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9.わたしと一瞬
しおりを挟む八月二十一日、午後七時。昨日に続き快晴だったので、今夜は花火日和だ。
「なんかお祭りって、いるだけでわくわくするよね」
何と、倉橋は甚平を着込んでやって来て「浴衣着なかったの?」と言い放った。会うたびにマイペースさが加速している気がするのは気のせいだろうか。しかもビーチサンダルであの長い階段に挑もうというのは、さすがの体力だ。動じるのも癪なので、私は気にせずに言った。
「行こう」
「うん」
駅で集合した私たちは、暗くなりだんだんと増えてゆく浴衣姿の祭り客を通り過ぎ、会場に近い小山、昨日見つけた神社へと向かう。大通りから橋を渡って、狭い道を通って、確かに、小さい子どもがはぐれたら分かり辛い道かもしれない。そうして神社の麓にたどり着くと、
「階段長くない?」
「そんな格好で来るからだよ」
「せっかくのお祭りじゃん」
言い合いながら、私たちはその階段に足をかけた。
やっとの思いで上まで登りきると、思いのほか広いその神社に人はいなくて、段数のおかげか祭りの喧騒もどこか遠い。木々の葉が擦れる音がやけに大きく聞こえて、風の強さと涼しさをより感じさせた。
「うわ、広いね」
息も絶え絶えな私に対し、やはり余裕そうな倉橋が呟く。悔しい。
「何か思い出せそう?」
「うん、すごく懐かしい」
倉橋は吸い寄せられるように鳥居をくぐり、どんどん進んで行く。何だか置いていかれるような不安を感じて思わず倉橋の袖を掴んだ。
「どうしたの?」
「いや…」
幼かった倉橋はここで遊んで、迷子になって、それで、
「あれ、何してるの?お兄ちゃん」
会いたいと願ったのだ。家族に。
「あ」
小さく声を漏らす倉橋の視線をたどり、今しがた上がってきた階段の方を振り向くと、
「えっ何で泣いてるの!」
その子は、気付けばそこにいた。
薄黄色の、蝶々柄の浴衣を着た女の子は髪の毛を後ろでひとつに括り、可愛らしい花の髪飾りを添えている。
いつの間にかポロポロと涙をこぼす倉橋に「お兄ちゃん」と呼びかけるその子は、倉橋より少し背が低くて、細い目で、爽やかな笑みを浮かべていた。
話し方もどこか似ていて、私は「あぁ、倉橋の妹だ」と思った。呆けたように動かない倉橋の袖を少し引っ張ると、倉橋は
「理央」
はっとして、彼女の名前を呼んだ。
「うん、どうしたの?」
「これ」
甚平のポケットから、少し震える手でぬいぐるみを取り出す。
「何これ、さかなネコ?もしかして昔あげたやつ?懐かしいなぁ、まだ持ってたの?」
浴衣の女の子、理央ちゃんは、涙の止まらない倉橋を快活に笑い飛ばした。
「そう言えば、これあげた時も泣いてたね、お兄ちゃん」
「そうだったね、ごめん」
「仕方がないなぁ」と理央ちゃんは持っていた巾着からハンカチを取り出すと、倉橋に押し付けるように渡してきた。
「私これから友達とお祭りまわるから、もう行かないと」
「うん、分かった」
「じゃあ」
そう言うと理央ちゃんはくるりと階段に向かい一歩踏み出した。けれど、そのまま立ち止まってもう一度こちらを振り返った。それから今度は私に向かって、
「お兄ちゃんをよろしくお願いします、泣き虫だけど」
と言って楽しそうに笑いながら駆けて行った。
「理央!」
倉橋がもう一度呼びかけると、理央ちゃんはちらと振り向き手を振ってくれる。けれど、強く吹いた風に思わず瞑った目を開けると、今度こそ本当に、倉橋の妹はいなくなっていた。たった一瞬の、確かな会話。
「…妹さん、元気だね。嵐みたいだけど。あと倉橋に似てた」
「そうかな」
「そうだよ」
私たちの手元には、だいぶ薄汚れて年季の入ったさかなネコに加えて、小さく蝶々の刺繍が入ったハンカチが残された。
「これ、持っててくれない?」
倉橋が薄黄色のハンカチを私に差し出す。
「涙拭いてあげようか」
「間に合ってます」
ハンカチを受け取ると、
「お腹すいた。焼きトウモロコシ食べたい」
泣き虫な倉橋の希望によって、私たちは祭りの参加を決定した。
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