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第八章 ~強欲~

8-6.三人対三本

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 「いざ仕掛けてみると、本当に来るか不安だ」

 物陰に隠れながら、様子を見守るゴーダン。その視線の先には、地面に置かれた紙幣や宝石。

 サフィアが考えた策は至極単純で、道に高価な物を置いて、それをモカが拾うのを待つという作戦だった。

 人を誘き出す。そんな表現など上等過ぎる。棒と餌と桶を使った、鳥捕獲用の罠の方が上だ。

 「あの人なら、きっと放っておかないと思う」

 そう思った根拠は二つ。金を数えていた時、一枚の硬貨すらも見逃さずしっかり追いかけたこと。

 もう一つは、うっかり自分が強欲のメオルブだということを漏らしたこと。

 簡単に言えば、がめつくて間抜けだと思ったため、これでいけると判断したのだ。

 ゴーダンもモカならあり得ると思い、それに乗ることにした。誘き出せるならそれに越したことはない。だが、来たら来たで微妙な気分になる……そんな作戦だった。

 「おほほっ、これはこれは。報告どおりだねぇ」

 数分後、ゴーダンは微妙な気分になった。変装もせず舞台衣装のまま出歩くのは、ある意味自信の現れなのだろう。

 「おほほじゃないよ」

 一応モカをここへ誘い込むため、スアーの手も借りた。スアーから親衛隊に情報を教え、更に親衛隊からモカへ報告。宝石の場所を聞いたモカは、まんまとここに現れた。

 「また会ったね、モカ」

 気持ちを切り替えたゴーダンは、モカの前に立った。

 「……これは君達が? そんなにモカと仲良くなりたいか?」

 「今度は逃さない」

 背後に立ったサフィアが、エリスアークを放つ。誰も焼かない火柱が、天高く伸びる。

 「モカちゃん、あんまり傷つけたくないんだよねぇ……」

 宝石をしまいながら、モカは二人に目をやる。逃げられないと知ったのか、顔つきが変わっていた。

 様子見を兼ねて斬りかかるゴーダン。しかし、振り下ろされた剣は尻尾に止められた。飾りだと思っていた茶色の尻尾は、真っ白に変わっていた。

 剣を受け止める尾を見て、仮面の力だと気付くゴーダン。

 「どこに隠しているのやら」モカの体に目をやるゴーダン。

 エモ・コーブルは顔に着けていなければ、能力を使えないはず。モカは高価な装飾品こそ身に着けているが、仮面らしき物は見当たらない。

 「君達はモカッチャにはしないよ。モカ、お姉ちゃんと妹が欲しかったんだぁ。仲良くしてくれないモカ?」

 サフィアを狙って尻尾が伸びるが、すんでのところでかわす。

 「絶対嫌」

 サフィアは怪訝そうな顔を見せたが、モカはより嬉しそうに笑った。

 「照れちゃってぇ。可愛いんだからぁ!!」

 もう一度尻尾を伸ばしたが、今度は茶色の棒によって防がれた。

 「君の席はないよ。もう埋まってる」

 「待たせた」「修!」

 伸ばした棒を戻し、サフィアの前に立つ修。改めてモカを見つめると、吸い込まれそうな感覚を覚えた。

 にやにやしていたモカは、修を見た瞬間、一気に顔を顰めた。

 「……んだよ、男付きかよ」

 見たことない表情を見せて毒づき、更にこう吠えた。

 「いいご身分じゃねぇかぁ!!」

 モカの体が黒い光に包まれる。光の波は三人を襲い、遠くに弾き飛ばした。

 半球状に広がった光が収束していく。そこに立っていたのは、巨大な白い化け物だった。四本の足を持つ下半身は大きく、形の違う三本の尾が生えている。

 白い獣のように見えるのは下半身だけで、上半身は大きさも形も、モカの体そのまま。不均衡な形状は、遠くから見れば下半身だけの化け物にしか見えなかった。

 「君達は少し痛めつけよう。そこの君からは全部をもらうわ」

 広い背中から生えている小さい上半身が、三人を見下ろす。

 「大きい……」「こっちが本当の姿か」

 サフィアとゴーダンがそう口にした直後、更に遠くに居た住民が立ち上がった。

 「モカだ!」特徴的な姿を見つけ、急いで駆け寄ってくる。

 「おぉ……御神体だぁ」「誰かが裁かれているのか!?」

 一人、また一人と駆けつけてくる。異形の姿であっても、住民達の羨望の目は変わらない。気付けば、周りには人だかりができていた。

 モカが前足を振り上げ、地面を叩く。次に修に狙いを定め、尖った尾を伸ばした。

 棒で受け止めるも、吹き飛ばされる修。ゴーダンが足を斬りつけるが、白い毛は固く、刃が通らない。

 二本目の丸まっていた尾が広がる。その中心に合ったのは、緑色の玉。

 「シーゲナ!」玉の前に岩の塊が現れ、サフィアを狙う。

 「ドゥ・エルフィ!」

 すかさず火球を放ち、岩を砕くサフィア。修が棒を伸ばして本体を狙うが、三本目の平べったい尾に止められた。

