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第八章 ~強欲~

8-2.コーヒー可愛い

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 「この音は!」「モカちゃんだぁ!!」

 住民達が声を上げる。直後に青い顔をしたスヤーが続いた。

 「端によって! 踏み潰されるぞ!」

 直後、地面を揺るがすような大人数の足音が聞こえてくる。ゴーダンはサフィアを抱えて壁に寄り、修も反対側に移動した。

 見えてきたのは、巨大な砂煙と走る人間の大群。鐘の鳴った方を目指し、我先にと駆けていく。口々にモカと叫んでいることから、どこが……誰が目的なのかは明白。

 「夢中みたいだね」

 サフィアを下ろし、ため息を吐くゴーダン。メオルブや賊とは別の恐ろしさを感じていた。

 「モカをあたってみるか」

 どこか嬉しそうに言う修に、サフィアが聞く。

 「修も気に入ったの?」

 「え……いや、そんなはずは」

 曖昧な返事をしたが故に、ゴーダンに「反応が本当っぽいよ」と言われる始末。

 モカを探すことを決め、町を歩く三人。ほどなくして、さっきとは別の円形の舞台を見つけた。人だかりと足跡が良い目印になったのだ。

 「みんなー!! さっきぶりー!! モカにちはー!!」

 男達が紡ぐ「モカにちはー」の大合唱が大地を揺らす。それは巨竜の咆哮、天を衝く巨人の行進のようでもあった。

 舞台の中心に立っていたのは、きらびやかな椅子に座るモカと、膝をつく黒装束の二人。顔は見えない。

 「今日はぁ、新しい魔法の習得に挑戦してみたいと思います! モカッ!」

 片目を瞑って首を傾けるモカ。住民がまたも沸き立つ。

 「ほっほー。これはなかなか」

 修もサフィアも聞いたことのない、鳥の鳴き声のような反応を見せるゴーダン。

 「魔法を覚えるために人を集めたの? そんなのを見るために人が集まったの?」

 思い思いの反応をする二人と、静かに見つめる修。純粋に、どうやって魔法を覚えるのかに興味もあった。

 「今回覚えるのはこれ! 水魔法『ケルカ』!」

 「基礎魔法と来たか……他の属性は習得済みなのかな?」

 魔法は別の属性を習得していく度、習得難易度が上がっていく。一属性の魔法を極めるより、六属性全ての基礎魔法を覚える方が難しいと考える者も居るほどだ。

 黒装束の男が一枚の本を差し出す。書かれているのは、魔法の詳細。

 「まずはどんな魔法かを知って……頭に浮かべる。そして、精神を集中させる……」

 真面目な雰囲気に押し黙る一同。

 「ためにコーヒーを飲むモカ!」

 その言葉に、サフィアとゴーダン以外が笑い出した。笑っていた修は、二人の視線を感じて真顔に戻った。

 「と、ところで、魔法はどうやって覚えるんだったっけ?」

 サフィアと目が合った気まずさを消すように、修が言う。

 「最初はモカの言った通り。後は唱えるだけ。大事なのは、自分の魔力をしっかりと感じて、撃てるって信じること。属性に合った色を頭に浮かべることも大事」

 「炎なら赤、風なら緑、みたいにね」

 そう言った後、ゴーダンはエルフィと囁いた。彼女の人差し指の上に、小さい炎が灯る。

 「ケルカは水魔法。色は青か水色が良さげモカねぇ」

 目を閉じ、手を向けるモカ。

 「複数の属性を習得するのが難しいのは、頭に浮かべた色を変えるのが、難しいから。一度魔力を赤って思った後に、別の色に変えるのはとても難しいの。色が増えれば増えるほど、固定するのは大変になるし、人によっては複数の属性を覚えたせいで、魔法が使えなくなることだってある」

