを前に幾人も倒れていく。


「リタ! 勝負をする前から何をそんなにビビってんですか! どんだけ強大な相手だって、私は全力で戦いますからね!」
「アシュリー……」

手甲の石を輝かせ、辺りに稲妻を走らせている。あれは凄まじく純度の高い魔力の籠められた魔道具なんだろう。人族のものではなく、森の賢人が受け継いだ物なのかもしれない。


「お前はオレたちの家族だ。その家族を守んのは親父の仕事だ」


私に差し伸べられたその手を、掴みたい衝動に駆られた。
その手を取れば、またあの暮らしに、多彩な世界に戻れる。
でもそれは、最も恐れる声によって阻まれてしまった。


「小僧が……、見逃してやった恩を仇で返しおって」
「見逃した? 違うな、お前の詰めが甘かっただけの事だ」
「口先だけは達者だな。聖地を汚した罪、貴様らの血肉によって償え!」


とうとう長老を本気にさせてしまった。
ここまでの怒りを静めることは、誰に出来るのだろうか。
私には身をすくませながら、成り行きを見守る事しか出来なかった。
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