伝説の刀鍛冶が包丁を打った理由

武藤勇城

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二、「号外! 号外! 出たんだよ! 人斬りだよー!」

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「号外ー! 号外だよー!」
 朝から慌ただしい。
 何かと思い、おやっさんが部屋を出ると、通りでは藁半紙を配りながら歩く小童の姿があった。
「号外! 号外! 出たんだよ! 人斬りだよー!」
 藁半紙を受け取り、部屋に戻って広げると、凶刃を手にしたおどろおどろしい男の挿絵と、事件のあらましが描かれていた。
 数日前、河原に浮かんだ男女の死体。
 その犯人は、どことも知れぬお侍だったとか。
 夜中で目撃者は少なかったが、現場から走り去る怪しい影を見た者がいた。
 その辺の落ち武者や素浪人とは思えない、立派な着物を纏い、深く被った編み笠が特徴。
 暫くの間は、夜の外出は控えるよう、注意を促す内容であった。
「やれやれ、戦が終わるというのに、物騒な事じゃあ」
 おやっさんは、読み終わった藁半紙をポイと投げ捨てると、妨げられた昼寝の続きを楽しんだ。

 それから三日と経たぬ間に、また同様の事件が起きた。
 今度はまだ日が落ち切らぬ夕刻で、目撃者も多かった。
 通りを歩く立派なお侍さんに、遊んでいた子供がぶつかってしまったという。
 その瞬間、腰の長物を抜き払うと、
「切り捨て御免!」
 一刀の下に子供を斬り伏せたそうだ。
 慌てて走り寄った母親が抗議の声をあげると、血の滴るその刃で女の細首も一刀両断。
 周囲の人目を気にする様子もなく、何度か刀を振って血の滴を払い、何事もなかったかのように悠々とその場を去ったそうだ。

「聞いたか?」
「ああ、また出たらしいな」
「しかもお偉い所の侍様らしいぞ」
「奉行も手出しできないってなあ」
「この周辺で二件、他の場所では何件も出ているらしい」
「町民は武器も持てないのに、目を付けられたらえらい事だ」
「ああ、恐ろしや、恐ろしや」

 噂話は瞬く間に広がり、おやっさんの耳にも入った。
 回ってきた人相書きを見て、おやっさんは目を見開いた。
 それは刀の製作を依頼してきた、あの武将と瓜二つであったのだ。

「こうしちゃあ居れん」
 人相書きを手に、おやっさんは慌てて武将の居住区を訪れた。
 童が出たが、今は留守にしているという。
 用向きを問われたが、何とも答えにくいので、
「また来る」
 とだけ言い残して、その日は収穫なく帰るしかなかった。

 それから数日、何度訪れても留守だという。
 どうも避けられているのではないか?
 そう感じ始めていた、ある日。
 武将の使いと言って、逆に童が訪ねて来た。

「御屋形様のお言葉を伝えます!」
「おお、そうか。ご苦労なことじゃあ」
「度々の訪問痛み入る! 今は心の病気にて、毎日臥せっておる。面会は出来ぬ故来訪は控えられたし! ・・・以上です!」
「はて・・・確か留守と言っていたはずじゃが」
「御屋形様からは、以上です!」
 もう一度、そう告げると、童は逃げるように走り去った。


 それからも辻斬り事件は続いた。
 人目のある時間に堂々と行われる事件は減った一方で、夜間に人知れず行われる辻斬りが後を絶たない。
 誰が、なぜこんな事を?
 世間は、そんな噂で持ち切りであった。

 犯人は、あの武将に違いない。
 おやっさんは、それを確信していたが、本人に話を聞くことが出来ない。
 時間をおいて訪問しても、常に居留守であった。

「まさか、あの日打った刀で、人を斬っているわけじゃあなかろうな?」
 そんな疑惑が日に日に濃くなっていった、ある日。
 件の武将が、遠征で暫く留守にするという。
 上京して帰参するまで、おおよそ二十日から二十五日。
 供周りも皆連れて行くので、その間、留守を預かるのは童が一人のみになる。

「忍び込むかあ」
 武将の屋敷に飾ってあるという、影打を調べる。
 実物を見れば、人を斬った刀かそうでないかは一目瞭然である。
 武将が出立して五日目の夜。
 頭巾を被って顔を隠すと、おやっさんは武将の家の塀を乗り越えた。

 部屋の場所は分かっている。
 暗闇でジッと息を殺し、ひと気がないのを確かめてから、童に気付かれぬようそっと足音を殺して屋敷に侵入した。
 童が寝ているであろう寝室の前は、特に足音を立てぬよう注意して、すり足で通り過ぎた。
 居間の前でもう一度、息を殺して様子を窺い、間違いなく誰もいないのを確かめてから、ふすまを開けた。
 月明かりを頼りに、壁際の『有明』を手に取った。
 柄には微かに埃が積もっていて、長い間抜いた形跡はない。
 少しホッとしながら、刀を抜いてみたが、闇夜の中では、正確なところは分からなかった。
 持参した偽物の刀と入れ替えると、『有明』を抱えてその場を離れた。

 夜が明けた。
 昨晩はよく眠れなかったのか、真っ赤な目を擦りながら、おやっさんは鍛冶場の方へ向かう。
 刀身を隅々まで調べたが、綺麗に磨き上げた刀身には一点の曇りもなかった。
「この刀は・・・間違いない。人を斬った事なぞ、一度もないものじゃあ」

 疑いは晴れた。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 少しでも疑った自分が恥ずかしい。
 翌晩、刀を元の位置に戻すと、おやっさんは今ここにいない持ち主に向って、深々と頭を下げたのだった。

 しかし、そうなると、辻斬りの犯人は誰なのだろう?
 武将が面会してくれなかったのは、後ろめたいからではなかったのか。

 武将が出立してから十日が経ち、二十日経ち、三十日を前に一行が戻って来るまで、付近で頻繁に起きていた辻斬りは、すっかり影を潜めていた。
 巷の辻斬りの噂は、もう誰もしなくなり、忘れられていった。

 しかし、武将一行が戻った翌朝。
「号外ー! 号外だよー! 人斬りだよー!」
 ひと月あまり、すっかり鳴りを潜めていた辻斬りであった。
 それも武将一行が戻った途端にである。
 巷でも、あの武将が怪しい、いや武将ではない、その連れの誰かに違いないと、またその噂で持ち切りになった。

「聞いたか?」
「ああ、まただってえな」
「今月に入って、もう四人目だべさ」
「恐ろしや~」
「辻斬りの持つ刀は、犠牲者の血を吸って紅く輝いていたそうな」
「あそこにある、今は使われなくなった鍛冶場で作られた刀らしいぞ」
「まことか!?」
「腕利きの鍛冶師の打った刀でなけりゃ、そんなにゃ斬れん。それが証拠じゃな!」
「あな、恐ろしや、恐ろしや」

 それからも度々、夜に人知れず惨殺されるという事件が相次いだ。
 身分の高い武士、特に上様に近いと噂される人物である。
 奉行の取り調べは一向に進まず、犯人が検挙されることもなく、ただ夜間の外出は控えるように、お触れが出されたのみであった。
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