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第六章 ~怠惰~

6-1.昼寝日和?

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 レフトア山を降りた二人は、近くの町を目指して歩いていた。

 目的はメオルブの情報集めと、切れかけている食料の補充。

 「体、本当になんともないの?」「大丈夫だ」

 ゆっくり休んだかいもあってか、修はいつもの調子に戻っていた。

 返事を聞いたサフィアが正面に目をやる。すると、遠巻きに一つの町が見えた。特徴的だったのは入り口の左右に配置された、大きめの甲冑。頭から足まで鎧に覆われていて、剣と盾を持って立っている。二つの鎧は赤と青という色の違いがあるだけで、見た目は同じ。

 守り神か何かだろうと思いながら、近づいていく修。同時に、もう一つのことに気付いた。

 「静かだ」

 人の出入りはなく、門から見える通りを見ても、誰も歩いていない。

 すぐにメオルブの仕業だと思ったが、そうなると今度は別の疑問が浮かぶ。

 魔物の影も形もなかったのだ。

 もし、この町にメオルブが居るのなら、周囲は魔物で溢れかえっているはず。

 内側はともかく、外側すらも静かだったのだ。それどころか、道中で襲われた記憶もない。

 「……みんな寝てるとか?」

 鎧を指でなぞったサフィアが、町に目をやる。今が昼時なのは二人とも分かっていた。それに、魔物が居ない理由にもなっていない。

 何かがおかしいと思った修達は『クー・マーチア』と書かれた門をくぐった。

 異様な光景は、すぐに目に入ってきた。人は居たが、歩いている者は居なかった。

 何人かは、悲哀の時のように、椅子に座ってぐったりしている。問題なのはそれ以外。通りや地面には、何人もの住民が寝転がっていた・・・・・・・。何も敷かず、土だろうが石だろうが場所を選ばず、無造作に。

 「どうしたんですか!?」

 一番手前に居た男性の前に近づき、体を起こす。しかし男性は起きず、寝息を立てていた。

 「本当に寝てる……」

 サフィアが他の住民に目をやる。

 服には土が付き、手には本を持っている。場所と言い持ち物と言い、自分の意思で寝たとは到底思えない。

 「おんやぁ。旅の人かなぁ?」

 気の抜けるような声が聞こえたと思うと、うつ伏せに寝そべっていた別の住民が、顔をこちらに向けた。

 住民は修と目が合った瞬間「今すぐぅ……出ていきなさいぃ」とだけ言うと顔を伏せてしまった。

 修はその住民に近づいてみたが、もう熟睡していた。

 「何かあったんですか?」

 近くでうとうとしていた老人を見つけ、声をかける。

 「わからない……答えるのも面倒だ」

 老人はあくび混じりにそう返すと、すぐに眠ってしまった。

 「だめだ……一言二言話しただけで眠ってしまう」

 「無駄だ」

 聞き覚えのある声がする。目を向けると、ベンチに座っていた誰かがゆっくりと立ち上がった。

 修は一瞬だけ安心したが、すぐに驚愕の表情へと変わった。

 声の主はロイクだった。しかし、その姿にいつもの威圧感や覇気はない。鋭い目は眠そうに細めていて、背中に差していた大剣ウェンガルを杖代わりにし、足を引きずるように歩いている。

