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焼き鳥屋の近くの駐車場まで肩を並べて歩いていると、藤永が急に立ち止まった。
「真希人さん、どうかしました」
藤永の様子を伺うと、お菓子の家を彷彿させる可愛らしい店をジッと見ている。
「千乃、ケーキ買ってやろうか」
見下ろされて言われた言葉に千乃は戸惑った。
ケーキを買うことではなく、あまりにも藤永の眸が優しく降り注いでいたからだ。
「いらないか? 千乃の好きなチーズケーキもまだ残ってそうだ」
店に近付きガラス扉越しに見る藤永が、おいでおいでと千乃を呼んでいる。
嬉しくてスキップするみたいに追いかけると、二人して店を覗き込んだものだから、レジにいた店員に笑われてしまった。
「食べたいです、いいんですか」
遠慮するなと背中を押され、店の中に入ると、閉店の時間なのでおまけしますよと、さっき笑われた店員にウィンクされた。
「だそうだ。千乃、十個でも二十個でも好きなだけ選べ」
「そ、そんなに食べられませんよ」
嬉しさを隠しながら身を屈め、ガラスケースを覗き込んでいると、藤永が悪戯っぽく笑っていた。
冗談を言ってくれるのがこそばゆくて、どれも美味しそうで迷いますと笑って返した。
藤永の車が千乃のアパートに着くと、膝で大事そうに抱えていたケーキの箱を手に持ち替え、千乃は降車した。
「真希人さん、今日の料理も美味しかったです。ありがとうございました。それにケーキまで。俺、何も返せないのに……」
運転席側へ回って頭を下げると、全開された窓越しに頭をクシャっと撫でられた。
「言っただろ、俺が千乃に何かしたいんだ。メシだけでいいなんて奥ゆかしいこと言うから、俺としては物足りない。もっと、そうだな車が欲しいとか、広い部屋に引っ越したいとか、それくらいは言って欲しいのに」
「く、車って──。それは行き過ぎです。俺はおいしいものを真希人さんと一緒に食べれるだけで十分なんです」
改めて頭を下げた時、手に持っていたケーキの箱に目が止まり、千乃はつい言ってしまった。
「あの、真希人さんさえよかったら、一緒にこのケーキ食べませんか。俺の部屋、狭くて綺麗じゃないけど、珈琲くらいなら用意できます」
我ながら図々しことを言ってしまったと後悔した。なぜなら、藤永の表情が明らかに困惑していたからだ。
「す、すいません。俺ってば何を言ってるんだろ。迷惑でしたよね、仕事も忙しいのに」
「……いや、お邪魔するよ」
藤永が言下に言った。誘ったのは自分のくせに、ひゅっと息を呑んで、藤永を凝視してしまった。駐車場はあるのかと聞かれたから、千乃は道を挟んだところにあるコインパーキングを指差した。
藤永が車を止めている間に千乃は先に部屋へ戻り、大急ぎで片付けた。
日頃から掃除はしているが、それは自分が困らない程度なだけであって、誰かを招き入れる仕様ではない。
窓を開けて淀んだ空気を入れ替え、台所やトイレをチェック。お風呂は──使うわけないかと、チラッとでも思った自分を笑った。
お湯を沸かして珈琲の準備をする。珈琲だけは粉からドリップしたい。といっても、縷紅草で使っているものを分けてもらっているだけだが。
客用のスリッパなどないけれど、千乃用に買って使ってないものを引っ張り出した。玄関に並べたところでインターホンがなる。
ギリギリセーフと安堵し、千乃はドアを開けた。
「真希人さん、すいません。お待たせして」
どうぞと部屋へ案内──と言っても、バストイレ付きのワンルーム。二、三歩ほど歩けばベッドとテレビが所狭しに置いてある部屋に辿り着く。
「綺麗にしているな、千乃は」
「すいません、狭くて。あの、どうぞこのクッション使ってください」
悠介がクレーンゲームでゲットした、クマが描かれているピンクのクッションを差し出しながら、いや、やっぱこれはダメですねと言って背中に隠した。
「なんで。可愛いじゃないか、使うよ」
「だ、だってこんなの。真希人さんに似合わないかなって」
「そうか? ほら、結構似合ってないか?」
背中からクッションを奪われると、藤永が自身の顔の横にクマの顔を並べ、どうだ、似合うだろと言っている。
スーツ姿にピンクのクマ……。違和感があり過ぎて、千乃は吹き出してしまった。
