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「幡仲の動向を監視してますけど、至って普通ですね。毎日決まった時間に電車に乗って大学へ行き、授業をこなして夜帰宅する。たまにジムへ行くくらいで、特にどこへ寄るわけでもなく凡庸な毎日ですね」
「そうだな。それより由元のアトリエの場所は分かったのか。住居のマンションとは別だったろ」
行き詰まっている捜査に覇気を込めようと仕事を忘れ、藤永は職場近くの居酒屋で後輩を労おうとしたが、話す内容はやはり事件のことに偏ってしまう。
「はい、福寿さん達が行ってきたそうですけど、アトリエの場所を知ってる人間がアートディーラーの山脇だけで、絵画の引き渡しなどは市内のマンションしか使ってないそうです。作業場所を秘密にするなんて、芸術家ってのは繊細なんですかね」
「繊細……ね。あいつはそんなタマには見えなかったがな。他に情報は見つかったか」
「いえ、これといって何も変わったところはなかったそうです。作業中だったのか、えらく不機嫌だったそうですけど」
「不機嫌ね、いい身分だよ。容疑をかけられている自覚はあるのか、あいつは」
「いっそのこと、あんな証拠がなかった方が、状況証拠で由元をしょっぴけたかもしれないのに。くそっ」
悪態を吐きながら、追加注文をする伏見が何か思い出したよう眉間にシワを寄せている。
まだ事件がらみの話があるのかと、グラスを空にした後に聞いてみた。
「先週の金曜日、俺非番だったじゃないですか」
「ああ、だな。それが?」
「本屋に用事があって出かけたんです、ゆき君の大学の近くまで。そしたら、そこへ丁度ゆき君が大学から出て来たんですけど、門のところで男に声をかけられて。で、そのままタクシーに乗ってったんですよ」
「男?」
「はい。遠目だったから誰かは分からなかったんですけど、サングラスもかけてたし。雰囲気が八束さんっぽかったから、彼かなってそん時は思ったんですけど、ちょっと雰囲気が違ってたような……」
「嶺澤さんか。にしても珍しいな、タクシーなんて。千乃は節約家だから、勿体ないって乗らないんだけど」
新しく運ばれたビールを口にしながら、藤永は首を傾げた。
「八束さんがサングラスしてるとこ、見たことなかったから、見間違いかもしれませんけど気になっちゃって」
「ふーん」
「それにしても先輩。ゆき君が節約家なことよく知ってますね。弟さんの友達で昔から知り合いとはいえ」
「あ、ああ。まあ……な」
唐揚げを頬張り、ビールを流し込んではくだを巻く伏見をよそに、藤永の頭の中は千乃のことで一杯になっていた。
誰と一緒だったんだ……。しかもタクシーに乗るなんて。
人差し指を折り曲げ、節を唇に当てがいながら、黙考した。
大学の外で会うなら友達じゃないだろうし、ましてや八束が、わざわざタクシーで大学へ来ることにも違和感がある。
今すぐ千乃の部屋に行って確かめたい衝動に駆られたけれど、目の前の子犬に噛みつかれるのは面倒だ。あとで連絡してみようと自分を諌めたが、千乃を監視しているようで気が引け、悶々とした気持ちはビールと一緒に流し込んだ。
「それより先輩、由元のアトリエには山脇しか出入りしてないけど、マンションには人の行き来はありますよね。そこで例のアレ、入手したんじゃないっすかね」
今度はちまちまと枝豆を口に入れ、会話の軌道を修正する伏見に倣い、藤永も思考を元に戻した。
「自分以外の精液を入手できそうな人間か。部屋にウリ専でも呼んだか、まさか山脇のをってことはないだろう」
「あの明らかに、附和雷同な人。彼のはさすがにないでしょう」
「だろうな。奴の口は空気より軽そうだし」
アルコールで体の熱くなった藤永は、ジャケットを脱ぎ畳の上に置くと、両手を上に掲げて思いっきり伸びをした。
「それにマンションの防犯カメラでは、商売目的のそれらしい男が出入りしている様子はなかったらしいっす。來田君も苫田も今のところ何も出てこないし。でも、精液を手に入れるなら來田君のが可能なのか……」
「いや、その可能性は低いだろうな」
「えっ、どうしてですかっ」
容疑者の誰とも繋がらないDNAの存在。
犯人は自分から目を逸らさせるため、赤の他人のモノを残して偽装して去る筋書き。その線で洗い直そうとしていた伏見が食いついてくるから、テーブルの上のグラスが振動で倒れそうなくらいに伏見が立ち上がって叫んだ。
「ちゃんと座れ。他の三人も同じだ。アレを犯行前に手に入れ、それを保管するのは手間もかかるし、苫田は基本女性を好む。害者にぶちまける程のモン手に入れるには無理があるだろう」
汗をかいたグラスの水滴を指でなぞりながら、藤永はワンコをひと睨みした。
「じゃぁ、あの四人以外に容疑者がいるってことですか。あの残った証拠と同じDNAを持つ人間が。指紋も、防犯カメラの映像にも映っていない、別の人間が」
証拠があるにも関わらず、犯人に辿り着けないもどかしさに苛立ちが増し、伏見が煽るようにビールを流し込んでいる。
「四人以外……か。次の犠牲者が出る前に何とかしないとな」
防犯カメラに残る人物達と、残された精液。この二つで犯人逮捕は時間の問題だと侮っていた。
合致しない残留物に当てはまる容疑者が他にもいるのだとしたら……。
