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第一章 ~見栄~

1-6.引けない理由

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 倒れたサージュの体を、またも黒い光が包む。そしてしばらく経った後、消えていった。そこに倒れていたのは、元の姿に戻ったサージュ。

 顔から仮面が剥がれ落ち、地面に転がる。修はそれを拾い上げ、改めて仮面に目をやった。

 仮面は全体が金色で、両目と額の部分には宝石らしきものがはめ込まれていた。更には屈強な角が二本生えており、力強さも感じさせる……ように見えた。

 手に取って分かる。見栄・・の名前の通り、この仮面が如何に見せかけなのか。

 金なのに軽く、両目と眉間の宝石は見せかけ。頬の金箔は剥がれていて、黒いのが見えている。更に言えば、太い角の片方は、拾った衝撃で折れてしまっていた。

 「これが……エモ・コーブル」

 「使う者に力と増長を与え、周りの人間を腐らせるゴミだ」

 修が学んでいた知識を、簡単にまとめるロイク。

 修は仮面を持ったまま、リオン・サーガを開いた。使う能力は『ジュノート』

 「何をしている?」とロイクに聞かれ「浄化だ」と返す。

 エモ・コーブルは回収した後、内包している邪気を吸い取り、無力化する必要がある。万が一再度奪われて、悪用されないようにするためだ。

 仮面から黒い煙のようなものが溢れ、リオン・サーガへと流れ込んでいく。

 水や食料といった物はすぐに出し入れできるが、仮面の邪気は二分ほどの時間がかかる。カレン曰く、量も多く、邪気自身が抵抗するからだそうだ。

 「最初からこれ使えば、わざわざ戦わなくて良いんじゃないですか?」

 かつてカレンに質問した時を思い出す。返ってきた答えはこうだった。

 「二分間大人しくしてくれるメオルブがいるなら、試せばいいよ」

 ちょっと前の思い出を浮かべながら、修は浄化を終えた。じっと見ていたロイクが口を開く。

 「終わったか」長剣を抜きながら、切っ先を向ける。

 「それを寄越せ」

 「え?」修が聞き返したのは、うっすらと殺気を感じたため。

 「大人しく寄越せば、それ以上怪我をしないで済む」

 ゆっくりと近づいてくるロイク。歩く度大きくなっていく殺気は、修の「断る」という返事で一気に鋭くなった。

 本気だと判断した修が、棒を構える。しかし、サージュのようにはいかなかった。

 棒を一振りすれば、体を数度斬りつけられ、魔法は撃つ暇すら与えてもらえなかった。修の攻撃はひたすら空を切り、ロイクの攻撃だけが叩き込まれていく。

 「なんだ、こいつ……」

 為す術もなく膝をつく修。サージュよりも小さく、恐ろしく、強い剣士を見上げる。

 「なんでこんなのが居て、俺が呼ばれたんだ」そう思うほどにロイクは強く、本物だった。見栄に勝ったという喜びはすぐに消え去り、死への恐怖が芽生える。

 落ちていたリオン・サーガを拾い上げるロイク。

 「なんの変哲もない本だ。戦闘中に持つ意味がわからん」

 目を見開く修。その瞬間、エジオの声が聞こえてきた。

 「エルフィ!!」

 エジオの放った火球が、まっすロイクへと向かう。ロイクはつまらなそうに顔を上げると、背中の大剣を抜いた。

 「火遊びはやめておけ」ロイクはそれだけ言うと、大剣を振り下ろし、火球を消し去った。

 「ま、待てよお前! シューを殺すな!」

 驚きながらも、エジオは大声で話す。しかし言葉は届かない。それどころか、ロイクと目が合った瞬間、エジオは体を震わせた。

 恐怖をかき消すように、更にエルフィを二度唱えるエジオ。ロイクは同じように剣を振るい、火球を消し去った。

 「見間違いじゃねぇ……なんで魔法が斬れるんだよ!?」

 ロイクはそれには答えず、静かにこう言った。

 「見栄にこいつ、それとお前で三人か」

 鋭い顔と殺気を向けられたエジオは命の危機を感じ、慌てて逃げ出した。

 「正直なことだ」鼻で笑うロイク。

 「渡さない……」

 修はゆっくりと立ち上がり、両腕で棒を振り下ろした。

 「最後の忠告だ」

 ロイクは攻撃を避けるでもなく、剣で受けることもなく、素手で棒を掴んだ。力の差を見せつけられ、血の気が引く修。

 ロイクは修の腹を蹴り飛ばすと、倒れた喉に剣を突きつけた。

 「仮面を寄越せ。お前のような弱いガキには、過ぎたおもちゃだ」

 「ガキ……?」

 「未熟な棒術。低い観察力。自慢の魔法も満足に当てられない。お前は目的もなく、ただ漠然と英雄に憧れているだけの弱いガキだ」

 鋭い銀の目と本物の殺気が、修を死の恐怖へと近づけていく。心臓の音が耳を刺激し、ロイクの声が遠くなっていった。

