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「じゃあ、藤永さんが単独で調べていた容疑者の一人が千乃をどうかした——あなたはそう考えているんですね」
 予約の客が一人来店し、早々に受付を済ませた後、施術を來田に任せた八束は、待合室へと移動し、藤永へ確認するよう聞き返していた。

「苫田——ここではアユムと呼ばれていたか。彼から聞いた話の中でやつの存在がどうしても気になった。だが、証拠も根拠もないのに組織は動かせない、だから個人的に調べようと思ったんだ」
「アユムさんが何と言ったか、あなたがその言葉の何に引っかかったのか、素人の俺には分からない。ただ、なぜ千乃がそいつ——その柊って人間と一緒だと藤永さんは思うんですか」
 不安顔の藤永に、八束は問いただした。

「言葉では上手く説明出来ないな。刑事特有の『勘』のような、そんなドラマみたいな言葉で纏めようとも思ってもいない。ただ——」
「ただ?」
「ただ由元の言葉が引っかかった。手負蛇なんておどろおどろしい言葉を吐き、蛇を半殺しにして捨ておけば、その日の夜に家まで復讐しに来るなんて、何かの暗示のようで。それがささくれのように気になった。それに柊が害者と一緒にいるのを見た人もいる。だが証拠はないんだ」

「証拠がない——だったら、千乃がその人と一緒にいるかどうかも分からないんじゃないですか?」
「千乃に関して、俺が引っかかってるのはそこじゃないんだ。俺の素性が——刑事だってあいつが知ってしまったことだ。俺がマレフィセントに行ったのがバレて、次のターゲットに千乃を選んだのかも知れない」

「どう言うことです? 藤永さんはわざわざ自分が刑事だって自己紹介でもしたんですか」
「眞秀——弟だよ俺の。千乃はこの前、眞秀と美術館に行っている。そこで偶然、二人は由元と会ったんだ。そして千乃は聞かれたはずだ、眞秀が誰なのかも」

 思い詰めた表情の藤永を凝視し、八束は彼の言葉の意味を理解した。
 藤永が刑事だと知った柊が、千乃をどうかしたとするなら、それは柊が事件の容疑者である可能性が高いと言うことなんだと。

「でも、藤永さんの職業は話してないのかも——」
「だったらなぜ千乃と連絡が取れないんだっ」
 藤永が激しくテーブルにこぶしを叩き付け、その振動で湯呑みが倒れてしまった。
「藤永さん……」
 宥めるよう藤永の肩へ軽く刺激を与えると、八束はテーブルの上で四方に広がる緑茶を布巾で拭った。

「すまない……」
「珍しいですよね、藤永さんがそんなに狼狽るのって」
 打ち拉がれた顔を手で覆い、ソファの背に体重を預ける藤永がふと、天井へと視線を向けている。探し出す手立てが思い付かないでいる藤永と同じように、八束も考えられる限りのことを模索していた。

「——由元のマンションには誰もいなかった。アトリエとして使用している場所も不在だった。そこは由元が育った町で、母親が柊を託した親戚の家がある。今はもう、離散してその家には誰もいないみたいだ。他の刑事が行ってみたが、暫く張ってても由元は帰っては来なかったらしい」
「……家族もいないんじゃ、その由元って人を知る人間は誰もいないんでしょうか」
「身内はいな——いや、母親がいるはずだが、行方がわからない。関係者には今伏見が当たってる、美術商とか、千乃達も行った個展の来客とか。何か分かったら連絡がある」
「……藤永さん、今まで殺された人と千乃に共通点って——」
 言いかけた八束は、真正面から鋭い眼光を向けてくる藤永に萎縮した。同時に八束の脳裏で、記憶に残る笑顔を思い出させる。
「思い出したか」
「イヴ……さん……」

 彼女——いや、彼の普段の姿は男の肢体を女性の格好で纏っていた。だが、施術するときの姿は、肌を露わにする無防備な姿になる。華奢で中性的な顔でも身体は青年だった……。
「苫田の話ではイヴは殺害される少し前から、ずっと男のなりをしていたそうだ。それは苫田との別れを意識してたからかもしれない。それに、被害者が若い男と言う意外にも共通点があるんだ」
「共通点?」
「……害者の髪はみんな茶系だった。それに全員が中性的な、可愛らしい顔の男性だ」
「茶系……可愛いって、でもそれだけで」
 八束の頭には、栗色の髪をピンで留める仕草の千乃が浮かんでいた。

「断定は出来ない。でも千乃の雰囲気も犯人の趣向に当てはまるんだ」
「趣向……そんな、たったそんなことだけで千乃が……」
 否定したい藤永の仮説を跳ね返すよう、八束が声を荒げた時、藤永のポケットから呼び出し音が鳴り響いた。

「もしもし、何か分かった——ああ、そうか。山脇に話し聞けたか。で、他には——ああ、分かった、リストを俺のスマホに送っといてくれ。そうだ、今縷紅草にいる」
「伏見さんからですか」
 重い溜息を吐いて通話を終了させた藤永に、押し迫るよう八束は話の内容を欲した態度を見せた。

「アートディーラーの山脇と言う男に、由元の上客を聞くことが出来た。リストももうすぐ届く——ああ、きたな」
 藤永がスマホを操作しているのを肩越しに覗き見ると、藤永の指が画面の上で止まっている。固まった指先の下にある文字を見つけ、八束は息を呑んだ。

「こ、この仁杉晴臣って……千乃の親父なんじゃ——」
「知ってるのか——って、知ってるか、あんたは。千乃から昔の家族の話を聞いてたりするんだろうからな」
 どこか棘のある言い回しをする藤永が気になりつつも、こんな形で仁杉の存在を再び知ることで、八束の中に一抹の不安がよぎった。

「千乃は知らないだろうな、親父さんがその人の客だなんて——」
「いや、知ってる。この間、奴の個展会場で会ったらしい」
「ええっ、会ったんですか。千乃……何も言ってなかった」
 千乃の受けた過去の出来事が走馬灯のように脳裏を巡り、八束は自分の息子が生死を彷徨っていたにも関わらず、自身の立場を守る事にしか興味のない男の顔を思い出した。

「嶺澤さん、あんたは昔、千乃があの家でどんな立場だったのか、知ってるんだな」
「立場……か。そんな生優しいもんじゃない。千乃はあの家で息子どころか、人として扱ってもらってなかったんだ」
「……どう言うことだ。家の者から邪険にされていたのは、眞秀から聞いていた。でもそれだけじゃないのか。千乃はあの家でどんな目に遭ってたんだ、嶺澤さん教えてくれ!」
 弾かれるように立ち上がり、藤永から両手で腕を掴まれた強さに八束はたじろいだ。
 痛いほど掴んでくる手の力で、藤永が千乃に対し特別な感情を持っていることに気付いた。

「……時間大丈夫なんですか」
「ああ、伏見がここに来るまでなら」
 藤永の筋張った手を腕から剥がすと、八束は自分を含め、幼い千乃にして来た大人達の愚行を語り出した。
「……昔、俺が医者をやってたのは刑事さんなら調べてますよね」
 八束の質問に、藤永は無言で頷き、続けてなぜ辞めたのかと聞かれた。
 小さく溜息を吐き出すことで話す糸口にし、八束は千乃との出会い、医療ミス、妻の死に千乃を巻き込んでしまったことを全て話した。
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