肩を震わせて笑っていると藤永の視線を感じ、千乃は涙目になった目尻を拭いながら、全身で熱っぽい眼差しを受け止めた。
「す、すいません。俺、笑い過ぎだ。なんか、真希人さんがここにいることが嬉しくて、ちょっとテンションが上がってるみたいです」
頭をかきながら苦笑しながら、藤永からジャケットを引き受けると、藤永から預かって鴨居に引っ掛けた。
「俺も嬉しいよ。千乃が笑ってくれるのが。けど、すいませんは言い過ぎだ。さっきから何回も言っている。少なくとも俺には言わなくていい。もし今度聞いたら、そうだな、罰として俺の飯に付き合うこと」
藤永の申し出に、今度は声を荒げて笑ってしまった。
「真希人さん。それは罰じゃないです、ご褒美ですよ、俺にとっちゃ」
腹部を押さえて笑っていると、目の前にいる藤永が心の底から嬉しそうに千乃を見つめている。
あまりにも優しげに微笑まれたから、鼓動が早鐘のように鳴り、心臓が体の外へ飛び出しそうなほどドキドキを実感した。
「あ、お……湯沸いたかな……」
珈琲用に沸かしてあったヤカンが千乃を急かすから、慌てて台所に行って火を止めた。
フィルターに入れてあった粉珈琲に湯を垂らしていると、お湯の滴が跳ね返って千乃の手の甲に当たった。
「熱っ!」
僅かな雫でも熱湯は熱湯。思わず叫んでしまったから、藤永が「大丈夫か」と、慌てて千乃の側に来てくれた。
「平気です。ちょっとお湯の跳ねっ返りが当たっただけなんで」
「ダメだ、冷やさないと。氷か保冷剤はないか」
千乃の手を取って心配そうにする藤永に、千乃は平気ですからと、もう一度言った。
「見てみろ、白い肌に赤い点ができてる。しかも三箇所もだ、お前の仕事は手を使うんだろ? 跡が残ったら困る。すぐに冷やせば治るだろう。ちょっと冷蔵庫見るぞ」
言うより早く藤永が冷凍庫を開けて氷を掴むと、台所の隅にあったスーパーの袋に入れて千乃の手の甲に氷を当てがってくれた。
「すいませ──あ、また」
「言ったな、罰として来週末もメシに付き合えよ」
「だから、それは罰っていいませ──冷たっ」
袋が破れていたのか、体温で溶け出した氷が穴をつたって千乃の腕の中へ侵入してきた。
「氷は溶けるな、保冷剤でもあればいいんだが……」
「あ、それならさっきのケーキに入ってたのは」
「ああ、そうだ、それがあったな」
二人して同じ動きをしたものだから、冷蔵庫の扉を開けて中を覗いた途端、額と額をぶつけてしまった。
「うわ、ごめんなさい。真希人さん、痛くなかったで──」
言い終える前に、千乃の額に藤永の唇が落ちてきた。
突然のことですぐに理解できず、千乃は額に触れられている感触が離れるまで放心状態になっていた。
真希人の形のいい唇が離れると、さっきまでそこにあった温もりを確かめるよう、そっと指で触れてみる。
「……あの、真希人さ──」
呼びかけた名前をまた落ちてきた。さっきと同じ、優しい唇で。
冷蔵庫の前で立ったまま藤永に体を抱き締められると、口付けを続けながら髪を優しく撫でられていく。
ゆるゆると千乃の髪を撫でていた手が頬まで移動し、今度はそこに触れられる。
反対の手が千乃の腰に移動すると、二人の胸の隙間をなくすようグッと引き寄せられ、互いの腰が密着した。
「あの、まき……んっうん……、あふ、あ………」
唇が一瞬離れた隙に名前を呼ぼうとしたけれど、再び蓋をされ、僅かにできた隙間から藤永の熱い舌が侵入してきた。
ちゅ、ちゅと舌を吸われ、口の端から溢れる唾液を舐められる。
頬に添えられていた手は再び頭へ戻ると、後頭部をしっかり掴まれて顔の角度を変えられた。
さっきより深く唇を押し当てられ、声ごと封じ込められてしまう。
口腔内を自由に動き回る舌に翻弄され、下半身の力が抜けてその場に崩れそうになった。
危ない……と、甘い声が耳元で囁くから、脳内がハレーションを起こし、閉じていた瞼を開けようとしても、眩しくて、心地よくて開けられない。
藤永に抱き締められたまま、二人の体はベッドの上に雪崩れ込み、千乃の体の上に藤永の体が覆い被さると、両手首を布団に縫い付けられ再び口付けをされた。
淫靡な音と共にに、頭から喰らうように千乃への口淫が止まらない。
舌で首筋を舐め上げられ、全身がピクッと跳ねた。
真希人さん……、やっぱり憎んでいるのかな、俺を。だからこんなことをするんだ……。これは罰……?
