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第六章 毛人襲来 -けじんしゅうらい-
27 依代?
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八咫鏡に映し出された、化け物としか形容しようのない何か。あれは一体何だったのだろう?
「見てしまったか」
「え~っと……」
「ですから御覧にならない方が良いと申しましたのに」
「何だったの? 毛人ではないよね?」
「違うよ。鏡には、まだ術を施していない。映っていたのは、耕作様自身の真実の姿だ」
えっ? ちょっと待って。僕自身の姿? いやいや、そんな筈はない。腐りはてた肉、顔。まるでゾンビのようだったじゃないか!
「もう一度、確認するかい?」
「……いや……」
あれが僕自身の姿って……そんな事を言われて、まじまじと見る気にならない。嘘でしょ?
「毛人の前に説明しようか。もう隠し通すことは出来ないし、その必要もなさそうだからね」
「?」
「今の耕作様は、およそ1500年前の江蘇省江陰市から呼び寄せた、魂だけの存在だ。だから魂が入るための器、依代が必要だったんだよ」
「依代?」
「そう。依代。人間の魂であれば人間の体を使う。動物の魂であれば同じ動物の体だ。稀に別の器、例えば人形や形代を利用する場合もあるが、失敗する可能性が高くなる。それに、その場合は魂が定着出来ず、長時間維持することも出来ない。一時しのぎだね」
「つまり、僕の魂を入れるために用意した、この体は……」
「そうだよ。人間の肉体だ。それも、死んだばかりの、魂が抜けて間もない肉体でなければならない」
ちょっと待って。今、僕が僕だと思っているこの体は、誰か別人の体で。僕がこの世界に来た時には、既に死んでいたって? さっきのが真実の姿だって!?
「以前の肉体の持ち主は朱雀。先代の朱雀で御座います」
す……ざく……? 朱雀さんの、すざく?
「先代朱雀は、耕作様の魂を招くための器として最適だった。条件は色々あるから、手前には分からないし、説明することは不可能だけどね。八咫鏡が選んだ最適な器、それが先代朱雀だったんだ」
待って。情報量が多すぎて処理しきれない……僕の脳みそが混乱しているのも気にせず、青龍さんは続けた。
「ひとつ言えるのは、耕作様と背丈が似ていた、という点かな。血液型や遺伝的なもの、それに性格なども影響しているかも知れない。八咫鏡に選ばれた先代朱雀は、迷うことなく使命を受け入れたよ。耕作様の器たるため、死ぬという役目をね」
「なんで……なぜ、死ななきゃならないの!?」
「一つの器に一つの魂」
「え?」
「それが絶対の真理なんだ。この理を曲げることは出来ない。もしこの自然の摂理に逆らった場合……」
「場合?」
「一つの器に一つの魂が入った状態で、生物は安定を保っている。具体的には、例えば人間の場合、基本的な体温が36度から37度の間だ。これが絶対安定の、自然な人間の状態になる」
「へ~」
「ここに二つ目の魂が入った場合、その魂との親和性、結合度、定着度など、また様々な条件によって変わるが……体温が少なくとも数度から、最悪の場合は2倍以上にもなってしまうんだ」
「体温が2倍に? って体温が70度になるって事!?」
「そうだ。稀に起きる、人体発火という現象を知っているかい?」
「聞いた事あるけど……まさか」
「人体発火は、肉体に合わない魂が無理やりその肉体に入り込んでしまった結果、器が超高温になって燃えたもの、と考えられている」
「でも70度じゃ……」
「さっきの例は、あくまで、人間の魂が人間の器に二つ入ってしまった場合だ。それで2倍。ごく稀に3つ以上入ることもあるし、より親和性の低い、例えば他の動物の魂や、何か良からぬものが入り込んでしまえば、2倍どころか5倍、10倍の体温になることもあり得る」
「そうか……それで人体発火が……」
まさか、こんなところで超自然現象について学ぶとは思わなかった。そういう事だったのか!
「話を戻そうか。確実に分かっているのは、その人物の肉体そのもの、身長や体重といった基礎的な情報が、近ければ近いほど良い、ということだよ。耕作様と先代は、身長は似通っていたけど、体格が全然違った。先代はどちらかと言えば痩せている方で、そうだね、手前に似た体格だったかな。だから依代になると決まってからは、耕作様に体型を近付けようと、過食の毎日を送っていたよ」
「泣きながら食べてたって言ってた?」
「そう。先代は太るためだけに、耕作様の依代たるに相応しくなるためだけに、毎日嘔吐を繰り返しながら食事をしていたんだ。嘔吐してしまっては太れないと言って、吐瀉物をそのまま口に運んで。お盆に溢れる吐瀉物を、涙ながらに啜っていたよ」
なんという壮絶な話だろう。満腹で苦しくても泣きながら無理して食べ、それを吐いては、吐いた物まで啜っていたというのだ!
