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第四章 ~恐怖~

4-7.一筋の勇気

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 三日目 早朝

 「どうしてだよぉ!」

 薄紺の空に響くのは、修の嘆き。月が沈み、太陽が顔を出す夜明けならばと試してみたが、壺に変化はなかった。

 気分が沈む修とは裏腹に、ゆっくりと浮かぶ太陽。

 「今日の日没までだよ? どうするの!? このままじゃ住民が助からない!」

 「今は朝だ。夜に試した方法も含めて、作り方を探す」

 自分と同じように声を荒らげるサフィアのおかげで、少しだけ落ち着いた修。しかし、サフィアの様子がおかしいことまでは気づけなかった。

 「見つからなかったらどうするの? みんな犠牲にして終わり!?」

 修の両肩を掴んで揺するサフィア。期限が迫り、焦っているのもある。しかし、それ以上に……

 「約束したでしょ!? できなかったら私達も斬られちゃうんだよ!!」

 コルオはゆっくり近づくと、サフィアの頬を軽く叩いた。

 「……ごめん。私、なんであんなことを……」

 サフィアが動揺していたのはわずかな焦りと――呪いのせいだった。

 「呪われ始めは、ちょっと叩けば治る場合もある」

 「詳しいんだな」

 「色々な呪いを見てきたからね」

 「行けるか? サフィア」伏し目で頷くサフィアを見て、修達は再び方法を探し始めた。

 朝という太陽が昇る時間が終わり、昼が来る。そして太陽が僅かに下り始めたころ、コルオが休憩しようと提案した。

 方法は未だ見つかっていない。それどころか新しい考えは浮かばず、言葉だけを変えて同じことをやっているという、堂々巡りの状態だった。

 「やっぱり、人間じゃ作れないのかもね。月光と日光を同時になんて、神様にしか……」

 「それでもやるんだ。やらなきゃ……ロイクに殺される」

 らしくない発言に、修の顔を見るコルオ。勇気・・とは、恐怖や不安に立ち向かおうとする時に湧いてくるもの。

 「今、なんて?」

 「見つからない。どれだけやっても、昨日から何も進んでいない。ただの光る水瓶から、何も変わっていないんだ」

 聞き間違いだと思っていたが、徐々に確信へと変わっていく。

 フーディという敵への恐怖。ロイクとの約束が果たせないことへの不安。それらを鎮め、立ち向かおうとする勇気・・は、仮面にとって最高の餌・・・・だ。

 修は……呪われ始めていた。

 「殺されるくらいなら、今すぐこんなことやめて、ここから――」

 「しっかりして!」

 サフィアの大声を聞き、一瞬だけ停止する修。

 「俺は、今何を言おうとした?」

 言葉を強引に捻じ曲げられる感覚を味わった修。まだ方法はあると自分を鼓舞したかったはずなのに、出てきたのは真逆の言葉。

 修はその危険さを改めて思い知る。呪われ始めでありながら、この強制力。会話などできるはずがなかった。

 「まだ時間はある。逃げないで最後まで探そう。私も頑張るから」

 「あぁ……わかった」

 二人の様子を見て、大声でも良かったのかと内心で思うコルオ。

 「あ、その、ごめんね?」コルオは叩いたことを謝ったが、サフィアには首を傾げられた。

 恐怖に飲まれかけたら激を飛ばし、理性を取り戻して試行錯誤をしていく一行。しかし、壺の様子は変わらない。

 空と太陽が橙色に染まっていく。約束の時間まで、あと少し。

 「場所、時間を変えても駄目。魔法での代用も無理」

 「ま、まだ強い魔法は試してない……中級や上級、それに……」

 「壺が壊れるかもだから、駄目だって決めたでしょ?」

 サフィアを止めるコルオ。二人共恐怖に飲まれた様子はない。だが、別の感情が漂い始めていた。

 「もう無理なんじゃない?」

 それは諦観。何をやっても変わらないという現実が、考える意欲と行動力を奪っていく。

 まだ試していないことは……あらゆる方法を試し、考え尽くした故に視野が狭まり、新しい視点や策が浮かんでこない。その上、内側で膨らみつつある恐怖が、修の思考を邪魔する。

 「まだだ……」何がまだなのかもわからないまま、修は答える。

 怖がるなと思えば、それを覆い尽くすように怖いという感情が膨らむ。今は誰も助けられないこと。フーディによる犠牲が増えること。それ以上に、ロイクに殺されることに怯えていた。

 「方法はある……あるんだ」気休めを吐こうが、内なる恐怖も、二人の諦めも消しされない。

 修の頭にいつかの光景が浮かぶ。ロイクに手も足も出ず、一方的にやられた苦い思い出。仮面の呪いと、過去の恐怖が混ざり合い、修の頭を揺さぶる。

 あの時以上の目に合わされ、今度は殺される。死にたくない。怖い。あの時でさえ怖くて、痛かったんだ。怖がるな。考え続けろ。

 思い出すなと言ってきっぱり止められるほど、簡単に切り替えられるものではない。むしろ、より詳細に思い出していくだけ。

 手も足も出なくて、たくさん斬られて、怖くて悔しくて、死ぬと思った。だけど、やらなきゃいけないこと、果たしたい約束を思い出して……そうしたら――

 修が顔を上げる。

 「まだ、方法はある……」今度は気休めではなかった。苦い思い出の中にあったのは、一筋の光明。リオン・サーガを伝わずに出た、謎の光。

 自身の頬を強く叩き、壺へと目を向ける。次にゆっくりと手を向け、あの時のことを思い出す。撃つ時に何を思ったのか、どうしたいと思ったのか。

 恐怖に飲まれるな。勇気を持て。俺には果たしたい約束があるんだ――

 「出ろぉ! 出てくれぇ!」

 懇願して数瞬、修の両手から白い光が放たれた。穏やかで神秘的で……それこそ月明かりのような光の弾だった。

 それに呼応するかの如く、夕暮れからも一筋の光が伸びる。二種類の光を受けた壺は宙に浮かんでいく。

 光る水が内側から溢れ、壺全体にまとわりつく。その瞬間、壺はより一層光り輝いた。

 眩しさに目を細める三人。最初に口を開いたのは修だ。

 「今のは……」

 恐る恐る目を開けると、地面に輝く壺が置かれていた。

 起こった現象、さっきまでとは別物のような綺麗な青の壺。誰もが「成功した」と確信した。

 「やったあああああ!!」 「よし!」

 両手を突き上げるサフィアと、拳を強く握る修。

 完成した嬉しさを噛み締めながら、修はゆっくりと壺を拾い上げた。

 手から伝わる感触や雰囲気は、どこか懐かしさを感じる。

 「見た目はほとんど変わらないんだね」

 駆け寄ったサフィアが外面と中身を見て感想を漏らす。

 「ああいうのって、一部を誇張して書く場合もあるからねぇ。嘘だと思ってたんだけどなぁ」

 成功したからこそ、本音を漏らすコルオ。

 「大事な部分が事実なら、それでいい」

 壺から確かな力を感じながら、修は得意げに返した。神と一緒に過ごし、その力に触れていたからこそ、修は確信していた。

 「これならみんなを救える」

 「完成したようだな」

 ロイクが姿を現す。約束の時間が迫っていたロイクは、ミサから情報を聞き、遠くから修達を見ていたのだ。

 「命拾いしたな」

 「拾ったのは、俺の命だけじゃない」

 ロイクは違いないと鼻で笑うと、親指で後ろを指差した。

 「さっさと終わらせてこい」

 修は一度大図書館に寄り、ミサに挨拶を済ませた後、フーディの元へ向かった。
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