トレーナーの裾をたくし上げられかけた時、堪えていた涙を溢した。
「っすまない。俺は……」
千乃の涙に気付いた藤永が我に返ったように、千乃から体を起こすと、布団に染み込む前の涙を掬ってくれた。
「……やっぱり、俺の……こと、憎いですか」
涙声で問うと、「違うっ」と藤永に抱き締められた。
「だって……こんな……俺のこと……好きでもないのに──」
悲しくて涙が出る。辛くて苦しくて、悔しくて涙が出た。けれど、今頬を伝う涙はそれらとは全然違う。もっと苦しく胸を締め付ける痛みを伴っている。呼吸がうまくできない、心臓が機能しない。そんな感覚に見舞われていた。
「違う、違うんだ、千乃。俺は、お前のことが好き……なんだ」
耳に流れ込んできた言葉は、紛れもなく藤永の声だ。千乃は眸に涙を溢れさせたまま、藤永の顔を見上げた。
「……いま、なん……て」
「好きだよ、千乃が。多分、きっと、初めて会った時から好きだった」
信じられない文字の羅列。一度聞いたくらいでは脳にも心にも到達しない。
何度も、何度も聞きたい。
自分の中で抱えていた、名前のなかった気持ちの答えが見つかった気がするから。
「……真希人さん、もう一回言って欲し……い」
両手を上げて千乃はそっと真希人の頬に触れた。
秀麗な輪郭を手のひらで包み、求めている場所まで連れて行って欲しいと、懇願するように見つめた。
「何度でも言うよ。千乃が好きだ……。ずっと、忘れられなかった。ずっと、眞秀に嫉妬していたんだ」
藤永が笑いかけてくれると嬉しい。反対に、睨まれた時は地獄へ落とされた気分になった。
眞秀に友達宣言されて振られた時も、男達に襲われた時も辛くて苦しかった。それらよりも藤永に憎まれていることは、二度と地上へ戻って来れないかと思うほどの恐怖のどん底を味わった。
二度と自分に微笑みなど与えてくれないと思っていたのに、食事を共にすることまでになった。それだけで十分だったのに、好きだと言ってくれる……。
「真希人さ……ん。俺、言っても、いい? 俺も……」
「言ってくれ。俺だけを見て、甘い声で囁いてくれ。俺だけの、千乃になって欲しいんだ」
藤永の手が千乃の頬に触れ、そのまま指先が唇をなぞっていく。二文字の言葉をそこに教え込むように。
「す……き。好きです……真希人さんが、好き、すき……大好きです……」
望まれた言葉を何度も繰り返すと、涙が堰を切ったように止まらない。
「千乃、千乃、千乃……。お前が家に来いなんて言うから……俺はどれだけ必死でこの感情を押さえていたか……。もう、我慢しない。いいか……?」
切なげに名前を繰り返されながら、再び藤永の胸に抱き締められた。
苦しくなるほど力を込められ、耳には何度も告白を注がれる。
部屋へ誘った時の困惑した表情の意味を知って、千乃は掴んでいたワイシャツにギュッと力を込めた。
合図もないのにお互いの体が同時に離れると、自然と唇が重なる。
唇の次は鼻、こめかみ、首筋と、順に千乃の反応を確かめるように散りばめられた。
トレーナーを脱がされると、真っ白な肌が現れて藤永にそっと触れられる。
桃色の小さな器官を口に含まれると、いやらしい音と共に強く吸われ、腰が浮き上がる。
「あ、ああ。ぁん、そんな……とこ舐めちゃ……」
「ダメだ。今日は千乃に決定権はない。ずっと我慢していたんだ、お前に触れるのを。やっと、やっと俺のものにできる……。いいか、千乃。俺のものになって……くれるか」
甘えるような声で言われたら、嫌とは言えない──いや、そもそも否定の言葉を口にするつもりもない。叶うなら、頭の先からつま先まで藤永に食べて欲しい。
こんなに熱くて疼く思いは、眞秀に恋していた時とは全く別のものだ。
体に感じる重みも熱も、吐息も汗も、何もかもが愛おしい。
「真希人さんの……ものにしてほしい……。俺を……食べて……」
千乃の放った言葉が藤永に火をつけたのか、さっきまでとは別人のように荒々しく体を弄られた。口付けから素肌への愛撫。全身を藤永に預けていると、ズボンを下着ごと脱がされて、既に頭をもたげていた千乃のモノを大きな手で握られた。
「あうん、そこ……触っちゃ……」