 一度魔力を赤と強く思い込むことで、炎魔法は習得できる。だが、深く根付いた思い込みを一旦捨て、自分の魔力は青や緑だと強く思い込まなければ、別の属性へは進めない。

 頭の中で完結しているが故、簡単だと笑う者も居る。しかし、無茶な鍛錬が体を壊すように、魔法は精神を壊す。

 最初の段階。いわば無色透明とも言われる魔力を望む色に変えるのは、誰でもできる。それに比べて、赤から青に変えられる者は一気に減っていく。

 「モカは習得できるのか?」

 「一個目の基礎魔法ならすぐにできるはず。座興にもならないよ」

 修の質問に答えながら、モカを見るサフィア。


 「色を変えるモカ……コーヒーの黒から……朝に飲むコーヒーの青へ」

 「どんなコーヒー?」と胸の中で思うサフィアとゴーダン。

 真剣な目つきで、手を震わせるモカ。応援する者は、いつの間にか拳を強く握り、モカの成功を心の中で願っていた。

 「――ケルカ!」

 少しだけ間を置いた後、モカの手から、少量の水が飛び出す。

 「成功だ」ゴーダンの言葉の直後、またも大歓声があがる。男達はまるで自分のことのように喜び、本人以上にモカを祝福していた。

 飛び交う宝石や硬貨。モカは笑顔を向け、手を振る。

 「みんなのおかげで、新しい魔法を覚えられたモカ! ありがモカモカ~!」

 モカの声をかき消すかのように、更に熱を帯びる住民達。狂ったように金目の物を投げつけている様は、普通ではなかった。

 「また会おうモカ~!」

 文字通り熱狂している住民には目もくれず、去っていくモカの背中を見送る修。おひねりは黒装束が回収していた。

 「……おめでとう。モカ」

 握っていた拳を解く修。モカがいなくなった舞台をしばらく眺めていると、背中にゴーダンの手が触れた。

 「気に入っちゃった?」「そんなことは……」

 曖昧な返事をする修は、少しだけ目が座っていた。

 「まず言っておくよ。メオルブはモカで間違いない」

 今回催しを見たのは、再確認するため。メオルブの姿を、しっかりと記憶しておきたかったのだ。

 「やはりモカちゃんがメオルブか……」

 その言葉を聞き、サフィアが「え?」と聞き返す。

 「何かおかしかったか?」自覚のない修に少し困惑しながら、サフィアが言う。

 「これまでの呪いは常に様子がおかしかったけど、今回は舞台の時と、モカの話しをする時だけおかしくなる」

 「君が舞台の余韻に浸ってる間、何人かの住民に話しかけたんだけど、ほとんど無視された。食いついてきたのは、モカのことを聞いたときだけ」

 「早口過ぎてほとんど聞き取れなかったけど」と付け足したが、その部分は修の耳に入らなかった。

 「俺が余韻に浸っていた……? いつの話だ?」

 ゴーダンが修に話しかけたのは、催しが終わって五、六分ほど経ってからだった。

 重症だと思いながら、更に探るため、サフィアが質問する。

 「モカについてどう思う?」

 「まだ良くわからないから何とも言えないが……」

 無難かつ短い感想で終わるかと思っていたが、その予想は大きく裏切られた。

 「魔法に対して真摯でひたむきな姿は、心を動かされた。なかなか覚えられず苦しんでいた時は同じくらいに胸が痛かったし、ケルカを使えた時は心が熱くなった。しかも魔法の習得で疲れて大変だったはずなのに、こっちに笑顔で堪えてくれた。あんな真似ができるからモカちゃんは本物のアイドル。みんなの天使なんだろう。みんなが応援したくなる気持ちがよく分かった。今回は魔法習得だったが、いずれはモカちゃんのライブも最初から聞いてみたい。できればアリーナ席とかなら最高だ。あの子のおかげで配信を見て投げ銭する気持ちが分かったし、生で本物を見るということがいかに大切で尊いかももう一度分かった。モカちゃんコーヒー可愛い」

 あまりの早口に、ゴーダンとサフィアの時間が少しだけ止まる。目は笑っていないのに、言葉や声には深い熱意がこもっている。

 修は自分の世界の言葉を何個か吐き出したが、二人には早口すぎて聞き取れなかった。

 「そうそうこんな感じ……じゃなくて、もう影響が出始めている?」

 前兆こそあったものの、ゴーダンは内心驚いていた。

 「しっかりしてー! コーヒー可愛いってなにー!?」

 修の肩を揺するサフィア。修は一瞬だけ目を見開くと、頭の霧を払うように首を振った。

 「俺は何を?」

 「君は町の外で待機だ。この速度じゃ、戦う前に呪われる」
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