一生の孤独とひきかえに

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時雨は自分の耳を頼りに先ほど声が聞こえた方向へと足を進めた。
 
時雨が向かう方向は依然として朱色の壁で、先ほどより近づいているものの隠し扉があるわけでもどこかに入り口となる穴が見える訳でもない。
 
『ドンドン』
時雨は、何もない壁を軽く拳を作り叩いてみた。
跳ね返って聞こえた音自体はただの壁を叩いた時と変わらない。

しかし、その感覚は明らかに壁を叩いたものではなかった。
何か薄い板を叩いたような感覚、これより先があるのではないかと思わせるものだ。
 
すると突然、漆器のような朱色の壁に一本の線が現れた。
その線は次第に太くなっていき、時雨が壁を叩き終え、拳をほどいた今では人が通るには十分すぎるほどの隙間が空いている。
 
(壁が回ってる.....?)
時雨が軽くたたいた衝撃で回転した壁は、切り抜かれたように左右の壁から離れている。何やら細い棒のようなものを主軸に回っているようで、よく見ると左右に同じだけの隙間が空いていた。
 
隙間から目視で確認できるのは薄暗い通路のような場所だ。
書物庫の明るさで少し先までは見えるものの壁の先は暗闇といえるほどの暗所だった。
しばらく目を凝らしていると瞳孔が開き手前しか見えなかった通路も徐々に先が目視できるようになり始めた。

しばらく見ていると時雨は、自分の目線の少し先に無造作に散らかっている何かが目に入る。
さらに目を凝らしその何かを見続けていると、その正体が書物であることが分かった。

また少し時間が経つと書物の形、手前のものは薄くではあるが、色など判別できる物も出てきた。

「えっ...あれは!」
時雨は手前に落ちている書物の外観が見えると自然と声を出していた。

時雨が見たものは、昨日三つ目の本棚にしまっておいたはずの、歴史書。まさに今日時雨が探していた一冊だったのだ。
昨日まで確かに本棚にあったはずの歴史書がなぜこんなところに落ちているのか。
それを一番疑問に感じるべきだ。
しかし、時雨はそんな事を思うより先に今日の楽しみであった歴史書を読むことしか考えていなかった。
 
時雨の立つ位置から一歩中へ踏み出し手を伸ばせば歴史書を手に取れるかもしれない。
 
時雨は迷わず、壁の先へと片足をを踏み入れた。
 
しかし片足を入れ手を伸ばしたもののあと少し足りず、もう一歩のところで届かない。
時雨はかろうじて書物庫で踏みとどまっていた方の足を壁の向こう側へと入れる。
これで時雨の体は、壁の先の書物庫へと全て入ってしまった。
 
そしてようやく目当ての歴史書を拾い上げる。
(やっと見つけた....!)
目的は達成されたものの、いつも読んでいる歴史書がこうも散らかっているとなると時雨も気分がいいものではなかった。
本棚があればそこに並べようと思っていたが、時雨の周りに本棚は見当たらない。
仕方なく、散らかっている歴史書を一箇所に
まとめ床に置いておくことにした。
ついでに落ちている歴史書の表紙を見たが全て読んだことのあるものばかりだ。

片付けを終え、見つけた歴史書をもうなくさまいと大事に抱えた時雨はようやく自分が今立っている場所に気がついた。

(どうしよう。そんなつもりじゃなかったのに)
先ほどまで回転壁の向こうで目を凝らして様子を伺っていたはずの場所に自分は入ってしまっていたのだ。
時雨の背筋には一気に寒気が走る。
本来、中に入るつもりなどなかった時雨は、急いで書物庫へ引き返そうと足を踏み出した。

しかし、時雨が壁を通過しようとした時、左右にすき間があったはずの回転壁が突然、何故か空いていたすき間を埋め始めた。
時雨はその衝撃で思わず後退りをする。

おそらく時雨の肘が回転壁に何度かぶつかってしまったことが原因だ。
歴史書を左右の腕でしっかりと抱えている時雨は入った時よりも自分の横幅が広くなっていることに気が付いていなかった。
そんな状態で壁を通過しようとしていたのだ。そのため回転壁側の左肘が壁に何度かあたり、壁の主軸が回転してしまったのだろう。