訴える言葉は偽りだと、体を使って藤永に伝えている。もっと触って欲しい。もっと、口付けて欲しいと。
「千乃……ゆき、ゆき。俺のだ。可愛い、千乃……」
忙しなく動く藤永の指や唇に気がおかしくなる。固く屹立したモノを激しく扱かれ、甘い声が止まらない。
「……俺……も、する……真希人……さんに気持ちよく……なってほし……」
手を下に伸ばして布越しに触れると、自分のものとは比べものにならない、固くて大きなモノが千乃を欲しがってそそり立っていた。
「……わかる……か。こんなになってるのは、千乃が欲しいからだ。だから、今日はここで俺を気持ちよくしてくれ」
耳元で命令されながら、藤永の手は千乃の小さな窄まりに触れていた。
ふっと体が軽くなり、藤永が上半身を起こすと、「千乃、クリームか何かないか。ハンドクリームでもいい」と、少し荒げた息で言われた。
当てはまるものがあったかなと考えて、あっと小さく声を発してから千乃はベッドから降りると、リュックからハンドクリームを出した。
「店でセラピーをするから、指がカサカサにならないように使ってるものです。これで……いいですか?」
ネロリの香りのチューブを見せると、藤永が、ありがとうと言って受け取ってくれた。
ベッドの上で二人並んで腰掛けると、上半身を向き合わせ、啄むような口付けをした。
ゆっくり体を倒され、シーツの上に寝かされると、今度は深く唇を奪われた。
腫れるんじゃないかと思うほど藤永に吸われると、知らなかった欲望が自分の中に湧いてくる。もっと、もっと気持ちよくなりたい。もっと気持ちよくしてあげたい。
どうすれば藤永が喜んでくれるのか考えていたら、後孔にクリームがついた指が触れたてきた。
「はぅん、ああ、や……そんなに中を……カリカリしちゃ……ダ……メ」
「ちゃんとほぐしとかないと、千乃を傷つける。少し……辛抱してくれよ」
耳を犯すような声で言うから、従うしかなく。千乃はこくこくと頷いてみせた。
藤永の指が小さな窄まりを広げるよう、かき回してくる。触れられていくほどに、頭が真っ白になる場所を見つけられ刺激を受ける。
全身がピクピクと敏感になっていくと、藤永が自身の服を脱いでいる姿がぼんやりと見えた。
引き締まった体が美しく輝いて見え、千乃は触れようと手を伸ばした。
筋肉質な腕に指を這わせると、その手を取られたまま、そこに誓いのような口付けをくれた。
「……千乃、入れるぞ」
快感でうっとりしていると、両下肢を抱えられ硬く熱をもった藤永のモノが窄まりにあてがわれた。
腰が浮いた瞬間、千乃の中にズズっと藤永が入ってくる。
「ああ、あ、くぅん、ああ、いっ……」
「痛いのか、千乃……」
藤永の動きが止まると、たまらず千乃は自分足を藤永の背中に巻きつけた。離れないでと言うように。
「や……めないで、もっと奥……に欲しい」
千乃の許しが与えられると、保っていた理性が切れたように、藤永の抽挿が激しく繰り返される。
「ああん、もう、イい、イク……イッちゃう……くっう、ああっ」
激しい動きに千乃は顎を仰け反らせると、秘部に触れ続けられて我慢できず、白濁を腹の上に勢いよく放った。
「……ゆき、千乃、千乃、好きだっ……」
肌と肌がぶつかる音が激しさを増すと、もう既に達していた千乃の体は、意思に反して藤永を飲み込もうと腰を浮かして、自分の中へと深く、深く誘おうとする。
「も、ゆ……き、そんなに、俺を煽る……な、っく、ああ、最高……だ」
色香を纏わせる声を発すると、藤永が千乃の上に乗っかるように果ててしまった。
しっとりと汗ばんだ肌と肌が重なり、千乃が微睡んでいると、藤永の腕の中へと取り込まれた。
髪を優しく撫でられ、瞼に口付けをされた。
抱擁の快楽を味わうことで幸せを感じ、千乃はそっと上目遣いで藤永の顔を見つめた。
眞秀に近付く、嫌なやつだと、嫌われているとずっと思っていた。けれどそうじゃなかった。反対にずっと千乃を気にかけ、挙句、謝罪までしてくれた。
そして今も、優しく抱き締めてくれてる。好きだと言ってくれた。
この穏やかで温かな腕の中にずっといたい。
千乃は生まれて初めて、『幸せ』を感じていた。
「真希人さん、どうかしました」
藤永の様子を伺うと、お菓子の家を彷彿させる可愛らしい店をジッと見ている。
「千乃、ケーキ買ってやろうか」
見下ろされて言われた言葉に千乃は戸惑った。
ケーキを買うことではなく、あまりにも藤永の眸が優しく降り注いでいたからだ。
「いらないか? 千乃の好きなチーズケーキもまだ残ってそうだ」
店に近付きガラス扉越しに見る藤永が、おいでおいでと千乃を呼んでいる。
嬉しくてスキップするみたいに追いかけると、二人して店を覗き込んだものだから、レジにいた店員に笑われてしまった。
「食べたいです、いいんですか」
遠慮するなと背中を押され、店の中に入ると、閉店の時間なのでおまけしますよと、さっき笑われた店員にウィンクされた。
「だそうだ。千乃、十個でも二十個でも好きなだけ選べ」
「そ、そんなに食べられませんよ」
嬉しさを隠しながら身を屈め、ガラスケースを覗き込んでいると、藤永が悪戯っぽく笑っていた。
冗談を言ってくれるのがこそばゆくて、どれも美味しそうで迷いますと笑って返した。
藤永の車が千乃のアパートに着くと、膝で大事そうに抱えていたケーキの箱を手に持ち替え、千乃は降車した。
「真希人さん、今日の料理も美味しかったです。ありがとうございました。それにケーキまで。俺、何も返せないのに……」
運転席側へ回って頭を下げると、全開された窓越しに頭をクシャっと撫でられた。
「言っただろ、俺が千乃に何かしたいんだ。メシだけでいいなんて奥ゆかしいこと言うから、俺としては物足りない。もっと、そうだな車が欲しいとか、広い部屋に引っ越したいとか、それくらいは言って欲しいのに」
「く、車って──。それは行き過ぎです。俺はおいしいものを真希人さんと一緒に食べれるだけで十分なんです」
改めて頭を下げた時、手に持っていたケーキの箱に目が止まり、千乃はつい言ってしまった。
「あの、真希人さんさえよかったら、一緒にこのケーキ食べませんか。俺の部屋、狭くて綺麗じゃないけど、珈琲くらいなら用意できます」
我ながら図々しことを言ってしまったと後悔した。なぜなら、藤永の表情が明らかに困惑していたからだ。
「す、すいません。俺ってば何を言ってるんだろ。迷惑でしたよね、仕事も忙しいのに」
「……いや、お邪魔するよ」
藤永が言下に言った。誘ったのは自分のくせに、ひゅっと息を呑んで、藤永を凝視してしまった。駐車場はあるのかと聞かれたから、千乃は道を挟んだところにあるコインパーキングを指差した。
藤永が車を止めている間に千乃は先に部屋へ戻り、大急ぎで片付けた。
日頃から掃除はしているが、それは自分が困らない程度なだけであって、誰かを招き入れる仕様ではない。
窓を開けて淀んだ空気を入れ替え、台所やトイレをチェック。お風呂は──使うわけないかと、チラッとでも思った自分を笑った。
お湯を沸かして珈琲の準備をする。珈琲だけは粉からドリップしたい。といっても、縷紅草で使っているものを分けてもらっているだけだが。
客用のスリッパなどないけれど、千乃用に買って使ってないものを引っ張り出した。玄関に並べたところでインターホンがなる。
ギリギリセーフと安堵し、千乃はドアを開けた。
「真希人さん、すいません。お待たせして」
どうぞと部屋へ案内──と言っても、バストイレ付きのワンルーム。二、三歩ほど歩けばベッドとテレビが所狭しに置いてある部屋に辿り着く。
「綺麗にしているな、千乃は」
「すいません、狭くて。あの、どうぞこのクッション使ってください」
悠介がクレーンゲームでゲットした、クマが描かれているピンクのクッションを差し出しながら、いや、やっぱこれはダメですねと言って背中に隠した。
「なんで。可愛いじゃないか、使うよ」
「だ、だってこんなの。真希人さんに似合わないかなって」
「そうか? ほら、結構似合ってないか?」
背中からクッションを奪われると、藤永が自身の顔の横にクマの顔を並べ、どうだ、似合うだろと言っている。
スーツ姿にピンクのクマ……。違和感があり過ぎて、千乃は吹き出してしまった。
肩を震わせて笑っていると藤永の視線を感じ、千乃は涙目になった目尻を拭いながら、全身で熱っぽい眼差しを受け止めた。
「す、すいません。俺、笑い過ぎだ。なんか、真希人さんがここにいることが嬉しくて、ちょっとテンションが上がってるみたいです」
頭をかきながら苦笑しながら、藤永からジャケットを引き受けると、藤永から預かって鴨居に引っ掛けた。
「俺も嬉しいよ。千乃が笑ってくれるのが。けど、すいませんは言い過ぎだ。さっきから何回も言っている。少なくとも俺には言わなくていい。もし今度聞いたら、そうだな、罰として俺の飯に付き合うこと」
藤永の申し出に、今度は声を荒げて笑ってしまった。
「真希人さん。それは罰じゃないです、ご褒美ですよ、俺にとっちゃ」
腹部を押さえて笑っていると、目の前にいる藤永が心の底から嬉しそうに千乃を見つめている。
あまりにも優しげに微笑まれたから、鼓動が早鐘のように鳴り、心臓が体の外へ飛び出しそうなほどドキドキを実感した。
「あ、お……湯沸いたかな……」
珈琲用に沸かしてあったヤカンが千乃を急かすから、慌てて台所に行って火を止めた。
フィルターに入れてあった粉珈琲に湯を垂らしていると、お湯の滴が跳ね返って千乃の手の甲に当たった。
「熱っ!」
僅かな雫でも熱湯は熱湯。思わず叫んでしまったから、藤永が「大丈夫か」と、慌てて千乃の側に来てくれた。
「平気です。ちょっとお湯の跳ねっ返りが当たっただけなんで」
「ダメだ、冷やさないと。氷か保冷剤はないか」
千乃の手を取って心配そうにする藤永に、千乃は平気ですからと、もう一度言った。
「見てみろ、白い肌に赤い点ができてる。しかも三箇所もだ、お前の仕事は手を使うんだろ? 跡が残ったら困る。すぐに冷やせば治るだろう。ちょっと冷蔵庫見るぞ」
言うより早く藤永が冷凍庫を開けて氷を掴むと、台所の隅にあったスーパーの袋に入れて千乃の手の甲に氷を当てがってくれた。
「すいませ──あ、また」
「言ったな、罰として来週末もメシに付き合えよ」
「だから、それは罰っていいませ──冷たっ」
袋が破れていたのか、体温で溶け出した氷が穴をつたって千乃の腕の中へ侵入してきた。
「氷は溶けるな、保冷剤でもあればいいんだが……」
「あ、それならさっきのケーキに入ってたのは」
「ああ、そうだ、それがあったな」
二人して同じ動きをしたものだから、冷蔵庫の扉を開けて中を覗いた途端、額と額をぶつけてしまった。
「うわ、ごめんなさい。真希人さん、痛くなかったで──」
言い終える前に、千乃の額に藤永の唇が落ちてきた。
突然のことですぐに理解できず、千乃は額に触れられている感触が離れるまで放心状態になっていた。
真希人の形のいい唇が離れると、さっきまでそこにあった温もりを確かめるよう、そっと指で触れてみる。
「……あの、真希人さ──」
呼びかけた名前をまた落ちてきた。さっきと同じ、優しい唇で。
冷蔵庫の前で立ったまま藤永に体を抱き締められると、口付けを続けながら髪を優しく撫でられていく。
ゆるゆると千乃の髪を撫でていた手が頬まで移動し、今度はそこに触れられる。
反対の手が千乃の腰に移動すると、二人の胸の隙間をなくすようグッと引き寄せられ、互いの腰が密着した。
「あの、まき……んっうん……、あふ、あ………」
唇が一瞬離れた隙に名前を呼ぼうとしたけれど、再び蓋をされ、僅かにできた隙間から藤永の熱い舌が侵入してきた。
ちゅ、ちゅと舌を吸われ、口の端から溢れる唾液を舐められる。
頬に添えられていた手は再び頭へ戻ると、後頭部をしっかり掴まれて顔の角度を変えられた。
さっきより深く唇を押し当てられ、声ごと封じ込められてしまう。
口腔内を自由に動き回る舌に翻弄され、下半身の力が抜けてその場に崩れそうになった。
危ない……と、甘い声が耳元で囁くから、脳内がハレーションを起こし、閉じていた瞼を開けようとしても、眩しくて、心地よくて開けられない。
藤永に抱き締められたまま、二人の体はベッドの上に雪崩れ込み、千乃の体の上に藤永の体が覆い被さると、両手首を布団に縫い付けられ再び口付けをされた。
淫靡な音と共にに、頭から喰らうように千乃への口淫が止まらない。
舌で首筋を舐め上げられ、全身がピクッと跳ねた。
真希人さん……、やっぱり憎んでいるのかな、俺を。だからこんなことをするんだ……。これは罰……?