幾重にも分岐した道で、多岐亡羊な状態に悩ませられながら、藤永は酔倒れそうな伏見を横目に、膨らむ矛盾に懊悩した。
「そうだな。それより由元のアトリエの場所は分かったのか。住居のマンションとは別だったろ」
行き詰まっている捜査に覇気を込めようと仕事を忘れ、藤永は職場近くの居酒屋で後輩を労おうとしたが、話す内容はやはり事件のことに偏ってしまう。
「はい、福寿さん達が行ってきたそうですけど、アトリエの場所を知ってる人間がアートディーラーの山脇だけで、絵画の引き渡しなどは市内のマンションしか使ってないそうです。作業場所を秘密にするなんて、芸術家ってのは繊細なんですかね」
「繊細……ね。あいつはそんなタマには見えなかったがな。他に情報は見つかったか」
「いえ、これといって何も変わったところはなかったそうです。作業中だったのか、えらく不機嫌だったそうですけど」
「不機嫌ね、いい身分だよ。容疑をかけられている自覚はあるのか、あいつは」
「いっそのこと、あんな証拠がなかった方が、状況証拠で由元をしょっぴけたかもしれないのに。くそっ」
悪態を吐きながら、追加注文をする伏見が何か思い出したよう眉間にシワを寄せている。
まだ事件がらみの話があるのかと、グラスを空にした後に聞いてみた。
「先週の金曜日、俺非番だったじゃないですか」
「ああ、だな。それが?」
「本屋に用事があって出かけたんです、ゆき君の大学の近くまで。そしたら、そこへ丁度ゆき君が大学から出て来たんですけど、門のところで男に声をかけられて。で、そのままタクシーに乗ってったんですよ」
「男?」
「はい。遠目だったから誰かは分からなかったんですけど、サングラスもかけてたし。雰囲気が八束さんっぽかったから、彼かなってそん時は思ったんですけど、ちょっと雰囲気が違ってたような……」
「嶺澤さんか。にしても珍しいな、タクシーなんて。千乃は節約家だから、勿体ないって乗らないんだけど」
新しく運ばれたビールを口にしながら、藤永は首を傾げた。
「八束さんがサングラスしてるとこ、見たことなかったから、見間違いかもしれませんけど気になっちゃって」
「ふーん」
「それにしても先輩。ゆき君が節約家なことよく知ってますね。弟さんの友達で昔から知り合いとはいえ」
「あ、ああ。まあ……な」
唐揚げを頬張り、ビールを流し込んではくだを巻く伏見をよそに、藤永の頭の中は千乃のことで一杯になっていた。
誰と一緒だったんだ……。しかもタクシーに乗るなんて。
人差し指を折り曲げ、節を唇に当てがいながら、黙考した。
大学の外で会うなら友達じゃないだろうし、ましてや八束が、わざわざタクシーで大学へ来ることにも違和感がある。
今すぐ千乃の部屋に行って確かめたい衝動に駆られたけれど、目の前の子犬に噛みつかれるのは面倒だ。あとで連絡してみようと自分を諌めたが、千乃を監視しているようで気が引け、悶々とした気持ちはビールと一緒に流し込んだ。
「それより先輩、由元のアトリエには山脇しか出入りしてないけど、マンションには人の行き来はありますよね。そこで例のアレ、入手したんじゃないっすかね」
今度はちまちまと枝豆を口に入れ、会話の軌道を修正する伏見に倣い、藤永も思考を元に戻した。
「自分以外の精液を入手できそうな人間か。部屋にウリ専でも呼んだか、まさか山脇のをってことはないだろう」
「あの明らかに、附和雷同な人。彼のはさすがにないでしょう」
「だろうな。奴の口は空気より軽そうだし」
アルコールで体の熱くなった藤永は、ジャケットを脱ぎ畳の上に置くと、両手を上に掲げて思いっきり伸びをした。
「それにマンションの防犯カメラでは、商売目的のそれらしい男が出入りしている様子はなかったらしいっす。來田君も苫田も今のところ何も出てこないし。でも、精液を手に入れるなら來田君のが可能なのか……」
「いや、その可能性は低いだろうな」
「えっ、どうしてですかっ」
容疑者の誰とも繋がらないDNAの存在。
犯人は自分から目を逸らさせるため、赤の他人のモノを残して偽装して去る筋書き。その線で洗い直そうとしていた伏見が食いついてくるから、テーブルの上のグラスが振動で倒れそうなくらいに伏見が立ち上がって叫んだ。
「ちゃんと座れ。他の三人も同じだ。アレを犯行前に手に入れ、それを保管するのは手間もかかるし、苫田は基本女性を好む。害者にぶちまける程のモン手に入れるには無理があるだろう」
汗をかいたグラスの水滴を指でなぞりながら、藤永はワンコをひと睨みした。
「じゃぁ、あの四人以外に容疑者がいるってことですか。あの残った証拠と同じDNAを持つ人間が。指紋も、防犯カメラの映像にも映っていない、別の人間が」
証拠があるにも関わらず、犯人に辿り着けないもどかしさに苛立ちが増し、伏見が煽るようにビールを流し込んでいる。
「四人以外……か。次の犠牲者が出る前に何とかしないとな」
防犯カメラに残る人物達と、残された精液。この二つで犯人逮捕は時間の問題だと侮っていた。
合致しない残留物に当てはまる容疑者が他にもいるのだとしたら……。
幾重にも分岐した道で、多岐亡羊な状態に悩ませられながら、藤永は酔倒れそうな伏見を横目に、膨らむ矛盾に懊悩した。
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