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第三部
3ー41 情勢の変化
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クライスから執務室に呼び出された。
何やら用事があるらしいが面倒臭い。
シンディとの大切な時間を削るとは何事かと。
これが下らん話だったら、あの野郎をグッチャグチャにしてやろうと思う。
「ご領主様、今日はお越しいただき、ありがとうございます」
「おうよ。用件はなんだ」
「先日、凍結の湖畔に行かれたそうですな」
「ちがうぞ、そこまで奥には行ってない。泉の辺りまでだ」
「左様ですか。まぁどちらでも構いませんとも」
「おい、その手は何の真似だ?」
クライスがオレに向けて両手を差し出した。
さらにうっとおしい程に、手を握って開くを繰り返す。
「かの地まで行かれたならば、当然トワブドウも手になさったでしょう。あれは大変に良いものです。情報料として一房頂戴いたしま……」
「果物の事かよ。んなもんねぇよ。精霊とやらに会って話を聞いただけだ」
「なん……です……とぉ!?」
クライスの落胆ぶりはすさまじかった。
まず膝を折り、両手をついて、それから地に臥(ふ)した。
それから外皮や骨格がワケわからなくなり、ワケわからない生き物と化した。
水の精霊を隣に並べたら瓜二つだろう。
とろみ感や光沢なんかも遜色がない。
「ったく、世話が焼ける」
未開封の砂糖袋をバリッと開き、液体の上に降り注いだ。
それから撹拌(かくはん)だ。
存分にまじぇまじぇしてやる。
するとどうだろう。
先程より血色の良い執政官が目の前に現れたではないか。
……なんでだよ。
「失礼しました。あまりにもショックでしたので、迂闊にも正体を失いました」
「そうだな。今のは比喩じゃないな」
「では、お話ししておきたいことですが……」
「この流れで真面目になるなよ」
卓上一杯に地図が広げられた。
大陸全体を記した大きいものだ。
ツヤツヤの爪がプリニシアを指した。
「国境の者から報告があがりました。グラン側からプリニシアへ援軍があったようです」
「援軍ねぇ。それが1000や2000でも怖くはねぇが」
「今回は兵士自体の援軍はほとんどおりません。代わりに最新の兵器が送られました。我らもこれまでのように、常勝というわけには参りますまい」
「兵器だって? それはどんなものだ?」
「申し訳ありません。詳細は不明です。物見の者も最先端技術に明るくはありませんので」
「そっか。まぁ仕方ないか」
「具体的な言葉は、鉄の馬車のようだった、とだけでした」
たいしてヒントにならねぇな。
黒鉄兵を超える戦力で、馬車ねぇ。
ちょっとピンと来ねぇが警戒だけはしておくか。
「すると、オレはどうすりゃいい。まさか先手を打ってプリニシアを制圧してこいとは言わねぇよな?」
「まさかまさか。パパッと滅ぼしてきて貰えれば大助かりですが、さすがに無理でしょう」
「だよなぁアッハッハ」
「どうにか潜入し、破壊工作を……」
「ふざけんなこの野郎」
「おや、無理でしょうか? ダダダッと行ってシャーっとやってドゴーンで済みそうですが」
「擬音で立案すんなよ。さてはお前の中でも筋道たってねぇな?」
「ご明察。さすがですな」
「そうか。お前はもう生きるのに飽きたのか」
破壊そのものはともかく、潜入と離脱が不可能と思えた。
その兵器とやらがハリボテやハッタリなら構わんが、手こずるほどに潜入部隊の危険度が増す。
アシュリーなら秘術での隠蔽が可能だが、アイツは森から離れられない。
つまり自力で多数の警備網を掻い潜って、破壊して、安全に退避する。
……絶対無理だろ。
「相談させてくださいますか。何がネックなのでしょうか」
「相談もクソもねぇ。確実に見つかって殲滅されるだろ。お前たちの魔王さんが死んじゃうぞ?」
「ですから、そこはバリバリのグシャーで」
「さっきと音が変わってんじゃねえか」
「ふむ。では、身軽なもの……スペシャリストをお付けすれば可能ですかな?」
「そうだけどよ。潜入に特化したやつなんか居ねぇ……」
そのとき、廊下が騒がしくなった。
バタバタと駆け足がいくつか。
衛兵の制止する声もセットだ。
それは治まることなく、執務室のドアが開かれた。
そこには二十歳くらいの、服をはだけさせた青年。
二人の衛兵が掴みかかっているが、石像のようにビクともしない。
「はじめまして、オレはアラン。魔王のダンナ、オレを雇ってくれよ!」
「なんだよお前。取り込み中だぞ」
「ダンナがレジスタリアに居るときしか売り込めねぇからな、こうして邪魔させてもらったよ。んで頼むよ、雇ってくれ、な?」
「そうかそうか、さっさと帰れ」
「つれねぇなぁ。こう見えても役に立つんだぜ? アーサーたちも雇ってんだからさ、オレも頼むって」
「なんだお前。アーサーやミアの知り合いか?」
アーサーとミアの会話でたびたびその名を聞いた気がする。
たしか浮浪児時代の兄貴分だったとか。
「ようやく食いついてくれたな? ついこの間までアイツらを食わせてやってたぜ。荒事に首突っ込んだり、屋敷に潜入してトラブル解決したりな!」
「ほほう、潜入とな? アランとやら、詳しくお伺いしたいのだが」
クライスの目が夜の猫のように光る。