トレーナーの裾をたくし上げられかけた時、堪えていた涙を溢した。
「っすまない。俺は……」
千乃の涙に気付いた藤永が我に返ったように、千乃から体を起こすと、布団に染み込む前の涙を掬ってくれた。
「……やっぱり、俺の……こと、憎いですか」
涙声で問うと、「違うっ」と藤永に抱き締められた。
「だって……こんな……俺のこと……好きでもないのに──」
悲しくて涙が出る。辛くて苦しくて、悔しくて涙が出た。けれど、今頬を伝う涙はそれらとは全然違う。もっと苦しく胸を締め付ける痛みを伴っている。呼吸がうまくできない、心臓が機能しない。そんな感覚に見舞われていた。
「違う、違うんだ、千乃。俺は、お前のことが好き……なんだ」
耳に流れ込んできた言葉は、紛れもなく藤永の声だ。千乃は眸に涙を溢れさせたまま、藤永の顔を見上げた。
「……いま、なん……て」
「好きだよ、千乃が。多分、きっと、初めて会った時から好きだった」
信じられない文字の羅列。一度聞いたくらいでは脳にも心にも到達しない。
何度も、何度も聞きたい。
自分の中で抱えていた、名前のなかった気持ちの答えが見つかった気がするから。
「……真希人さん、もう一回言って欲し……い」
両手を上げて千乃はそっと真希人の頬に触れた。
秀麗な輪郭を手のひらで包み、求めている場所まで連れて行って欲しいと、懇願するように見つめた。
「何度でも言うよ。千乃が好きだ……。ずっと、忘れられなかった。ずっと、眞秀に嫉妬していたんだ」
藤永が笑いかけてくれると嬉しい。反対に、睨まれた時は地獄へ落とされた気分になった。
眞秀に友達宣言されて振られた時も、男達に襲われた時も辛くて苦しかった。それらよりも藤永に憎まれていることは、二度と地上へ戻って来れないかと思うほどの恐怖のどん底を味わった。
二度と自分に微笑みなど与えてくれないと思っていたのに、食事を共にすることまでになった。それだけで十分だったのに、好きだと言ってくれる……。
「真希人さ……ん。俺、言っても、いい? 俺も……」
「言ってくれ。俺だけを見て、甘い声で囁いてくれ。俺だけの、千乃になって欲しいんだ」
藤永の手が千乃の頬に触れ、そのまま指先が唇をなぞっていく。二文字の言葉をそこに教え込むように。
「す……き。好きです……真希人さんが、好き、すき……大好きです……」
望まれた言葉を何度も繰り返すと、涙が堰を切ったように止まらない。
「千乃、千乃、千乃……。お前が家に来いなんて言うから……俺はどれだけ必死でこの感情を押さえていたか……。もう、我慢しない。いいか……?」
切なげに名前を繰り返されながら、再び藤永の胸に抱き締められた。
苦しくなるほど力を込められ、耳には何度も告白を注がれる。
部屋へ誘った時の困惑した表情の意味を知って、千乃は掴んでいたワイシャツにギュッと力を込めた。
合図もないのにお互いの体が同時に離れると、自然と唇が重なる。
唇の次は鼻、こめかみ、首筋と、順に千乃の反応を確かめるように散りばめられた。
トレーナーを脱がされると、真っ白な肌が現れて藤永にそっと触れられる。
桃色の小さな器官を口に含まれると、いやらしい音と共に強く吸われ、腰が浮き上がる。
「あ、ああ。ぁん、そんな……とこ舐めちゃ……」
「ダメだ。今日は千乃に決定権はない。ずっと我慢していたんだ、お前に触れるのを。やっと、やっと俺のものにできる……。いいか、千乃。俺のものになって……くれるか」
甘えるような声で言われたら、嫌とは言えない──いや、そもそも否定の言葉を口にするつもりもない。叶うなら、頭の先からつま先まで藤永に食べて欲しい。
こんなに熱くて疼く思いは、眞秀に恋していた時とは全く別のものだ。
体に感じる重みも熱も、吐息も汗も、何もかもが愛おしい。
「真希人さんの……ものにしてほしい……。俺を……食べて……」
千乃の放った言葉が藤永に火をつけたのか、さっきまでとは別人のように荒々しく体を弄られた。口付けから素肌への愛撫。全身を藤永に預けていると、ズボンを下着ごと脱がされて、既に頭をもたげていた千乃のモノを大きな手で握られた。
「あうん、そこ……触っちゃ……」
