7 / 57
6
しおりを挟む
「當川。お前、今日のゼミの飲み会行くよな」
食堂で遅めの弁当を食べ終わった千乃に声をかけて来たのは、同じゼミの、名前も覚えてない三人組だった。
「いや……行かないけど」
「はぁ? お前また来ないのかよ。そんなんでよくゼミに顔出せるよな。なぁ」
昼時から時間が経った食堂に生徒の数は少なく、刺々しい彼の声がキーンと響いた。同意を求められた二人も、だよなぁと、皮肉めいた顔を向けてくる。
彼らがあからさまな敵意と、同じようなセリフを言ってくるのは、これが初めてではない。
いつかは覚えてないけれど、以前も同じように飲み会へ誘われたことがある。それも今と同じ、威圧的に。
──あの時は、タイミングよく教授に声をかけてもらい回避できたけど。どうして俺に声をかけるのか……。他にも参加していない生徒はいるって言うのに。
理由を考えていると、二人目の男が、拝むような手つきを千乃に向けてきた。
「なあ、當川。今日は来てくれよ。じゃないと俺らも困るんだわ」
「ほんと、たのむわ。じゃないと、こいつ彼女に別れるって言われてんだ」
加勢してくる三人目の言っている意味がわからない──。なぜ自分が参加しないと、彼が振られることになるのだろう。黙考していると、
「こいつの彼女の友達が、當川を連れて来いってうるさいらしいわ。な、だからこいつのために来てくれよ」
二人目の男が猫なで声で言い含めてこようとしてくる。
「いや、でも俺は──」
「なに、金がないとでも言うのか? そんなわけないよな、お前の親父、確か県知事だったよな」
言下に遮ってきた言葉は、久しぶりに言われたセリフだった。そして、自分にはそんな父親がいたんだなと改めて自覚した。
父親のことを言われて「──あの人は関係……ない」と、反論すると三つの顔が小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「関係ないわけないだろーが。親父だろ? 金はたんまりあるだろう。な、それよりも参加でいいよな」
強制的にも捉えられる言葉に、千乃は自分が頷けば済む話なんだろうなと考えた。行きたくはないけれど、彼がフラれるのは気の毒だ……。
──先月はテストがあって、バイト減らしてたから、心許ないんだよな……。
切り詰めて生活している千乃に、飲み会の会費は厳しい。
名前も知らないし義理もないけれど、自分のせいで彼に悲劇が訪れたら……それはとても後味が悪い。もしかしたら以前の高圧的な態度も、千乃が参加しなかったことによって、彼らが何かの被害を被ったのではないだろうか。そう思うと、もう断れなかった。
わかった──と、唇がその形を作ろうとした時、「行かなくていいぞ」と、食堂の入り口から声が聞こえた。
千乃が確かめると同時に、甲斐悠介がもう側まで来ていた。
「悠介──」
「千乃、こいつらがお前に声をかけるのは、別の理由だ」
眼鏡のサイズが合わないのか、表情筋が動く度にフレームがズレ、指の背で持ち上げながら悠介が三人に睨みを利かせている。
「別の理由? どう言うことだよ、悠介」
垂れ目気味の目を限界まだ吊り上げて怒る悠介に、千乃の方が唖然とした。
「こいつら、タチの悪い四年に頼まれてたんだ。千乃を襲うから連れてこいって。この耳で聞いたから間違いない」
「四年? え、どう言うこと? でも、彼が彼女にフラれるからって──」
言いながら、千乃は張本人の顔を見た。その顔は、悠介の言葉を肯定するように目が泳いでいる。
「で、でたらめ言うなよ。見てもないくせ──」
「じゃあハッキリ言ってやるよ。その四年が千乃に惚れてて強姦するって言ったんだろ。千乃の同情心に漬け込んで誘いやがって。俺はこの耳で聞いたからな、お前とそいつが教室で話してたのをな。誰もいないと油断してたんだろう、金なんて貰っててさ」
愛嬌のある性格と顔を一変させる、悠介の睨みを浴びた三人組みは、やってられないわと言い、
「どこのボンボンも反吐が出るわ。金を持ってるのが偉いのかってーの」と、捨て台詞だけを残し、バツが悪そうに食堂を出て行った。
食堂で遅めの弁当を食べ終わった千乃に声をかけて来たのは、同じゼミの、名前も覚えてない三人組だった。
「いや……行かないけど」
「はぁ? お前また来ないのかよ。そんなんでよくゼミに顔出せるよな。なぁ」
