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第四章 栞奈獄死 -かんなごくし-
18 そんなにおだてても、ブタは樹に登らないし
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「世界滅亡の経緯について、以前も説明したね」
「うん、聞いた気がする」
「もう一度、簡単に説明すると、核を伴う第三次世界大戦が起きたんだ。社会インフラの完全破壊。その上で氷河期が迫り、人類の大半が餓死、凍死した」
「あ、そう……」
そうですか、としか言いようがない。現実味も何もない。おとぎ話を聞いている気分だ。
「耕作様には、その第三次世界大戦を阻止して貰いたい」
「ンゴ!?」
しまった、まだ「ンゴ」が出てしまった。あまりにも驚き過ぎて、体に染みついたクセが……
「それが出来るのは世界でただ一人。耕作様だけだ」
「僕だけ?」
いやいや。そんなの無理無理。
「はい。全ての条件を満たす人は、耕作様しかおりませんわ」
朱雀も力強く断言する。そんな……僕はただのデブ。何の取柄もない、ただのブタ。運動も、勉強も、何も出来やしない。その僕が?
「冗談でしょ?」
「八咫鏡が、全ての条件を満たす人物として選んだんだ。間違いない」
「鏡が選んだ?」
八咫鏡! おま、何て事をしてくれるんだ!
「そう。全ての条件の中から、最も適した人物として選び出した。あらゆる時、あらゆる人の中で、世界を救うことが出来るのは、耕作様だと」
そんなにおだてても、ブタは樹に登らないし。もう二度と登らないし!
「そう聞いても、耕作様が納得しないのは想定内だよ。だから、今からある映像を見て貰う」
「えっ? 映像……?」
「ああ。これを見れば、耕作様は必ずやってくれると手前は確信している。そのための下準備として、肉体の安定と心魂の定着に全力を注いできた」
そう言うと、青龍さんは徐に立ち上がり、以前と同じように護符と、恭しく八咫鏡を取り出した。もはや僕の意思など無視するかのように。祝詞を読み上げていく。
「オン、ボキャバトゥ、オン、ボキャバトゥ……」
部屋に響く声。
「ノウボウ、バギャバトウ、シュシャ、オン、ロロソボロ、オン、チシュタロ、オン、シャネサラバ……」
八咫鏡が青白い光を放つ。部屋は異様な雰囲気に包まれた。
「アラタサダ、ニエイ、ソワカ!」
青龍さんは八咫鏡を持ち上げると、鏡面を僕に見えるように捧げ持った。
鏡に映し出された映像――それは、あの時のガラスの吊り橋だった。
「耕作様が橋から落ちた、その晩で御座います」
先に見て知っていたのだろう。朱雀がそっと、僕に教えてくれた。辺りは暗いのに、八咫鏡の力でハッキリ見える。人が多い。テープが張られて。その囲いの中にも外にも、数十人の人が集っている。
「事件の後、現場調査が行われたんだ。人が落下死したからね、警察、野次馬……何だ何だと集まってきたんだ」
「そ、そうか……事件なのか事故なのかって……」
「しかしながら、その調査はすぐに終わるんだ」
「そうなの? 事故死って事で片が付いた?」
「いいや、逆だよ。殺人事件として、さ」
なんで!? あの時、あの吊り橋には、誰もいなかった筈だ! 栞奈も言っていたじゃないか。辺りに人がいなくなったよ、チャンスだよ、と。
「防犯カメラです」
「……えっ!?」
「あの吊り橋には、事故防止のためのカメラが設置されており、橋全体を24時間監視していたのですわ」
「そ、そんな……それじゃあ栞奈は!?」
「ああ。では次の映像を見て貰おうか」
映し出されたのはホテルの一室。僕と栞奈が泊まった、あのホテルだ。そわそわと落ち着かない様子の栞奈。吊り橋から戻った後だろうか。部屋を歩き回ったり、ベッドに横になったかと思えば、すぐに起き上がって、携帯を取り出してみたり……栞奈がビクッと大きく反応した。部屋のチャイムが鳴ったようだ。栞奈は出ようか出まいかと迷っている様子。部屋のドアが開くのを待たず、外から鍵を使って部屋に突入したのは、制服を着た数人の警官。栞奈は何か一言二言話すと、大声を上げてパニックに陥っているようだ。暴れる栞奈を強引に取り押さえる。警官はベッドに白い小袋を放ると、栞奈を引き摺りながら部屋を出て行く。
「見て貰ったように、その日の晩、彼女は警察に逮捕されたんだ。そして投獄される」
「と、取り調べは……? 弁護士とか……」
「防犯カメラに、しっかり映っていたからね。彼女は予定を切り上げて、すぐにでも出国、帰国しようとしていたようだけど、警察の方が早く、即身柄を拘束された。そのまま裁判も何もなく、刑務所へ……それも重犯罪者が送られるような場所に入れられたんだ」
「なぜ……」
声を絞り出す。そんな……栞奈が幸せになるのなら、栞奈が望むのなら、僕は殺されたっていい。僕の命なんて惜しくもない。そう思ったのに!
