上 下
46 / 51

第39話  ともかく上へ

しおりを挟む
中は円形の部屋となっていた。
とても大きな部屋がひとつだけあり、壁に沿うようにして螺旋状の階段が続いている。
他に進めそうな道が無いので、上へ昇ることにした。
今のところ、目立って危険な出来事は起きていない。
そのせいか、みんなは胸の内を口にし始めた。


「それにしても驚いた。リーダーが一撃で倒しちまうんだからな」
「そうだな。レインがそこまで強くなっていたとは想定外だ」
「僕は違うと思うな。グスタフさんやエルザさんで傷ひとつ付けられなかったのに、僕がアッサリ倒しちゃうなんて。なにか理由があるんだよ」
「理由とはなんでしょうか?」
「……なんだろうね」


不可解としか言いようがない出来事だ。
なぜグスタフたちの攻撃が効かなかったのか。
どうして僕は難なく倒せたのか。
僕には全く見当がつかない。


「ともかく、今は敵地真っ只中だ。ひとまずアタッカーをリーダーに任せてしまおう」
「それが良いだろうな。私とグスタフは防御に回る。私たちが攻撃を防ぎつつ隙を作るから、レインはそれらを討ち果たしてくれ」
「わかった、やってみるよ!」


確かに今はそうするしかないようだ。
隊列はそのままに役割だけ変えて、先へと進んだ。
もちろん、これからは敵に見つからないようにスニークをかけながら。


「相当昇ったと思うが、この階段はどこまで続くんだろうな?」
「そうだね。延々と歩かされているような気がするよ」


見た目の変わらない光景がいつまでも続いていた。
仕切りとなる次のフロアどころか、壁も階段も変化が見られないのだ。


「見て、次の階じゃない?」


見上げると、ぼんやりと床のようなものが見えた。
階段はそこまで続いている。
どうやらやっと次の場所へとたどり着いたようだ。
そこに敵や守護者が居ないとも限らない。
慎重に歩を進めた。


「ここで待っていろ、私が様子を見てくる」


エルザがそう言って、階段の先に消えた。
つい槍を握る手に力が込もる。

そして、しばらくして彼女が戻って来た。
その表情に緊張感は感じられない。


「大丈夫だ、敵は居ないぞ。動けるものはな」
「動けるもの?」
「見ればわかる」


僕たちは彼女の後を付いていった。
そして新たなフロアに足を踏み入れた。


「なんだ、こいつら。みんなガーゴイルか?」


あたりはガラスの筒が並んでいた。
中に入っているのは全て黒いガーゴイルだ。
それらが数少ないランプの明かりに照らされ、影を揺らめかせる。


「こいつらからは闘気が一切感じられない。抜け殻のようなものだろう」
「これは入り口の魔物と同じタイプだよね。なんでここに集められてるんだろう?」
「たぶん、ここで産まれてるんじゃないのか? そもそも見たことのない魔物だ」
「どうしよう。壊した方がいいのかな?」
「やめておけ、下手に刺激すると危険だ。ひとまず先を進もう」


エルザが指をさした先には階段があった。
やはり上があるようだ。
僕たちはこれまでと同じようにヒッソリと進んだ。


「流石に同じ光景ばかり見せられると、頭が変になってくるわね」
「贅沢言うな。襲われるよりはマシだ」
「そうなんだけどねー」


ここでも状況は変わらない。
同じ柄の壁を見ながら、ひたすら段を昇っていく。
そして敵も現れなかった。
みんなの口数がめっきり少なくなった頃、また床が見えた。


「見て。次のフロアよ」
「今度も安全だといいね」
「その保証はないな。なるべく静かに行こう」


僕たちはゆっくりと進み、部屋の手前まで上がってきた。
階段と床の境目から中の様子を窺うと、グスタフが舌打ちをした。


「ここには居るな。ミノタウロスとマジシャンゴーストか」
「戦うしかないよね?」
「こいつらも黒い。リーダー以外では傷を負わせられないだろう」
「じゃあ、僕が攻撃だね」
「オレはミノタウロス、エルザはマジシャンの方をやってくれ。ミリィとオリヴィエには援護を頼みたい」
「わかりました」
「じゃあ、気づかれない内に先手を取ろう!」


僕たちは一斉に駆け出した。
手前にミノタウロス、奥にマジシャンゴーストがいる。
まずはミノタウロスに攻撃を仕掛けよう。


「食らえ! 牛野郎!」


グスタフの剣撃が首に浴びせられる。
それをものともせず、ミノタウロスは大斧を振り下ろした。
それをグスタフは横に飛ぶことでかわした。


「今だぞ!」
「うわぁぁあーッ!」


がら空きになった脇腹を槍で突いた。
やはり手応えはなく、あっさりとその体を貫いた。


「グォォ……」


野太い喘ぎ声を残して、ミノタウロスは倒れた。
そして、体が黒い霧に包まれ、その巨体はどこかへと消えてしまった。


「やった、倒した!」
「浮かれるな。もう一匹いるぞ!」


そうだ、まだマジシャンゴーストがいる。
奥の方へ顔を向けると、エルザが戦闘中だった。
円を描くように走り回り、相手を引き付けている。
時々繰り出される炎をかいくぐりながら。


「レイン、やってしまえ!」
「てやぁーッ!」


マジシャンゴーストがこちらに背を向けた。
その隙を見逃さず、一閃をお見舞いする。


「グェエーッ!」


それだけで絶命してしまった。
マジシャンゴーストは黒い煙となり、それは吸い込まれるようにして消えた。


「すごい……あっという間に倒しちゃった」
「リーダーは強くなりすぎだ! オレの剣聖が大泣きしてるぞ」
「……そう」
「レインさん、どうかしましたか?」
「いや! 何でもないよ! ちょっと考え事してただけ」
「そうですか。怪我をしてたら言ってくださいね」


ここの敵は異質だ。
あれだけの重量感のある相手でも、倒した手応えはほとんどない。
まるで素振りをしてるかのようだ。

そして一番不可解なのは声。
倒した瞬間に、微かに何者かの声が聞こえる。


ーー殺しちゃえ。
ーーみんな、殺しちゃえよ。


最初は気のせいかとも思ったけど、マジシャンゴーストを倒したときには確かに聞いた。
殺せ、と。
耳にまとわりつくような言葉が。


「レインくん、本当に平気? 休んでいく?」
「ごめん、大丈夫だから。早く最上階まで行こうよ!」
「……そうだな。あまり猶予はないかもしれないしな」


そうしてまた、階段を昇り始めた。
いつまで続くのかと思うとウンザリする。


ーー背中ががら空きだ。やっちゃえよ。
ーーちょっと押すだけで下まで落とせるぞ。それで一匹減らせるな。


声は徐々に大きくなる。
一度自覚してしまってからは延々聞こえるようになってしまった。
それは少しずつ心を蝕むように、僕の中で不快に響く。
というのも、僕以外聞こえていないみたいだ。
誰も反応を示していないのだから。


ーー前の女はやっかいだな。そいつから殺そう。
ーー槍で横に払うのが良い。それで斬るか突き落とすかが出来る。


「……うう」
「レインさん、顔色が悪いですよ。少し休みましょう」
「……触るな」
「え?」


ーーシスターか。こいつは簡単だな。
ーー槍でひと突き、いや華奢だから素手でも殺せる……。


「うわぁぁああーーッ!」
「レインさん?!」
「どうしたリーダー! 戻れッ!」
「独りじゃ危険よ、追いかけましょう!」


僕は階段を全力で駆けた。
あの謎の声のせいで、頭がどうにかなってしまいそうだ。
何かを仕出かしてしまう前に、彼らとは離れるべきだった。
息が切れるまで走り続けると、いつのまにか次のフロアへと着いていた。


「……扉?」


そこはこれまでとは違い、1枚の大きな扉で第三層を仕切っている。
もしかすると、ここにボスが居るのかもしれない。


「リーダー!」
「レインさん!」


足元から声が近づいてくる。
このままだと追い付かれてしまうだろう。


「あの声も、ここのボスを倒せば治まるはず」


僕はみんなを待たずに扉を手をかけた。
それは重々しい音をたてながら、ゆっくりと左右に開く。
中は下層と大きな違いはなく、円形の部屋だった。
灯りも薄暗く、細部まで見渡すことができない。
暗さに目を慣らしつつ、部屋の中に踏み込んだ。


「思ったより早かったね。おかげで手間が省けたよ」


暗がりから声をかけられた。
反射的に槍を構える。


「誰だ!」
「誰、と聞くのか? 面白いなぁ」


コツリ、コツリ。
靴の音が近づいてくる。
そして、少しずつその姿が灯りに照らされていった。
その人物とは……。


僕だった。


「……え?」
「君は鏡に向かって『お前は誰だ』とか聞いちゃうの?」


僕と瓜二つな男が、小さく笑った。
その笑い声までもそっくりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

処理中です...