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【第2部】転生を断ったら、女神と旅をする事になった 

第30話  叡智の王

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マリィが魔方陣無力化し、その間にオレたちはローブの連中を拘束した。
念のため罠なり伏兵なりを警戒したんだが、何一つトラブルはなく片付いた。
ここでの用件が全て解決してしまったので、拍子抜けだが地上に戻ることとなった。

ようやくこの迷宮ともオサラバできると思えば、自然と足も軽くなる。
陽の当たらない地下空間は当然のようにジメッとしている。
辺りが薄暗いこともあって、現場の空気は重くなりがちなのだが。


「よいしょぉーッ」
「キャハハッ」
「んんー、よいしょぉーッ」
「キャハハハッ!」


男の子が楽しそうによく笑うこと。
今はオレが肩車をしているんだが、ちょっとした変化を与えるだけでケタケタと喜んでくれる。
この無邪気さにみんなすっかりメロメロになっていた。


「タクミ、早く代わってよー」
「次は妾じゃ。レイラは先程長めに抱っこしたじゃろうが」


特にこの2人。
実の息子かってくらいに熱を上げ始めている。
ちなみにこの子が一番懐いているのはイリアで、次がオレのようだ。
このランキングはちょっと勘弁していただきたい。


帰りの道にも敵は現れず、一度も戦うことなく地上に生還してしまった。
だが王都内はまだ制圧ができていないハズだ。
ここからは危険が伴うことを覚悟しなくちゃいけない。


「付近に敵兵が居るかもしれない、みんな気を付けろよ!」
「坊や、地上じゃぞ。なんぞ美味いモンでも食うかえ?」
「たべるたべるー!」
「どんなものが良いかのう?」
「うーんとねー、クマー!」


ほんと気が抜けるな、これ。
ここが戦場だって事忘れてるだろ?


「タクミさん、これからどうしますか?」
「まずはジュアンに報告する。それからその子を連れてアシュレリタへ帰る」
「ええ?! この子連れてっちゃうの?」


レイラが目を丸くして驚きの声を上げた。
手元はモジモジ、口許はニマニマしていて、その感情は垂れ流しだった。


「当たり前だろ。普通の子供じゃなくて戦闘能力を持った子供なんだ。そこらの人間じゃ育てられない」
「うんうん、そうよねそうよね。強ぉい保護者が要るもんね!」


早口になって肯定するレイラ。
その懸命さはなんなんだよ。


「ボクゥ、よかったわねぇ。これからも一緒よ?」
「いっしょいっしょー!」
「これからは私の事も、ママって呼んでいいのよ?」
「ママはあっちー」
「あぁ、そこはやっぱりイリアさんか。じゃあパパはどこかな?」
「パパはこっちー」


そこでオレが指をさされる。
それ本当にやめてくれない?
メイドとの間に出来た隠し子みたいになってんじゃん!


「隠し子とかシャレにもなってねぇ」
「陛下、私に妙案がございます」


オレの独り言をキャッチしたイリアが言う。
嫌な予感しかしない。
この流れで1度として良い案を出したことがないからだ。


「一応耳に入れてやる。言ってみろ」
「私を正妻にしてはいかがでしょうか。そうすればこの子も後ろ指をさされることなく、王位継承者に……」
「あり得ねぇふざけんな」
「残念にございます」


それだけは絶対にない。
そんな事をするくらいなら、もう一度異世界転生をする覚悟だ。
また真新しい世界でリスタートしてやるぞこの野郎。


ジュアンのもとへ戻るために大通りを進んだ。
市街戦も考えていたのだが、ここも静かなものだった。
大砲の音もいつの間にか止んでいる。
住民を見かけない点を除けば平時の街そのものだ。
そしてその光景は外壁にたどり着くまで、全く代わり映えしなかった。


「魔人王殿! 随分と早い帰還であったな」


出迎えたのはジュアンだった。
そこでも戦闘は行われておらず、すでに戦後処理が始まっていた。


「急に集魔兵どもが土くれのようになってのう。おかげで苦もなく制圧できたわ」
「こっちは粗方片付いたぞ。呪法は今後気にしなくて大丈夫だ」
「呪法が弱まったと先程報告があって、もしやと思っていたが……噂以上の武略であるな」
「運が良かっただけだ。それで、戦況はどうなんだ?」
「外壁部分は見ての通りだ。今は市内各所と王宮を探らせておる」


地上側も滞りなく進んでいるらしい。
なんとも呆気ないというか、肩透かしというか。
嫌な予感が収まらずに、頭のなかでチラついている。
本当にこれで終わりなのか、と。


ーー急報! ジュアン様へ急報ゥーッ!


その予感を裏付けるように、壁の外側から馬が駆けてきた。
あの慌てようはただ事じゃない。


「ワシはここだ。何事か?」
「見張りより火急の報せです! ロックレア領主が御裏切り!」
「なんだと?!」
「およそ300の兵を引き連れ、アシュレリタへと向かっております!」


聞き間違いであって欲しい。
だが、その後のやり取りを聞いていても、標的がアシュレリタであることに代わりはなかった。
オレの怒りはジュアンへと向けられる。


「ジュアン、これはどういうことだ!」
「知らぬ、ワシもなぜこんな事になっているのかわからぬ!」
「まさかお前、初めから狙ってたんじゃないだろうな?」
「そのような意図は一切無い! そもそもロックレアには手勢など残されてはいなかったハズだ!」


ここで話していてもラチが明かない。
なるべく早く本拠へ戦力を戻す必要がある。
オレはリョーガに手早く指示を出した。


「オレは一足先にアシュレリタへと戻る。お前は残りのメンバーを引き連れて戻ってこい!」
「それは構いませんが、お1人で行かれるので?」
「そうだ。この中で一番早く駆けれるのはオレだ。今は一刻の猶予もならないんだ!」
「わかりました、後の事は任せてください。お気をつけて」


本気になれば馬なんかよりよほど早く駆けることが出来る。
少なくとも女子供連れの移動よりは圧倒的な早さで。

オレが出立をしようとしたところ、ジュアンが遠慮げに話しかけてきた。


「こんな形になってしまって残念だ。だが私はそなたを友とし、魔人たちを良き隣人としたい。それだけは偽りのない気持ちだ」


真っ直ぐな瞳がオレを見つめた。
老年に差し掛かるであろう年齢にも関わらず、眼力はかなりのものだ。
やはりジュアンは信念の人なのだろう。
オレはその眼を直視せず、街の外を見やりながら答えた。


「お前の気持ちはわかった。それに応えるかは結果次第だ」
「仕方あるまい。ご武運を!」


その声に返事をせず、オレは一目散に駆けていった。
アシュレリタにも守備の備えは残してある。
だから即全滅ということはないだろうが、大きな被害は出てしまうだろう。

特に防衛戦では、力の無い女子供は標的にされがちだ。
無用な悲劇を生み出さない為にも、オレだけでも戻らなくてはならない。


ーーみんな死ぬんじゃないぞ。危なくなったら迷わず逃げろ。街は壊されても直るが、命は死んだら戻らないんだ!


何度も心の中で繰り返される言葉。
その想いが届くことは無いと知りつつも、焦る心は同じ台詞を叫び続けた。
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