「当時の中華人民共和国では、反日教育の影響で多くの人が反日思想に染まっていた。日本人の犯罪者に人権などない。仮に冤罪であっても、まともな裁判は受けられない。ましてや今回は映像証拠があり、彼女が犯罪者なのは明らかだからね。有罪判決は捕まった時点で確定。覆る可能性なんてないんだよ」
青龍さんは冷たく言い放った。
「うん、聞いた気がする」
「もう一度、簡単に説明すると、核を伴う第三次世界大戦が起きたんだ。社会インフラの完全破壊。その上で氷河期が迫り、人類の大半が餓死、凍死した」
「あ、そう……」
そうですか、としか言いようがない。現実味も何もない。おとぎ話を聞いている気分だ。
「耕作様には、その第三次世界大戦を阻止して貰いたい」
「ンゴ!?」
しまった、まだ「ンゴ」が出てしまった。あまりにも驚き過ぎて、体に染みついたクセが……
「それが出来るのは世界でただ一人。耕作様だけだ」
「僕だけ?」
いやいや。そんなの無理無理。
「はい。全ての条件を満たす人は、耕作様しかおりませんわ」
朱雀も力強く断言する。そんな……僕はただのデブ。何の取柄もない、ただのブタ。運動も、勉強も、何も出来やしない。その僕が?
「冗談でしょ?」
「八咫鏡が、全ての条件を満たす人物として選んだんだ。間違いない」
「鏡が選んだ?」
八咫鏡! おま、何て事をしてくれるんだ!
「そう。全ての条件の中から、最も適した人物として選び出した。あらゆる時、あらゆる人の中で、世界を救うことが出来るのは、耕作様だと」
そんなにおだてても、ブタは樹に登らないし。もう二度と登らないし!
「そう聞いても、耕作様が納得しないのは想定内だよ。だから、今からある映像を見て貰う」
「えっ? 映像……?」
「ああ。これを見れば、耕作様は必ずやってくれると手前は確信している。そのための下準備として、肉体の安定と心魂の定着に全力を注いできた」
そう言うと、青龍さんは徐に立ち上がり、以前と同じように護符と、恭しく八咫鏡を取り出した。もはや僕の意思など無視するかのように。祝詞を読み上げていく。
「オン、ボキャバトゥ、オン、ボキャバトゥ……」
部屋に響く声。
「ノウボウ、バギャバトウ、シュシャ、オン、ロロソボロ、オン、チシュタロ、オン、シャネサラバ……」
八咫鏡が青白い光を放つ。部屋は異様な雰囲気に包まれた。
「アラタサダ、ニエイ、ソワカ!」
青龍さんは八咫鏡を持ち上げると、鏡面を僕に見えるように捧げ持った。
鏡に映し出された映像――それは、あの時のガラスの吊り橋だった。
「耕作様が橋から落ちた、その晩で御座います」
先に見て知っていたのだろう。朱雀がそっと、僕に教えてくれた。辺りは暗いのに、八咫鏡の力でハッキリ見える。人が多い。テープが張られて。その囲いの中にも外にも、数十人の人が集っている。
「事件の後、現場調査が行われたんだ。人が落下死したからね、警察、野次馬……何だ何だと集まってきたんだ」
「そ、そうか……事件なのか事故なのかって……」
「しかしながら、その調査はすぐに終わるんだ」
「そうなの? 事故死って事で片が付いた?」
「いいや、逆だよ。殺人事件として、さ」
なんで!? あの時、あの吊り橋には、誰もいなかった筈だ! 栞奈も言っていたじゃないか。辺りに人がいなくなったよ、チャンスだよ、と。
「防犯カメラです」
「……えっ!?」
「あの吊り橋には、事故防止のためのカメラが設置されており、橋全体を24時間監視していたのですわ」
「そ、そんな……それじゃあ栞奈は!?」
「ああ。では次の映像を見て貰おうか」
映し出されたのはホテルの一室。僕と栞奈が泊まった、あのホテルだ。そわそわと落ち着かない様子の栞奈。吊り橋から戻った後だろうか。部屋を歩き回ったり、ベッドに横になったかと思えば、すぐに起き上がって、携帯を取り出してみたり……栞奈がビクッと大きく反応した。部屋のチャイムが鳴ったようだ。栞奈は出ようか出まいかと迷っている様子。部屋のドアが開くのを待たず、外から鍵を使って部屋に突入したのは、制服を着た数人の警官。栞奈は何か一言二言話すと、大声を上げてパニックに陥っているようだ。暴れる栞奈を強引に取り押さえる。警官はベッドに白い小袋を放ると、栞奈を引き摺りながら部屋を出て行く。
「見て貰ったように、その日の晩、彼女は警察に逮捕されたんだ。そして投獄される」
「と、取り調べは……? 弁護士とか……」
「防犯カメラに、しっかり映っていたからね。彼女は予定を切り上げて、すぐにでも出国、帰国しようとしていたようだけど、警察の方が早く、即身柄を拘束された。そのまま裁判も何もなく、刑務所へ……それも重犯罪者が送られるような場所に入れられたんだ」
「なぜ……」
声を絞り出す。そんな……栞奈が幸せになるのなら、栞奈が望むのなら、僕は殺されたっていい。僕の命なんて惜しくもない。そう思ったのに!
「当時の中華人民共和国では、反日教育の影響で多くの人が反日思想に染まっていた。日本人の犯罪者に人権などない。仮に冤罪であっても、まともな裁判は受けられない。ましてや今回は映像証拠があり、彼女が犯罪者なのは明らかだからね。有罪判決は捕まった時点で確定。覆る可能性なんてないんだよ」
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