「しかも我々には時間がなかった。もし時間があれば、50キロの体重を100キロまで増やすのも、そこまで難しくはないだろう。しかし時間に追われた手前ども……否、先代は、可能な限り早くと言って。僅かひと月で体重を二倍にしてみせたんだよ」
「見てしまったか」
「え~っと……」
「ですから御覧にならない方が良いと申しましたのに」
「何だったの? 毛人ではないよね?」
「違うよ。鏡には、まだ術を施していない。映っていたのは、耕作様自身の真実の姿だ」
えっ? ちょっと待って。僕自身の姿? いやいや、そんな筈はない。腐りはてた肉、顔。まるでゾンビのようだったじゃないか!
「もう一度、確認するかい?」
「……いや……」
あれが僕自身の姿って……そんな事を言われて、まじまじと見る気にならない。嘘でしょ?
「毛人の前に説明しようか。もう隠し通すことは出来ないし、その必要もなさそうだからね」
「?」
「今の耕作様は、およそ1500年前の江蘇省江陰市から呼び寄せた、魂だけの存在だ。だから魂が入るための器、依代が必要だったんだよ」
「依代?」
「そう。依代。人間の魂であれば人間の体を使う。動物の魂であれば同じ動物の体だ。稀に別の器、例えば人形や形代を利用する場合もあるが、失敗する可能性が高くなる。それに、その場合は魂が定着出来ず、長時間維持することも出来ない。一時しのぎだね」
「つまり、僕の魂を入れるために用意した、この体は……」
「そうだよ。人間の肉体だ。それも、死んだばかりの、魂が抜けて間もない肉体でなければならない」
ちょっと待って。今、僕が僕だと思っているこの体は、誰か別人の体で。僕がこの世界に来た時には、既に死んでいたって? さっきのが真実の姿だって!?
「以前の肉体の持ち主は朱雀。先代の朱雀で御座います」
す……ざく……? 朱雀さんの、すざく?
「先代朱雀は、耕作様の魂を招くための器として最適だった。条件は色々あるから、手前には分からないし、説明することは不可能だけどね。八咫鏡が選んだ最適な器、それが先代朱雀だったんだ」
待って。情報量が多すぎて処理しきれない……僕の脳みそが混乱しているのも気にせず、青龍さんは続けた。
「ひとつ言えるのは、耕作様と背丈が似ていた、という点かな。血液型や遺伝的なもの、それに性格なども影響しているかも知れない。八咫鏡に選ばれた先代朱雀は、迷うことなく使命を受け入れたよ。耕作様の器たるため、死ぬという役目をね」
「なんで……なぜ、死ななきゃならないの!?」
「一つの器に一つの魂」
「え?」
「それが絶対の真理なんだ。この理を曲げることは出来ない。もしこの自然の摂理に逆らった場合……」
「場合?」
「一つの器に一つの魂が入った状態で、生物は安定を保っている。具体的には、例えば人間の場合、基本的な体温が36度から37度の間だ。これが絶対安定の、自然な人間の状態になる」
「へ~」
「ここに二つ目の魂が入った場合、その魂との親和性、結合度、定着度など、また様々な条件によって変わるが……体温が少なくとも数度から、最悪の場合は2倍以上にもなってしまうんだ」
「体温が2倍に? って体温が70度になるって事!?」
「そうだ。稀に起きる、人体発火という現象を知っているかい?」
「聞いた事あるけど……まさか」
「人体発火は、肉体に合わない魂が無理やりその肉体に入り込んでしまった結果、器が超高温になって燃えたもの、と考えられている」
「でも70度じゃ……」
「さっきの例は、あくまで、人間の魂が人間の器に二つ入ってしまった場合だ。それで2倍。ごく稀に3つ以上入ることもあるし、より親和性の低い、例えば他の動物の魂や、何か良からぬものが入り込んでしまえば、2倍どころか5倍、10倍の体温になることもあり得る」
「そうか……それで人体発火が……」
まさか、こんなところで超自然現象について学ぶとは思わなかった。そういう事だったのか!
「話を戻そうか。確実に分かっているのは、その人物の肉体そのもの、身長や体重といった基礎的な情報が、近ければ近いほど良い、ということだよ。耕作様と先代は、身長は似通っていたけど、体格が全然違った。先代はどちらかと言えば痩せている方で、そうだね、手前に似た体格だったかな。だから依代になると決まってからは、耕作様に体型を近付けようと、過食の毎日を送っていたよ」
「泣きながら食べてたって言ってた?」
「そう。先代は太るためだけに、耕作様の依代たるに相応しくなるためだけに、毎日嘔吐を繰り返しながら食事をしていたんだ。嘔吐してしまっては太れないと言って、吐瀉物をそのまま口に運んで。お盆に溢れる吐瀉物を、涙ながらに啜っていたよ」
なんという壮絶な話だろう。満腹で苦しくても泣きながら無理して食べ、それを吐いては、吐いた物まで啜っていたというのだ!
「しかも我々には時間がなかった。もし時間があれば、50キロの体重を100キロまで増やすのも、そこまで難しくはないだろう。しかし時間に追われた手前ども……否、先代は、可能な限り早くと言って。僅かひと月で体重を二倍にしてみせたんだよ」
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