昼時から時間が経った食堂に生徒の数は少なく、刺々しい彼の声がキーンと響いた。同意を求められた二人も、だよなぁと、皮肉めいた顔を向けてくる。
彼らがあからさまな敵意と、同じようなセリフを言ってくるのは、これが初めてではない。
いつかは覚えてないけれど、以前も同じように飲み会へ誘われたことがある。それも今と同じ、威圧的に。
──あの時は、タイミングよく教授に声をかけてもらい回避できたけど。どうして俺に声をかけるのか……。他にも参加していない生徒はいるって言うのに。
理由を考えていると、二人目の男が、拝むような手つきを千乃に向けてきた。
「なあ、當川。今日は来てくれよ。じゃないと俺らも困るんだわ」
「ほんと、たのむわ。じゃないと、こいつ彼女に別れるって言われてんだ」
加勢してくる三人目の言っている意味がわからない──。なぜ自分が参加しないと、彼が振られることになるのだろう。黙考していると、
「こいつの彼女の友達が、當川を連れて来いってうるさいらしいわ。な、だからこいつのために来てくれよ」
二人目の男が猫なで声で言い含めてこようとしてくる。
「いや、でも俺は──」
「なに、金がないとでも言うのか? そんなわけないよな、お前の親父、確か県知事だったよな」
言下に遮ってきた言葉は、久しぶりに言われたセリフだった。そして、自分にはそんな父親がいたんだなと改めて自覚した。
父親のことを言われて「──あの人は関係……ない」と、反論すると三つの顔が小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「関係ないわけないだろーが。親父だろ? 金はたんまりあるだろう。な、それよりも参加でいいよな」
強制的にも捉えられる言葉に、千乃は自分が頷けば済む話なんだろうなと考えた。行きたくはないけれど、彼がフラれるのは気の毒だ……。
──先月はテストがあって、バイト減らしてたから、心許ないんだよな……。
切り詰めて生活している千乃に、飲み会の会費は厳しい。
名前も知らないし義理もないけれど、自分のせいで彼に悲劇が訪れたら……それはとても後味が悪い。もしかしたら以前の高圧的な態度も、千乃が参加しなかったことによって、彼らが何かの被害を被ったのではないだろうか。そう思うと、もう断れなかった。
わかった──と、唇がその形を作ろうとした時、「行かなくていいぞ」と、食堂の入り口から声が聞こえた。
千乃が確かめると同時に、甲斐悠介がもう側まで来ていた。
「悠介──」
「千乃、こいつらがお前に声をかけるのは、別の理由だ」
眼鏡のサイズが合わないのか、表情筋が動く度にフレームがズレ、指の背で持ち上げながら悠介が三人に睨みを利かせている。
「別の理由? どう言うことだよ、悠介」
垂れ目気味の目を限界まだ吊り上げて怒る悠介に、千乃の方が唖然とした。
「こいつら、タチの悪い四年に頼まれてたんだ。千乃を襲うから連れてこいって。この耳で聞いたから間違いない」
「四年? え、どう言うこと? でも、彼が彼女にフラれるからって──」
言いながら、千乃は張本人の顔を見た。その顔は、悠介の言葉を肯定するように目が泳いでいる。
「で、でたらめ言うなよ。見てもないくせ──」
「じゃあハッキリ言ってやるよ。その四年が千乃に惚れてて強姦するって言ったんだろ。千乃の同情心に漬け込んで誘いやがって。俺はこの耳で聞いたからな、お前とそいつが教室で話してたのをな。誰もいないと油断してたんだろう、金なんて貰っててさ」
愛嬌のある性格と顔を一変させる、悠介の睨みを浴びた三人組みは、やってられないわと言い、
「どこのボンボンも反吐が出るわ。金を持ってるのが偉いのかってーの」と、捨て台詞だけを残し、バツが悪そうに食堂を出て行った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
この愛のすべて
高嗣水清太
BL
「妊娠しています」
そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。
俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。
※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。
両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる