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第五章 日々鍛錬 -ひびたんれん-
25 ヤタガラスは、八咫鏡に
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「完璧だ! 解毒の術に関して、もう何も教えることはないよ」
ひと月もかからず、僕は解毒をマスターした。毎日の滝への往復も欠かさない。足や太もも、腰回りの筋肉も付き、滝まで休まず往復出来るようになった。ゆっくり歩くから時間はかかるけど。
「音階に関しても問題ありませんわ。上位の術法の習得に移っても宜しいかと存じます」
「この短期間で2種類も……体が覚えているとはいえ、これは驚異的な速度だよ! さすが八咫鏡が選んだ人物だ」
「そうなの?」
「普通なら祝詞を暗唱して、滝に打たれながら何年もかけて修行するんだ。才なき者は一生かけても会得出来ない。完璧に使えるようになるのは、十人に一人といったところかな」
「へぇ~」
「私も音階を覚えるまで十年かかりましたわ。幼い頃から先代に師事し、毎日術をかけて頂いて体で覚えました。それで十年です。これでも良い方なのですよ。眞代子は未だに覚えられませんからね」
部屋の隅にいる眞代子さんの方を見ながら、朱雀さんはそう言って軽く微笑んだ。ちょっと意地悪な冗談。朱雀さんは今日まで、ずっと僕の面倒を見て、一生懸命に介護してくれた。僕が動けるようになってからは、今度はずっと音階の特訓に付き合って。僕が無事術法を覚え肩の荷が下りたのだろう。いつも「もう時間がない」と繰り返し、焦りの色が見えていた青龍さんも同様だ。柔和な表情が、最近は更に優しく見える。以前は度々、棘のある視線を感じたけど、最近はそれが全くない。
「この調子なら、次の術法もそう時間を必要とせずに覚えられるだろう。時間伸長の術と、認識阻害の術。これらの訓練に移ろうか」
「また祝詞の暗記を?」
「そうだ。別の術を使うには、また別の祝詞が必要になる。ただ今度の術は、少々苦労するだろうね」
それはどういう意味? 難易度が高い術なのか。でもそんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ! はい! OPP! 栞奈を救うために必要というなら、兎に角覚えるしかない。僕には他の選択肢なんてないんだから。
「術法を体得出来るのは十人に一人って言った?」
「そうだよ。それがどうかしたかい?」
「僕は難しい術法も覚えられるんだよね?」
「八咫鏡は間違えないさ」
またそれか~……ヤタガラスは、八咫鏡に縛られているのではないか。呪いをかけられているのではないか。
「眞代子さんは、まだ覚えられないって言ってたけど」
「はい。もしかしたら才がないのかも知れません」
「もし才がなかったら?」
「殺される」
「……は? えっ!?」
「などということはない」
「……ず、ズコー」
リアクションに困る、青龍さんなりの冗談だろうか。一応、大袈裟にコケておいた。場を和ませるための苦肉の策だったけど、反応は今一つ。眞代子さんはクスリとも笑わないし、青龍さんも真顔である。朱雀さんだけは、可笑しそうに口元を袖で覆っている。うん、一人でも笑ってくれたらそれで満足。
「元々、手前どもヤタガラスは、身寄りのない孤児の集まりだったんだ」
青龍さんはそう切り出すと、ヤタガラスについて教えてくれた。
「ヤタガラスがいつ出来たのか、正確には分からない。ヤタガラスは、捨て子や戦災孤児……耕作様の時代には赤ちゃんポスト、などという制度もあったようだね。そうした身寄りのない人間、戸籍のない人間を集め、密かに鍛え育ててきたんだ」
「へえ~」
「術法の適性がある者は代々それを伝え、術法が使えない者は肉体労働をする。屈強な男性なら白虎隊に入って……今の時代では、外の警護や危険生物の排除。石壁や道路の補修も行っている」
「道路の舗装は国がやるのでは?」
「国? ああ、昔はそうだろうね。しかし今のこの世界には、そういう国家事業は機能していない」
「人類は滅亡の危機なんだっけ……」
「今では、一人ひとりが出来ることをやるしかない」
「そっか」
「非力な女性の場合、料理、洗濯、掃除、雑草取り……それに首里城に近く比較的安全な場所で、作物を育てたりもするね」
首里城の中でリハビリをする毎日。それだけでは気付き得なかっただろう。でも今なら、何となく分かる。外に出て、周囲の様子を見て、だんだん分かってきた。話に聞いていた。第三次世界大戦、氷河期の到来、そして人類は滅亡の危機にあると。残っている人間は多くないと。それを実感した。道は綺麗に掃き清められているものの、土や木の枝が剥き出しでボコボコだ。車やバイクなどは1台も見ない。道を少し外れれば樹木が生い茂り、まるでジャングルのよう。沖縄ってそういうものなのかと思ったけど、多分違う。これは手入れをする人員、機材、道具、物資、あらゆるものが不足しているんだ。文明の利器が失われているからだ。そんな極限状態で、みんなそれぞれ出来る事をやり、助け合って生きている。ここは、そういう世界なのだ。やっとそれが分かった。ヤタガラスのみんなは、こんな世界にしてはいけないと、そのために一生懸命になっているのだ、と。
