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「伴家、椎名」
「美代家、純」
「白駒家、忍」
「今日よりこの三人をそれぞれの家元の和の象徴とし、参人律法とする。」
「これよりこの三家は手を取り、民を治める。これは独裁を終える伴家の誓いだ。」
この日、村の中心である広場に集められた村人は皆口を開けて伴 鋭吉を見ていた。鋭吉は村の長でありながら村最大の家元、伴家の長でもある。
鋭吉は顎から少しだけはみ出た髭を撫でながら村人を見下ろしていた。その態度は貫禄と言ったものより威圧感と言うのが正しいのではないかとも思えてくる。
その一歩後ろには鋭吉の妻、糸都が立っている。翡翠色の着物を着て、一本簪でまとめ髪を作り清楚な着こなしをしているが、その立ち姿は可憐の一言で、まさに花を人にしたと言っても大袈裟ではない。
その鋭吉と糸都の後ろに立つ三人の青年も目を引く容姿をしていた。
左から一人目の青年は笑みを見せるでもなく、嫌悪するでもなく鋭吉の様子をただ見つめている。
艶のある黒い髪は風が吹く度に素直にその方向へと揺れる。それは誰が見ても黒い絹と表現するに違いない。
そこから覗く黄色の鋭い瞳は青年とは思えない妖艶さを醸し出していた。右の目元に一つある泣きほくろもそれを引き立てている。
そして二人目、三人の真ん中に立つ青年は容姿も並外れているがどうしても挙動に目が行ってしまう。右、左とあたりを見回しては、急にくすっと笑い出し、そうかと思えば後ろで一つに結った自らの髪を指に巻き付け遊び出した。
しかし、その指は日焼けという言葉を知らないのではないかというぐらいに真っ白で、また巻き付いた髪も桃色がかった白髪という何とも衝撃的な色をしていた。何もせずに立っていたら青年ではなく美麗な少女と勘違いしてしまうのではないかと思う見た目だ。
三人目、右側に立つ青年は隣の青年が動く度それが気になって仕方がないという様子だ。黒く縁どられた丸眼鏡をかけているその青年は、端的に表すと典型的な美男だ。
しかし何とも固い表情は男の美男という見た目に近寄りがたさを足していた。
見た目から総合して文学的な三人目の青年だが片方の髪を耳にかけた隙間から覗く首は他二人と比べると筋が立っている。瘦せ身ではあるが鍛えているのだろう。
そんな三人の青年も鋭吉と同じく高台に立っていた。それを見つめる多くの村人は言葉を発する鋭吉ではなく、突如としてできた参人律法の青年たちが気になって仕方がないようだ。
しかし今まで絶対的な長であった伴家の鋭吉の前で誰が「三人の顔をよく見せてくれ」と言えるだろうか。
もちろん誰もそんな勇気はなく下から高台に立つ青年たちをただ目を凝らして見ているだけだ。
「そして今後は、ここに立つ三人が皆の意見を反映した年貢の管理、村の運営をする。何かあれば声をかけるといい。」
鋭吉の言葉を聞いた村人たちは驚くといった言葉で収まる心境ではなくなってしまった。
『今まで自らが治めてきた村を若者に譲るという事か?』と考える者も居れば、『私たちの意見が通る』と素直に喜ぶ者も居る。
しかし喜ぶ者はごく少数で、大半は前者だ。
第一、三家の和というのならば、この席に伴家以外の他の二家の長が居ないのはおかしい。一部素直に喜ぶ者を除いて皆が感じた事だった。
高台には伴家の長、鋭吉と穏やかに微笑むだけで何も話さない妻の糸都、そして三人の青年だけだ。
「ふふっ」
その時急に少女の様な青年はまたあたりをきょろきょろと見渡し始める。
「純!今は静かにしていましょう」
その挙動を見ていた文学的な印象の青年はとうとう我慢ならなくなったようで口を開く。
「えーでもひま....」
『純』と呼ばれる少女の様な青年は事の重大性を理解していないらしい。
「ちょっと椎名さん、見ていないで手伝ってください」
文学的な青年は自分だけでは手に負えない事が分かり二つ隣に立つ青年に声をかけた。
「俺より忍の方が付き合い長いだろ」
突然話を振られた『椎名』と呼ばれる青年は横目で二人の青年を見ると楽しそうにそう言った。