 「役割の違う三つの尻尾か」微妙に見た目の違う尻尾を見比べる修。

 緑の玉のついた尾は魔法。尖った尾は攻撃。平べったい尾は防御と、それぞれ役割を持っていた。

 「加えて硬く厚い体毛。狙う場所はおのずと限られる」

 ゴーダンが目を向けたのは、モカの上半身。その意図を理解した修は、棒を伸ばし、背中に乗った。

 修とゴーダンは一気に近づき、上半身を狙う。

 「当然、ここを狙うよな」

 振り向くことなく、モカは言う。巨体であることを利用し、死角から登って近付いた。しかし、二人の攻撃は尻尾によって防がれた。

 「音で分かるからねぇ!」

 尻尾を振るい、二人を払い落とす。

 「抜けている割に、やるじゃないか」ゴーダンがつぶやくと、歓声が上がった。

 「流石だモカぁ!」「俺達のモカ!」

 各々が声高高に思いを叫ぶ。モカはそれを聞くと、こう返した。

 「静かにしろやぁ!!」

 吠えるような怒号。モカッチャ達はもちろん、修達さえも黙ってしまった。

 「御神体モカの舞台を見る時は、静かにする。モカちゃんとの約束だぞ!」

 直後に片目で瞬きするモカ。訓練されたモカッチャは、例え怒鳴られようと、その直後に優しく言われようとも、一切動じない。

 「承知したぁ!」誰かが力強く返事したその直後、一本の尾が伸び、その一人を突き飛ばした。

 「うるさいって言ったよね? こういう時はぁ……どうするんだったかなぁ?」

 住民達が静かに胸を叩く。それがモカッチャ特有の、無言の了解の合図。

 「よぉくできました」魔性の笑みを見せるモカ。

 「こいつ……」棒を強く握る修。確かな不快感と怒りを感じるのに、まだ愛おしさが残っている。

 「さて、三つの尾を持つ半人半獣の化け物。お三方はどう戦う?」

 修達の居る場所から少し離れたベンチ。そこに座ったクリマがつぶやく。

 それぞれに特化した尾は手強く、修達は攻め込めずに居た。しかし、モカの方も誰も仕留められずにいた。

 「でかい図体に小さい本体。攻撃をするのも一苦労だ」

 「特に一番早いのは防御の尻尾。残り二本の比じゃない」

 サフィアがエルフィを放つが、尻尾がすぐに本体を守る。

 「結構粘るね。モカ、疲れてきちゃった」

 修「だけ」を倒せない苛つきを隠しつつ、モカは続ける。

 「戦いはやめて、私とモカ友になろうよ。そこの君は、モカッチャにしてあげる」

 どちらの意味も知っているクリマが微妙な顔をする。モカッチャが金を落とす奴隷なら、モカ友は別の奴隷。

 「遠慮しておく」「私も嫌」

 ゴーダン、サフィアに続いて、修も拒否しようとしたが、モカは返事を待たず「じゃあ、もう少し痛めつけようか」と尾を伸ばした。

 狙ったのは、一番目障りな修。

 「はや……」

 飛び退いて対応しようとしたが、直前に早くなり、防御が遅れる。鋭い尾が脇腹を抉り、苦悶の声をあげる修。

 「棒で防いだか。腹の真ん中を貫くつもりだったんだけど……」

 棒に目をやる修と、ダメ押しにと魔法を唱えるモカ。

 「ガーランツ」周りの地面が次々と浮かび上がり、無数の槍を形成する。

 修を狙うは土属性の中級魔法。しかし、膨大な魔力が練り込まれた魔法は範囲は広く、槍の一本一本も大きい。土の槍は修だけに治まらず、モカッチャ達にも被害が及んだ。

 リオン・サーガで魔法を吸収する修に対し、無言で槍を食らうモカッチャ達。苦痛を伴おうとも、モカとの約束は破らない。

 「魔物がいないわけだ」

 多くの魔力が込められ、広範囲となったガーランツを見て、ゴーダンは言う。

 「それ、関係あるの?」

 魔物とは、メオルブが吸い取った余分な魔力と感情が混ざり合って生まれる存在。その溢れた魔力と感情が異形の怪物となり、欠けている部分を補うため、人間に襲いかかる。

 「魔物がいない理由は誰かに倒されている・・・・・・・・・か、そもそも生まれていないか・・・・・・・・・・・・の二つ。こいつは魔力を溜め込める容量が多いから、溢れることなく溜め込んでいるんだろう」

 前者の方法で怠惰の魔物を処理していたゴーダンは、モカの性格も鑑み、後者だと考えた。

 自身の経験と照らし合わせた推測は、ほぼ正解だった。強欲の仮面は、感情と魔力の容量が最も大きい。

 「はっきり言って強いよ。すぐに倒すのは無理だ」ゴーダンの言葉に気分を良くするモカ。

 邪魔者を倒したと思い込んだメオルブは、二人の女性に目を向けた。

 「そこまで分かってるなら、もうやめにしない? モカ友を傷つけるのは、嫌なのよねぇ」

 「尻尾を振るのは苦手なんだ。君と違って一本も生えていないから」

 「あぁ……」モカはゴーダンの皮肉に怒るどころか、より顔をほころばせた。
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