訴える言葉は偽りだと、体を使って藤永に伝えている。もっと触って欲しい。もっと、口付けて欲しいと。
「千乃……ゆき、ゆき。俺のだ。可愛い、千乃……」
忙しなく動く藤永の指や唇に気がおかしくなる。固く屹立したモノを激しく扱かれ、甘い声が止まらない。
「……俺……も、する……真希人……さんに気持ちよく……なってほし……」
手を下に伸ばして布越しに触れると、自分のものとは比べものにならない、固くて大きなモノが千乃を欲しがってそそり立っていた。
「……わかる……か。こんなになってるのは、千乃が欲しいからだ。だから、今日はここで俺を気持ちよくしてくれ」
耳元で命令されながら、藤永の手は千乃の小さな窄まりに触れていた。
ふっと体が軽くなり、藤永が上半身を起こすと、「千乃、クリームか何かないか。ハンドクリームでもいい」と、少し荒げた息で言われた。
当てはまるものがあったかなと考えて、あっと小さく声を発してから千乃はベッドから降りると、リュックからハンドクリームを出した。
「店でセラピーをするから、指がカサカサにならないように使ってるものです。これで……いいですか?」
ネロリの香りのチューブを見せると、藤永が、ありがとうと言って受け取ってくれた。
ベッドの上で二人並んで腰掛けると、上半身を向き合わせ、啄むような口付けをした。
ゆっくり体を倒され、シーツの上に寝かされると、今度は深く唇を奪われた。
腫れるんじゃないかと思うほど藤永に吸われると、知らなかった欲望が自分の中に湧いてくる。もっと、もっと気持ちよくなりたい。もっと気持ちよくしてあげたい。
どうすれば藤永が喜んでくれるのか考えていたら、後孔にクリームがついた指が触れたてきた。
「はぅん、ああ、や……そんなに中を……カリカリしちゃ……ダ……メ」
「ちゃんとほぐしとかないと、千乃を傷つける。少し……辛抱してくれよ」
耳を犯すような声で言うから、従うしかなく。千乃はこくこくと頷いてみせた。
藤永の指が小さな窄まりを広げるよう、かき回してくる。触れられていくほどに、頭が真っ白になる場所を見つけられ刺激を受ける。
全身がピクピクと敏感になっていくと、藤永が自身の服を脱いでいる姿がぼんやりと見えた。
引き締まった体が美しく輝いて見え、千乃は触れようと手を伸ばした。
筋肉質な腕に指を這わせると、その手を取られたまま、そこに誓いのような口付けをくれた。
「……千乃、入れるぞ」
快感でうっとりしていると、両下肢を抱えられ硬く熱をもった藤永のモノが窄まりにあてがわれた。
腰が浮いた瞬間、千乃の中にズズっと藤永が入ってくる。
「ああ、あ、くぅん、ああ、いっ……」
「痛いのか、千乃……」
藤永の動きが止まると、たまらず千乃は自分足を藤永の背中に巻きつけた。離れないでと言うように。
「や……めないで、もっと奥……に欲しい」
千乃の許しが与えられると、保っていた理性が切れたように、藤永の抽挿が激しく繰り返される。
「ああん、もう、イい、イク……イッちゃう……くっう、ああっ」
激しい動きに千乃は顎を仰け反らせると、秘部に触れ続けられて我慢できず、白濁を腹の上に勢いよく放った。
「……ゆき、千乃、千乃、好きだっ……」
肌と肌がぶつかる音が激しさを増すと、もう既に達していた千乃の体は、意思に反して藤永を飲み込もうと腰を浮かして、自分の中へと深く、深く誘おうとする。
「も、ゆ……き、そんなに、俺を煽る……な、っく、ああ、最高……だ」
色香を纏わせる声を発すると、藤永が千乃の上に乗っかるように果ててしまった。
しっとりと汗ばんだ肌と肌が重なり、千乃が微睡んでいると、藤永の腕の中へと取り込まれた。
髪を優しく撫でられ、瞼に口付けをされた。
抱擁の快楽を味わうことで幸せを感じ、千乃はそっと上目遣いで藤永の顔を見つめた。
眞秀に近付く、嫌なやつだと、嫌われているとずっと思っていた。けれどそうじゃなかった。反対にずっと千乃を気にかけ、挙句、謝罪までしてくれた。
そして今も、優しく抱き締めてくれてる。好きだと言ってくれた。
この穏やかで温かな腕の中にずっといたい。
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