「忍、おもしろーい」
純は文学的な青年を『忍』と呼ぶと、また「ふふっ」と笑った。
「この村の繁栄を私は切に願っている。」
突然響いたその声は鋭吉だ。
三人を遮ったかのような鋭吉の声に先程まで状況を読めていなかった純を含め椎名、忍も鋭吉の『威圧感』に黙らざるを得なくなった。
「今日皆を集めたのはこの為だ。今日の事は後日広場に紙を掲示する。聞き逃した者は確認するように。」
しばらく高台から村人を見ていた鋭吉はそう言うと、村人に背を向け歩き出した。
そしてその後を妻の糸都も追う。
それを見ていた三人の青年も顔を見合わせたが誰も高台に残るという意見の者はいなかった。純ですらもうここは立ち去るべきだと思ったようだ。
鋭吉、糸都、そして、椎名、純、忍の五人が居なくなった高台は嵐が去った様に静まりかえっている。
ただこの場に取り残され、見上げるだけの村人たちはしばらくそこから動く事なく呆然と誰も居ない高台を見上げていた。
鋭吉の衝撃的な発表は突如として始まり突如として終わった。
結局村人の間ではひと月程その話題で持ちきりだ。
しかしどれだけ話したところで鋭吉の意図が分かる者などいなかった。
伴家といえば村にあるいくつかの家元の中でも最大の大きさだ。
それは屋敷の大きさという意味でもそうだが、存在の大きさという意味でもそうだった。
伴家を中心に集落が展開しているといっても過言ではなく、伴家に従者としては入れただけでもその家族の一生は安泰と言われている。
参人律法を作り独裁をやめたと宣言した今でもその評価は何も変わらない。
村人の頭には伴家は絶対的位置に居ると植え付けられているのだ。
鋭吉の言う独裁を終える誓いなど誰も信じていないだろう。
しかし村人が思ったより参人律法は上手くいっていた。
伴家の者だけではないという信頼感、何よりまだ十四、十五程の青年たちは村人と距離が近い。
世間話感覚で相談できると村人の間では高評価のようだ。
参人律法が宣言されてから約一年。
その評価が変わることはなかった。
今では椎名、純、忍。この三人を知らない村人は居ない。
「美代家、純」
「白駒家、忍」
「今日よりこの三人をそれぞれの家元の和の象徴とし、参人律法とする。」
「これよりこの三家は手を取り、民を治める。これは独裁を終える伴家の誓いだ。」
この日、村の中心である広場に集められた村人は皆口を開けて伴 鋭吉を見ていた。鋭吉は村の長でありながら村最大の家元、伴家の長でもある。
鋭吉は顎から少しだけはみ出た髭を撫でながら村人を見下ろしていた。その態度は貫禄と言ったものより威圧感と言うのが正しいのではないかとも思えてくる。
その一歩後ろには鋭吉の妻、糸都が立っている。翡翠色の着物を着て、一本簪でまとめ髪を作り清楚な着こなしをしているが、その立ち姿は可憐の一言で、まさに花を人にしたと言っても大袈裟ではない。
その鋭吉と糸都の後ろに立つ三人の青年も目を引く容姿をしていた。
左から一人目の青年は笑みを見せるでもなく、嫌悪するでもなく鋭吉の様子をただ見つめている。
艶のある黒い髪は風が吹く度に素直にその方向へと揺れる。それは誰が見ても黒い絹と表現するに違いない。
そこから覗く黄色の鋭い瞳は青年とは思えない妖艶さを醸し出していた。右の目元に一つある泣きほくろもそれを引き立てている。
そして二人目、三人の真ん中に立つ青年は容姿も並外れているがどうしても挙動に目が行ってしまう。右、左とあたりを見回しては、急にくすっと笑い出し、そうかと思えば後ろで一つに結った自らの髪を指に巻き付け遊び出した。
しかし、その指は日焼けという言葉を知らないのではないかというぐらいに真っ白で、また巻き付いた髪も桃色がかった白髪という何とも衝撃的な色をしていた。何もせずに立っていたら青年ではなく美麗な少女と勘違いしてしまうのではないかと思う見た目だ。
三人目、右側に立つ青年は隣の青年が動く度それが気になって仕方がないという様子だ。黒く縁どられた丸眼鏡をかけているその青年は、端的に表すと典型的な美男だ。