 「ロイク……か?」忘れられない思い出があるはずなのに、修は自信がなかった。

 「これが……ここの呪いだ。腑抜けに……なる」

 震える手で長剣を抜こうとするが、うまくいかない。

 「お前も……呪いに?」

 恐る恐る聞いたが、ロイクは答えなかった。言わなくても分かる上、無駄な相槌で消耗し、寝てしまうのを避けるためだ。

 「メオルブには会ったのか?」

 「顔は、知らん」

 膝をつき、地面に座り込むロイク。声の調子から動きに至るまで、まるで別人だ。

 「次は……お前らだ。ここに入った時から、目をつけられ……」

 そう言いかけたところで、ロイクの意識は途絶えた。

 「おじさん!」サフィアが倒れた体を揺するが、一向に起きない。眉間の皺もなく、穏やかな寝息を立てているはずなのに、不気味さしか感じない。

 あのロイクが……これまで呪われなかったあいつが呪われている。その事実に修は絶句していた。

 「メオルブを探そう。こうなっちゃう前に」

 僅かな落胆を察したサフィアが、修を引っ張る。

 「よく見て。全員が寝ているわけじゃないし、会話も少しならできた」

 しっかりと観察していたサフィアが励ます。

 助言を聞いた修は気持ちを切り替え、聞き込みを始めた。

 「いつから眠いんですか?」

 「もう四日くらいかなぁ……」

 答えは基本的に短い。しかし、質問を変え、内容をつなぎ合わせていけば……

 「化け物を見たことはある?」 「ない……」

 「怪しい仮面を見ましたか?」 「仮面はぁ……見てない」

 「入り口の像はなに?」 「なぁにそれぇ……」

 「他に誰か町に入ってきたりは?」 「寝てたからぁ……知らないのぉ」

 長くても二、三言程度しか話せなかったが、それぞれの情報を合わせることで、わずかに見えてきた。

 最初に気だるさを覚えたのは四日前。化け物や仮面を見たことはなく、村に誰かが入ったかどうかは分からず。入り口の像も知らない、見たこと無いとしか言われなかった。

 「まずはこんなところか……」

 決して多くはないが、ほぼ情報が得られなかったこれまでに比べれば、豊作だった。

 サフィアの方は、入り口の像を僅かに気にしていた。置き物、守り神か何か程度にしか思っていなかった修が「気になるのか?」と聞く。

 「あの像、汚れがほとんどなかった。最近置いたみたいに」

 なぞった指を擦るサフィアが、気になっていた理由を述べる。それを聞いて門へ戻ろうとした瞬間、近くの家で物音がした。

 「あれぇ、俺の家ぇ? かあちゃんはぁ……そこにぃ」

 近くの男性が顔を上げ、うつ伏せのまま近づいていく。そしてすぐに眠りついた。家主が外に出ているのに物音がした・・・・・・・・・・・・・・・・。怪しいと思った修が、その家に近づく。

 メオルブ……泥棒……まだ動ける住民。色々思い浮かべながら、持ち手に触れたようとした瞬間だった。

 「うぉっ!?」扉から赤い剣が飛び出した。

 修が反射的に飛び退くと、ドアが蹴り飛ばされ、家から何かが出てきた。

 カチャカチャと金属同士がぶつかる音に、重い足音。

 「こいつは……」

 修に剣を向けたのは、入り口に居た像、赤の鎧だった。

 「後を付けてたんだ!」サフィアが杖を構える。

 まっすぐ振り下ろされた剣を棒で受け止め、薙ぎ払う修。

 「お前がメオルブか!」

 甲冑は答えない。振り回された棒を盾で塞ぎ、剣を振るう。サフィアのエルフィを受けてもまるで動じず、修を狙い続ける。

 甲冑との攻防は、修の方が優勢だった。レンという規格外に会ったことにより、それ未満の甲冑の動きに対応できたのだ。隙を突いて棒を叩き込む修。

 「こいつ……」

 突いた棒から伝わる妙な感覚。芽生えた違和感は更に数度叩くことで、確信へ変わった。少しだが音が響くような感覚、間違いない。どの場所を叩いても同じだ。

 甲冑の剣が壁に突き刺さる。修は両手で棒を握り、思いっきり叩き飛ばした。

 「離れて修! 轟音豪熱……クアブスタ!!」

 倒れた甲冑に魔法をぶつけるサフィア。激しい爆発とともに、甲冑はバラバラになった。

 「やっぱり、空洞・・か」

 地面に転がっていたのは甲冑と武具だけ。中には何も入っていなかったのだ。

 メオルブの能力か?と思い手甲を拾ったが、ただの硬く重い甲冑。部品ごとに別れはしたが、鎧自体には傷一つ無い。

 「本体はどこに……」修が手甲を手放すと、サフィアが叫んだ。

 「修! 後ろ!」

 修の背後に居たのは、もう一体の青の甲冑だった。
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