閉じてしまった壁はすき間一つなく、今までそこを入り口として使っていたのが嘘のようだ。
おまけに、壁の隙間からの漏れる書物庫の明かりで見えていた周りも壁が閉じた今ではどこを向いても暗闇。時雨は自分がどこに立っているのかすら分からなくなってしまった。
 
とりあえずもう一度叩けば回転するのではないかと反射的に思った時雨は、暗闇の中、回転壁の位置を予想し直感で壁を叩いた。

「あれ.....?」
しかし、どれだけ叩いても壁が動く気配はない。
光が入らない暗闇で、位置を正確に把握するのは困難を極めるうえ、もしもある程度叩く位置が決まっているのだとしたら、回転壁を再度開けることは不可能に近いだろう。
 
(早く出ないとお母様が..)
(灯、あかりがあれば)
時雨の頭の中は焦りと混乱で埋め尽くされている。
屋敷から出ない日々は体力だけでなく、頭の成長もある程度止めてしまっているらしい。
少しの不都合でも混乱してしまう時雨は今回も例外ではない。

時雨が焦る理由の大半は書物庫に居ていい時間はある程度決められているからだ。
昼食を取る頃までに戻らなければ母、蜜月は顔色を変え、屋敷中を巻き込んで時雨を探し回るだろう。

時雨はこんな時でさえ顔に表情は出さない。
しかし頭の中では表情に反して冷静さや落ち付きと言ったものは全く無かった。
 
(とりあえずここから出ないと)
(ほかに出口ないかな)
時雨は回転壁を再び開ける事は不可能だと考え早足で壁とは反対方向へと歩き始めた。
この暗闇では走る事はできず、早歩きが限界だ。
出来るだけの速さで先へ先へと暗闇の中を進んでいく。
どこか他に出口を見つけなくては。その一心だった。
 
それほど長くない距離を進むと、時雨の目の前に薄明かりが見えてきた。
それは、物によって生み出されている光というより、自然にどこからか漏れているといった方が正しいだろう。
 
時雨は迷わず明かりの方へと足を進める。
どの道全く目が利かない暗闇では、出口を見つける事さえ困難だ。
 
そして時雨はようやく暗闇から明かるい空間に抜ける事ができた。

「.....なに、ここ」
しかしその直後、時雨の足は止まってしまった。
 止まったのは足だけではない、時雨の体全体はまるで石になったかのように動かない。

突然目に飛び込んできた光景は想像もしていないものだった。

そこには、鉄格子で四方を囲まれた牢獄があったのだ。
 
それだけではない。
牢獄のなかには身体のあちこちから血を流し、両手を鉄の鎖でつられ、跪いている男がいた。
その男と時雨は向い合っている状態だ。


「....ごほっ....あ?」
時雨が立ち止まってほんの数秒後、目の前の男は咳をしてから少し身じろぎ、今まで力無く下げていた顔を上げる。

その男の瞳は目の前の時雨をしっかりと捉えていた。
時雨を見る黄色の鋭い目は漆黒を思わせる黒い髪とは対照的で、それがさらに刺されるような鋭さを際立たせる。

その瞬間、何か重たい物が落ちるような鈍い音が聞こえ時雨の意識はようやく目の前の男から外れる。
時雨はあれだけ大切に抱えていた歴史書を腕から滑らせてしまっていた。
鈍い音の正体は時雨が持っていた歴史書だったようだ。

時雨はそれに気が付くとすぐさま腰を屈め拾い上げようと歴史書に手を伸ばす。
どんな状況になろうとこの歴史書だけは読む。時雨は決意していた。
その為には肌身離さず持っておかなくてはならない。

「ははっ..ごほっ...何?また俺を拷問しに来たのか?」
拾い上げようと歴史書に手を触れたその時、突然目の前の男は時雨に苦しみ混じりの声で問いかけた。



 
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