しかし何とも固い表情は男の美男という見た目に近寄りがたさを足していた。
見た目から総合して文学的な三人目の青年だが片方の髪を耳にかけた隙間から覗く首は他二人と比べると筋が立っている。瘦せ身ではあるが鍛えているのだろう。
そんな三人の青年も鋭吉と同じく高台に立っていた。それを見つめる多くの村人は言葉を発する鋭吉ではなく、突如としてできた参人律法の青年たちが気になって仕方がないようだ。
しかし今まで絶対的な長であった伴家の鋭吉の前で誰が「三人の顔をよく見せてくれ」と言えるだろうか。
もちろん誰もそんな勇気はなく下から高台に立つ青年たちをただ目を凝らして見ているだけだ。
「そして今後は、ここに立つ三人が皆の意見を反映した年貢の管理、村の運営をする。何かあれば声をかけるといい。」
鋭吉の言葉を聞いた村人たちは驚くといった言葉で収まる心境ではなくなってしまった。
『今まで自らが治めてきた村を若者に譲るという事か?』と考える者も居れば、『私たちの意見が通る』と素直に喜ぶ者も居る。
しかし喜ぶ者はごく少数で、大半は前者だ。
第一、三家の和というのならば、この席に伴家以外の他の二家の長が居ないのはおかしい。一部素直に喜ぶ者を除いて皆が感じた事だった。
高台には伴家の長、鋭吉と穏やかに微笑むだけで何も話さない妻の糸都、そして三人の青年だけだ。
「ふふっ」
その時急に少女の様な青年はまたあたりをきょろきょろと見渡し始める。
「純!今は静かにしていましょう」
その挙動を見ていた文学的な印象の青年はとうとう我慢ならなくなったようで口を開く。
「えーでもひま....」
『純』と呼ばれる少女の様な青年は事の重大性を理解していないらしい。
「ちょっと椎名さん、見ていないで手伝ってください」
文学的な青年は自分だけでは手に負えない事が分かり二つ隣に立つ青年に声をかけた。
「俺より忍の方が付き合い長いだろ」
突然話を振られた『椎名』と呼ばれる青年は横目で二人の青年を見ると楽しそうにそう言った。
「忍、おもしろーい」
純は文学的な青年を『忍』と呼ぶと、また「ふふっ」と笑った。
「この村の繁栄を私は切に願っている。」
突然響いたその声は鋭吉だ。
三人を遮ったかのような鋭吉の声に先程まで状況を読めていなかった純を含め椎名、忍も鋭吉の『威圧感』に黙らざるを得なくなった。
「今日皆を集めたのはこの為だ。今日の事は後日広場に紙を掲示する。聞き逃した者は確認するように。」
しばらく高台から村人を見ていた鋭吉はそう言うと、村人に背を向け歩き出した。
そしてその後を妻の糸都も追う。
それを見ていた三人の青年も顔を見合わせたが誰も高台に残るという意見の者はいなかった。純ですらもうここは立ち去るべきだと思ったようだ。
鋭吉、糸都、そして、椎名、純、忍の五人が居なくなった高台は嵐が去った様に静まりかえっている。
ただこの場に取り残され、見上げるだけの村人たちはしばらくそこから動く事なく呆然と誰も居ない高台を見上げていた。
鋭吉の衝撃的な発表は突如として始まり突如として終わった。
結局村人の間ではひと月程その話題で持ちきりだ。
しかしどれだけ話したところで鋭吉の意図が分かる者などいなかった。
伴家といえば村にあるいくつかの家元の中でも最大の大きさだ。
それは屋敷の大きさという意味でもそうだが、存在の大きさという意味でもそうだった。
伴家を中心に集落が展開しているといっても過言ではなく、伴家に従者としては入れただけでもその家族の一生は安泰と言われている。
参人律法を作り独裁をやめたと宣言した今でもその評価は何も変わらない。
村人の頭には伴家は絶対的位置に居ると植え付けられているのだ。
鋭吉の言う独裁を終える誓いなど誰も信じていないだろう。
しかし村人が思ったより参人律法は上手くいっていた。
伴家の者だけではないという信頼感、何よりまだ十四、十五程の青年たちは村人と距離が近い。
世間話感覚で相談できると村人の間では高評価のようだ。
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