この野郎……最悪のタイミングで現れやがって。
もしミッションが成立したときは、死地という死地を引きずり回してやるから覚悟しておけ。
何やら用事があるらしいが面倒臭い。
シンディとの大切な時間を削るとは何事かと。
これが下らん話だったら、あの野郎をグッチャグチャにしてやろうと思う。
「ご領主様、今日はお越しいただき、ありがとうございます」
「おうよ。用件はなんだ」
「先日、凍結の湖畔に行かれたそうですな」
「ちがうぞ、そこまで奥には行ってない。泉の辺りまでだ」
「左様ですか。まぁどちらでも構いませんとも」
「おい、その手は何の真似だ?」
クライスがオレに向けて両手を差し出した。
さらにうっとおしい程に、手を握って開くを繰り返す。
「かの地まで行かれたならば、当然トワブドウも手になさったでしょう。あれは大変に良いものです。情報料として一房頂戴いたしま……」
「果物の事かよ。んなもんねぇよ。精霊とやらに会って話を聞いただけだ」
「なん……です……とぉ!?」
クライスの落胆ぶりはすさまじかった。
まず膝を折り、両手をついて、それから地に臥(ふ)した。
それから外皮や骨格がワケわからなくなり、ワケわからない生き物と化した。
水の精霊を隣に並べたら瓜二つだろう。
とろみ感や光沢なんかも遜色がない。
「ったく、世話が焼ける」
未開封の砂糖袋をバリッと開き、液体の上に降り注いだ。
それから撹拌(かくはん)だ。
存分にまじぇまじぇしてやる。
するとどうだろう。
先程より血色の良い執政官が目の前に現れたではないか。
……なんでだよ。
「失礼しました。あまりにもショックでしたので、迂闊にも正体を失いました」
「そうだな。今のは比喩じゃないな」
「では、お話ししておきたいことですが……」
「この流れで真面目になるなよ」
卓上一杯に地図が広げられた。
大陸全体を記した大きいものだ。
ツヤツヤの爪がプリニシアを指した。
「国境の者から報告があがりました。グラン側からプリニシアへ援軍があったようです」
「援軍ねぇ。それが1000や2000でも怖くはねぇが」
「今回は兵士自体の援軍はほとんどおりません。代わりに最新の兵器が送られました。我らもこれまでのように、常勝というわけには参りますまい」
「兵器だって? それはどんなものだ?」
「申し訳ありません。詳細は不明です。物見の者も最先端技術に明るくはありませんので」
「そっか。まぁ仕方ないか」
「具体的な言葉は、鉄の馬車のようだった、とだけでした」
たいしてヒントにならねぇな。
黒鉄兵を超える戦力で、馬車ねぇ。
ちょっとピンと来ねぇが警戒だけはしておくか。
「すると、オレはどうすりゃいい。まさか先手を打ってプリニシアを制圧してこいとは言わねぇよな?」
「まさかまさか。パパッと滅ぼしてきて貰えれば大助かりですが、さすがに無理でしょう」
「だよなぁアッハッハ」
「どうにか潜入し、破壊工作を……」
「ふざけんなこの野郎」
「おや、無理でしょうか? ダダダッと行ってシャーっとやってドゴーンで済みそうですが」
「擬音で立案すんなよ。さてはお前の中でも筋道たってねぇな?」
「ご明察。さすがですな」
「そうか。お前はもう生きるのに飽きたのか」
破壊そのものはともかく、潜入と離脱が不可能と思えた。
その兵器とやらがハリボテやハッタリなら構わんが、手こずるほどに潜入部隊の危険度が増す。
アシュリーなら秘術での隠蔽が可能だが、アイツは森から離れられない。
つまり自力で多数の警備網を掻い潜って、破壊して、安全に退避する。
……絶対無理だろ。
「相談させてくださいますか。何がネックなのでしょうか」
「相談もクソもねぇ。確実に見つかって殲滅されるだろ。お前たちの魔王さんが死んじゃうぞ?」
「ですから、そこはバリバリのグシャーで」
「さっきと音が変わってんじゃねえか」
「ふむ。では、身軽なもの……スペシャリストをお付けすれば可能ですかな?」
「そうだけどよ。潜入に特化したやつなんか居ねぇ……」
そのとき、廊下が騒がしくなった。
バタバタと駆け足がいくつか。
衛兵の制止する声もセットだ。
それは治まることなく、執務室のドアが開かれた。
そこには二十歳くらいの、服をはだけさせた青年。
二人の衛兵が掴みかかっているが、石像のようにビクともしない。
「はじめまして、オレはアラン。魔王のダンナ、オレを雇ってくれよ!」
「なんだよお前。取り込み中だぞ」
「ダンナがレジスタリアに居るときしか売り込めねぇからな、こうして邪魔させてもらったよ。んで頼むよ、雇ってくれ、な?」
「そうかそうか、さっさと帰れ」
「つれねぇなぁ。こう見えても役に立つんだぜ? アーサーたちも雇ってんだからさ、オレも頼むって」
「なんだお前。アーサーやミアの知り合いか?」
アーサーとミアの会話でたびたびその名を聞いた気がする。
たしか浮浪児時代の兄貴分だったとか。
「ようやく食いついてくれたな? ついこの間までアイツらを食わせてやってたぜ。荒事に首突っ込んだり、屋敷に潜入してトラブル解決したりな!」
「ほほう、潜入とな? アランとやら、詳しくお伺いしたいのだが」
クライスの目が夜の猫のように光る。
この野郎……最悪のタイミングで現れやがって。
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