 「俺には役目がある。何を斬ろうが、誰を殺そうが果たしたい役目がな。この仮面は、お前ごときが持っていていい物じゃない」

 修の頭に浮かぶのは、カレンと過ごした日々。短くも大切な思い出と、目を背けたくなるような別れ。

 砂となっていく大切な人に、必ず止めると……そう約束した。

 「渡さ……ねぇ……」

 「なに?」怪訝そうな顔をするロイクの腹に、伸ばした棒が当たる。不意打ちでのけぞるロイクと、勢い余って棒を手放す修。

 こんなところで死ねない。そう強く思った瞬間、修の右手が光を帯びた。

 「止めるって! 言ったんだよ俺はぁ!!」

 無我夢中で手をかざす修。そこから放たれたのは、白い光の弾だった。

 「くだらん。俺に魔法が効くか」

 ロイクは大剣でかき消そうとしたが、光弾は剣をすり抜け、ロイクの顔面へと激突した。僅かな熱さと痛みを感じ、後退するロイク。

 「今のは……」予想外の反撃と、斬れなかった魔法。その二つの要因が、僅かな隙を生んだ。

 「あぁああ!!」

 修は落とした棒を拾い、全力でロイクの頬を殴り飛ばした。

 「珍しい。ロイクがぶっ叩かれた」

 一連のやり取りを遠くから見ていた少女が、ふとそうつぶやいた。

 「お前は……」

 ロイクは一度だけ修を見ると、やがて剣を納めて去っていった。

 安心した修は仰向けに倒れ、深く息を吐いた。

 「終わっ……た」

 ロイクが何故去ったかは、修にはわからない。だが、仮面は守りきった。リオン・サーガを開き、手にした仮面を確認する。

 まずは一つ……残る仮面は……危機が去ったかわりに、疲れがのしかかってくる。

 「ちょいちょーい?」

 声が聞こえ、目を開ける修。リオン・サーガを閉じると、一人の少女が顔を覗き込んでいた。

 「こんなところで寝たら風邪引くよ? それに道行く人に踏みつけられるし、いい晒し者になるし、酔っ払いに蹴られたりするし、財布とか金目のものとか身ぐるみとか剥がされるかもよ」

 少女は言いながら、修の口に水を垂らす。とてつもない苦さを感じた修は、思わず体を起こした。

 少女が飲ませたのは、とある山にのみ生息する『セジラベ』という木の葉で作ったお茶。栄養とかは特に無く、ただ苦いだけの飲み物として有名だ。

 「嫌でしょ? そういうの」

 「すごい嫌だ」文字通り苦々しい顔をしながら、修は答える。

 「君は?」

 「私は『コルオロ・クェーガー』コルオって呼んでね」

 コルオと名乗った少女は、笑みを浮かべた。頭には白いターバンを巻き、隙間から薄緑の髪が見える。

 上半身にはポンチョのような短い外套に、両腕には白と黒の手袋。そして左右の長さが違うパンツの上には、パレオのような布を巻いていた。

 「俺は葉永修」

 騎士ほどではないが、隠している部分が多い印象を受けた。

 コルオは「変わった名前だね」と返し、こう続けた。

 「お兄さん旅の人でしょ? だったら一緒に行かない? どうしても行きたい場所があるんだけどさ、一人じゃ怖くてさ」

 そういうことかと納得する修。誘い自体は素直に嬉しいが、寄り道はしたくない。

 「俺にはやることが……」断ろうとした瞬間、コルオは更にこう重ねてきた。

 「数週間前からかな。王都『ケノンス・コーエン』の東区の一角が封鎖されました。表向きの理由は、奇病が伝染したため」

 奇病?……と思っている修の耳に、気になる内容が聞こえてきた。

 「そこの人達は、悲しいことしか言えなくなり、意味もなく泣きじゃくったりするそうだよ」

 顔を向けた修に、コルオは「誰か……いや、どこかに似てると思わない?」と重ねた。

 ……確かに、よく似ている。

 「どっちにしろ情報を集めるなら、都会の方が集まると思うけど、どう?」

 リオン・サーガの地図ページを開き、場所を確認する。このまま西へほぼ真っすぐ。

 「変な地図だね。古くて新しい」

 なぞなぞか?と思いながらも、修は本を閉じた。

 「わかった。行こう」

 「そうこなくっちゃね。よろしく」

 コルオが嬉しそうに握手を求める。その手を握り返すと、わずかに金属の音が聞こえた。

 メオルブに勝てたのはいいが、ロイクには手も足も出なかった。異世界ではあるが、ここはゲームでもなんでもない、現実だ。

 ロイクに殺されかけ、死への恐怖を刺激されたことで思い知った。

 最初から躓いているようでは、約束も果たせず、死んでしまうだろう。

 ……授かった力に頼るだけではなく、俺自身が成長しなければ。お守りを強く握り、修は決意を固める。

 歩き出したコルオの背中を追いながら、修は深緑の町シェグ・ブロンデを後にした。
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