ひと月もかからず、僕は解毒をマスターした。毎日の滝への往復も欠かさない。足や太もも、腰回りの筋肉も付き、滝まで休まず往復出来るようになった。ゆっくり歩くから時間はかかるけど。
「音階に関しても問題ありませんわ。上位の術法の習得に移っても宜しいかと存じます」
「この短期間で2種類も……体が覚えているとはいえ、これは驚異的な速度だよ! さすが八咫鏡が選んだ人物だ」
「そうなの?」
「普通なら祝詞を暗唱して、滝に打たれながら何年もかけて修行するんだ。才なき者は一生かけても会得出来ない。完璧に使えるようになるのは、十人に一人といったところかな」
「へぇ~」
「私も音階を覚えるまで十年かかりましたわ。幼い頃から先代に師事し、毎日術をかけて頂いて体で覚えました。それで十年です。これでも良い方なのですよ。眞代子は未だに覚えられませんからね」
部屋の隅にいる眞代子さんの方を見ながら、朱雀さんはそう言って軽く微笑んだ。ちょっと意地悪な冗談。朱雀さんは今日まで、ずっと僕の面倒を見て、一生懸命に介護してくれた。僕が動けるようになってからは、今度はずっと音階の特訓に付き合って。僕が無事術法を覚え肩の荷が下りたのだろう。いつも「もう時間がない」と繰り返し、焦りの色が見えていた青龍さんも同様だ。柔和な表情が、最近は更に優しく見える。以前は度々、棘のある視線を感じたけど、最近はそれが全くない。
「この調子なら、次の術法もそう時間を必要とせずに覚えられるだろう。時間伸長の術と、認識阻害の術。これらの訓練に移ろうか」
「また祝詞の暗記を?」
「そうだ。別の術を使うには、また別の祝詞が必要になる。ただ今度の術は、少々苦労するだろうね」
それはどういう意味? 難易度が高い術なのか。でもそんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ! はい! OPP! 栞奈を救うために必要というなら、兎に角覚えるしかない。僕には他の選択肢なんてないんだから。
「術法を体得出来るのは十人に一人って言った?」
「そうだよ。それがどうかしたかい?」
「僕は難しい術法も覚えられるんだよね?」
「八咫鏡は間違えないさ」
またそれか~……ヤタガラスは、八咫鏡に縛られているのではないか。呪いをかけられているのではないか。
「眞代子さんは、まだ覚えられないって言ってたけど」
「はい。もしかしたら才がないのかも知れません」
「もし才がなかったら?」
「殺される」
「……は? えっ!?」
「などということはない」
「……ず、ズコー」
リアクションに困る、青龍さんなりの冗談だろうか。一応、大袈裟にコケておいた。場を和ませるための苦肉の策だったけど、反応は今一つ。眞代子さんはクスリとも笑わないし、青龍さんも真顔である。朱雀さんだけは、可笑しそうに口元を袖で覆っている。うん、一人でも笑ってくれたらそれで満足。
「元々、手前どもヤタガラスは、身寄りのない孤児の集まりだったんだ」
青龍さんはそう切り出すと、ヤタガラスについて教えてくれた。
「ヤタガラスがいつ出来たのか、正確には分からない。ヤタガラスは、捨て子や戦災孤児……耕作様の時代には赤ちゃんポスト、などという制度もあったようだね。そうした身寄りのない人間、戸籍のない人間を集め、密かに鍛え育ててきたんだ」
「へえ~」
「術法の適性がある者は代々それを伝え、術法が使えない者は肉体労働をする。屈強な男性なら白虎隊に入って……今の時代では、外の警護や危険生物の排除。石壁や道路の補修も行っている」
「道路の舗装は国がやるのでは?」
「国? ああ、昔はそうだろうね。しかし今のこの世界には、そういう国家事業は機能していない」
「人類は滅亡の危機なんだっけ……」
「今では、一人ひとりが出来ることをやるしかない」
「そっか」
「非力な女性の場合、料理、洗濯、掃除、雑草取り……それに首里城に近く比較的安全な場所で、作物を育てたりもするね」
首里城の中でリハビリをする毎日。それだけでは気付き得なかっただろう。でも今なら、何となく分かる。外に出て、周囲の様子を見て、だんだん分かってきた。話に聞いていた。第三次世界大戦、氷河期の到来、そして人類は滅亡の危機にあると。残っている人間は多くないと。それを実感した。道は綺麗に掃き清められているものの、土や木の枝が剥き出しでボコボコだ。車やバイクなどは1台も見ない。道を少し外れれば樹木が生い茂り、まるでジャングルのよう。沖縄ってそういうものなのかと思ったけど、多分違う。これは手入れをする人員、機材、道具、物資、あらゆるものが不足しているんだ。文明の利器が失われているからだ。そんな極限状態で、みんなそれぞれ出来る事をやり、助け合って生きている。ここは、そういう世界なのだ。やっとそれが分かった。ヤタガラスのみんなは、こんな世界にしてはいけないと、そのために一生懸命になっているのだ、と。
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