夜明けのカディ

蒼社長

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第1章

8.掴み取った勝利

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「カディさん」

 みんなが勝利に喜ぶ中、アルトがカディの元に歩いてきた。腕や頬に多少の傷はあるが、大きな怪我はないようだった。

「おう。よくやったな」

「すいません。これ……」

 アルトが取り出したのは、折れてしまったナイフ。

「あらら、これは弁償してもらわなきゃね」

「そうだな」と返すとアルトは少しだけ怯えた様子を見せた。

「町を救った英雄がそんな顔しちゃ駄目だよ。理不尽な要求にはしっかりと立ち向かわなきゃ」

 どっちの味方だと思ったカディは、こう口にした。

「俺は腹が減った。うまい飯を用意しろ。レンタル料の代わりだ」

 アルトは明るい表情を見せると、嬉しそうにわかりましたと答えた。

「あの子……すごい嬉しそうだった」

「自分で勝ち取ったもんってのは、何事にも代えがたいらしい」

「らしい?」カディの妙な語尾に、ルルカが復唱する。

「過去に武器を貸した奴が言っていた」

「だから、こんなやり方を?」

「俺は自分が気に入ったやつを、俺のやり方で助ける。他人の理解や常識なんざどうでもいい」

 ひねくれた助け方をするけど、スレッドが言った通り、死なせないよう助けもする。ルルカはその心に、確かな真っ直ぐさを感じていた。



「それにしても、漆黒の武器屋かぁ」

 カディの隣に座るスレッドが、不意につぶやく。

 食事の約束を取り付けたカディは、出来上がるまでの時間、スレッドに付き合って海に釣り糸を垂らしていた。

「名乗った覚えはないが、なんか引っかかるのか?」

魚を釣り上げたカディが、バケツに魚を投げ入れる。

「僕が広めたい異名じゃないからさ」

「一応聞いてやるが、その異名はなんだ?」

「黒いてるてる坊主」

 スレッドが口にしたのは、異名と言うよりはあだ名だった。武器を仕込んだ腰までのマントは黒く、カディの髪も紺色だ。

「絶対広めるなよお前」

 悪意がないことは分かっているからこそ、そこを責めることはしなかった。しかし、それは少し遅かった。

「レルファとか、釣り竿貸してくれたおじさんとか、結構前に助けた子供とか、何人かにはもう言っちゃったよ。黒いてるてる坊主のカディをよろしくって」

「よろしくじゃねぇよ。どんな異名だそれ」

「そっか。フサフサって言わないと坊主の部分で誤解されちゃうか」

「突き落とすぞお前」

カディが更に釣り上げ、再び釣り糸を下ろす。

「みなさーん! できましたよ!」

 食事で出来上がったことを伝えに来るアルト。それは、釣り勝負の終わりの合図でもあった。

「僕の負けだね。一匹も釣れなかったよ」

「俺は三匹だ」

「集中してたルルカは?」「い、一匹」

 少し恥ずかしさを覚えながら、ルルカは言う。会話にもまざらず集中した割には、あまりにもお粗末な釣果だった。

「あらら、僕がビリか」

「釣りは終わりだ。飯にするぞ坊主」

 釣り竿屋の前の広場では、色とりどりの料理が置かれていた。港町らしい新鮮な海の幸が、これでもかと並べられている。

「今日は私達が人間に戻れた日です。これもカディさんや、レジオンさんのおかげです」

グラスを持った住民が言う。

「記念すべき日に良き人と出会えたことに感謝を。乾杯!」

 乾杯の大合唱が聞こえ、住民とカディ達は、宴会を楽しんだ。新鮮な魚を食らい、酒に酔い。解放された喜びを分かち合った。

「美味しい。魚って生でもいけるんだね」

「スレッドってなんか不思議……」

「傷は痛むか?」「少し。でも、それ以上に嬉しいです」

カディの釣った魚を焼くアルトは、どこか満足げだった。決して無傷ではなかったが、その痛みすらも誇らしく感じていた。

「そうか」どこか満足気に返したカディは、酒を口に運んだ。

「あれ、レジオンさんは?」

「ちょっと腹の調子が悪いらしくて、手洗いに……」

 ふと、そんな声が聞こえた。レジオンは少しだけお腹が弱く、辛い物やコーヒー、生の食べ物が苦手で、食べるとすぐに腹を壊してしまう。

 そんな事情を知らないカディは、腹を殴りすぎたかと思い、次は腹以外も狙うことを決めた。

「この町にもSOは来なかった」

 程よく腹も膨れてきた頃、ルルカが話しかけてきた。

「あの金持ちが通報させないようにしてたって言ってただろ。お前の町と同じだ」

「もし、ちゃんと通報が届いたら、SOは助けに来たと思う?」

 SOを信じたいルルカは、そんな疑問をぶつけた。

「おめでたいやつだな。SOが噂通りの組織だと思ってるのか」

 答えたのはレジオンだった。

「あいつらは完全秩序を謳っちゃいるが、気に入らねぇ奴や、自分の意に沿わない奴が居れば、故郷ごと滅ぼす腐れ果てた組織だ」

「そんなはず……」

 根も葉もない噂だと否定しようとした瞬間、ルルカの頭にシュナイルの顔が浮かんだ。

「お前が信じる信じないはどうでもいいが、俺はSOを認めねぇ」

 隠す気すらないSOへの深い憎悪を受け、少しだけ怯えるルルカ。

「ジュラウド。今回は見逃してやる。だが、てめぇも誰かの故郷を壊すなら容赦しねぇ」

レジオンは「覚えておけ」と釘を刺すと、町から出ていった。

「何であの人は、あそこまでSOを……」

 シュナイルの件を「何かの間違い」だと思っているルルカは、レジオンが何故あそこまでSOを憎むのか分からなかった。レジオンの憎しみをしっかりと理解し、共感できたのは一人だけだ。

 カディはレジオンが居なくなった方から目を離し、もう一度酒を飲んだ。
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