伝説の刀鍛冶が包丁を打った理由

武藤勇城

文字の大きさ
上 下
4 / 5

四、「・・・真心です」

しおりを挟む
「おやっさん・・・世話んなっただよう」
 最後まで残っていた弟子が、先刻、この工房に見切りを付けた時、おやっさんの周りには誰も居なくなっていた。

 かつては「名工」と呼ばれていた。
 それがいつしか「妖刀を打つ鍛冶師」へと変わった。
 名声が地に堕ちるのは、あっという間であった。

「もう二度と打たん」

 刀を打つことを完全にやめてから、どれほどの月日が経っただろう。
 かくして弟子は一人もいなくなった。
 工房の周囲には誰も近寄らなくなった。
 蓄えはあったが、働かず酒ばかり飲んでいては、何年も続かない。
 残った僅かな財産を切り売りして暮らす日々だった。

 そんなある日の昼下がり。
 一人の若者がおやっさんの元を訪ねてきた。

―――ドンドン
「御免下さい。どなたかいらっしゃいませんか?」
 ドンドン、何度も扉を叩く音がする。
「御免下さーい!」
「・・・いねえよ」
「なんだ、いるじゃないですか」
 笑いながら扉を開けたのは、六尺 (百八十センチメートル) はあろうかという大男であった。
「包丁を一本、所望したいのですが」
「包丁なら、通りを出て二十余軒先の金物屋に行くがよい」
「そうではなくて。腕利きの鍛冶師と聞いてやって参りました。特別な包丁を一本・・・」
「帰れ帰れ! ワシはもう打たん!」
 みなまで聞かず、おやっさんは大声を出すと、驚いた表情を浮かべる若者を押し出すようにして扉を閉めた。
 ドンドン。
 それから暫く、扉を叩く音と、何やら外で声がしていたが、おやっさんは布団に包まってそのまま寝てしまった。


―――夢を見ていた
 トンカンカン
 鍛冶場に鳴り響く鎚の音
 たくさんの弟子たちが所狭しと鎚を振るう
「おやっさん! 見てくれよう。良い出来だろう? 傑作だよう」
「なあに、まだまだじゃあ! もっと精進せい」
「ちぇッ、たまには褒めてくれても良いだよう」
 笑い声が響き渡る―――


 目を覚まして身を起こす。
 変な時間に眠ってしまったせいで、外はまだ明るかった。
 厠へ行こうと扉を開けると、すぐ外で、あの若者が座っていた。
 若者は、おやっさんの姿を見るなり、姿勢を正して頭を下げた。
 額が地面に着きそうなほど深く。
(まだ居ったのか)
 その目の前を、内心では驚きながらも、おやっさんは知らん顔で通り過ぎた。

 日が落ちて真っ暗になっても、若者は帰る気配がない。
 窓からそっと覗き見れば、家の前にどっかと座り込んだまま、目を閉じてうつらうつらしているようだ。
 夜は冷える。
 このままでは熱を出して倒れかねない。
 手を差し伸べるべきか?
 いや、勝手に来て、迷惑も考えずに人の家の前に座り込んでいるのだ、あの若者の方が悪いに決まっている。
 そう結論を出すと、行燈の火を吹き消して布団に入った。
 外の様子は気になるが、明りも消えたことだし、そのうち帰るだろう。


 二日。三日。
 若者は時々、どこか用を足しに行くか、飯でも食べてるのだろう、不意に居なくなる時はあるが、それ以外はずっと家の外で待ち続けていた。
 おやっさんが通る度、黙って頭を下げて、声がかかるのを待っている様子。
 それでも声をかける機会を逸したおやっさんは、無言でその目前を通り過ぎた。

 四日。五日。
 若者の目の周りには真っ黒な隈が浮かび、寒さのあまり小刻みに震えている。
 死相。
 そう呼んでも良いほど、顔は土色になった。

 六日目の夜。
 小雨が降り、寒さは一段と増した。
 雪になるほど冷え込みはしなかったが、家の中に居ても凍えそうなほどである。
 編み笠のようなものを持っていない若者は、冷たい雨に打たれながらも、家の外でずっと座り込んでいた。

「この雨じゃあ。入りなさい」
 おやっさんは遂に根負けすると、寒さに震える若者を招き入れた。
 半刻ほど囲炉裏の前で震えていただろうか。
 濡れた着物が渇き、若者が落ち着くのを待ってから、おやっさんは優しく声をかけた。

「そこまでして、包丁を欲する理由は何かね?」
「私的な、理由です」
「聞こう」
「・・・言えませぬ」
「何故じゃあ?」
「・・・話したら、包丁を打って頂けますか」
「理由に依る」
「そうでしょう。ならば話せませぬ」
「どういう事じゃあ?」

 男は、暫く考え事をしている様子であった。
 おやっさんは湯を啜りながら、若者が話すのをジッと待った。
 軈て若者は、ポツリ、ポツリと話し始めた。
「・・・真心です」
「真心とな?」
「・・・はい。包丁は、真心を以って打って頂きたく」
「どういう事じゃあ?」
「・・・理由を話せば、打つかも知れぬと」
「ああ、そう言った」
「・・・なればこそ、話せませぬ」
「じゃから、どういう意味じゃあ?」
「・・・同情で打って頂く訳には参りませぬ」
「話を聞けば、同情するやもしれぬと、それを危惧しておるか」
「はい」
「ふむぅ・・・」

 それきり、二人は黙り込んでしまった。
 囲炉裏の火だけが、時折パチパチと音を立てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

慶安夜話

MIROKU
歴史・時代
慶安の江戸に現れた死者の行列。剣客の忍足数馬は死者の行列に挑むも、その魔性に引きこまれた。次いで死者の行列は遊女の店が並ぶ通りに現れた。そこには人斬りとあだ名される用心棒の蘭丸がいた…… 江戸を包む暗雲に蘭丸は挑む。かたわらの女が穏やかに眠れるように。

下級武士の名の残し方 ~江戸時代の自分史 大友興廃記物語~

黒井丸
歴史・時代
~本作は『大友興廃記』という実在の軍記をもとに、書かれた内容をパズルのように史実に組みこんで作者の一生を創作した時代小説です~  武士の親族として伊勢 津藩に仕える杉谷宗重は武士の至上目的である『家名を残す』ために悩んでいた。  大名と違い、身分の不安定な下級武士ではいつ家が消えてもおかしくない。  そのため『平家物語』などの軍記を書く事で家の由緒を残そうとするがうまくいかない。  方と呼ばれる王道を書けば民衆は喜ぶが、虚飾で得た名声は却って名を汚す事になるだろう。  しかし、正しい事を書いても見向きもされない。  そこで、彼の旧主で豊後佐伯の領主だった佐伯權之助は一計を思いつく。

慶安夜話 ~魔天の城~

MIROKU
歴史・時代
慶安の江戸、人生に絶望した蘭丸は人知を越えた現象に遭遇し、そして魔性を斬る者となった。ねねと黒夜叉、二人の女に振り回されつつも、蘭丸は大奥の暗き噂を聞き、江戸城の闇に潜む魔性と対峙する……

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

通史日本史

DENNY喜多川
歴史・時代
本作品は、シナリオ完成まで行きながら没になった、児童向け歴史マンガ『通史日本史』(全十巻予定、原作は全七巻)の原作です。旧石器時代から平成までの日本史全てを扱います。 マンガ原作(シナリオ)をそのままUPしていますので、読みにくい箇所もあるとは思いますが、ご容赦ください。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

処理中です...