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第11話

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――とある病院の個室。

――暖かい……まるでフワッフワの羽毛に包まれているみたい。

 ベルは心地よさを感じながら、瞼を開ける。
 視界に入ったのはやけに肌色が目立つ人物で……。

「グッモーニン♪」

 すぐ真横に肩肘をついて寝そべるアスモデウスがいた。 
 もちろん全裸である。

「ひゃあああああああっ……っつ! いったあ!!!」

 脇腹に激痛が走り顔を歪ませるベルに、アスモデウスは「 こらこらおバカさん。せっかく縫合してもらった傷口が開いてしまうよ」と穏やかにさとす。
 すかさずベルは上半身だけ起き上がり、病衣をペラリとめくる。
 ルシファーに刀で刺された脇腹の傷に、幾重ものガーゼが施されていた。

「幸い致命的な傷じゃないみたいだから、あと1週間くらいで退院できると医師が仰っていたよ」

 アスモデウスも起き上がり、後ろからベルを抱きすくめる。

「ちょっとキモいから、とりあえず布団から出てってくれない?」

 ベルは辛辣に言うと、肩に絡まれた両手を引き剥がそうとする。
 が、180㎝の成人男性と150㎝の小柄な少年という驚異の体格差の前では、抵抗は無意味でしかなかった。

「そんなつれないことを言わないでくれ。僕と君は誰もが羨む美貌の持ち主だ。なら、ヤることは一つじゃないか」

 アスモデウスの長い指が、ベルの病衣の中に侵入し、ぷっくりとした乳首をつまんだ。
 「っあ……」と思わずベルが喘ぎを漏らすと「小鳥のさえずりかと思ったよ」とからかった。
 さらにヒートアップしてきたのか、くりくりと乳首をこねくり回す。
 ベルは性感帯から発せられるビリビリした刺激に背をのけ反らせ、否が応にもアスモデウスに体を預ける形になる。

「やっ…らぁ、もぉほんと、やめ……」

 さすが性欲の悪魔。
 性感テクはお手のもので、ベルは口の端からヨダレを垂らしてしまう。
 アスモデウスはその様子に満足げに言った。

「ほんと、この天使のような愛らしい顔が無事で良かったよ。ルシファーと殺り合ってその程度ですんだのは実に幸運だ」

 あるワードに反応し、一気に醒めたベルは「てゆーか素朴な質問なんだけど」と前置きし「アッちゃん、どうしてベルがルーちゃんに刺されたこと知ってるの?」とたずねた。

「それは――」

 アスモデウスが口を開きかけた途端、彼の頭上にビニール袋が重石のようにのしかかった。

「ウチが教えたんよ」

 割って入ってきたのは、強欲の悪魔——マモンだった。

「マモちゃん……」

「よーやっと目が覚めたんやな。ちょーど良かった。差し入れ、食わへんか?」

 そう言ってアスモデウスの頭上に乗せている、パンパンに詰まったビニール袋からリンゴを取り出した。

「おお! マモン、気がきくじゃないか! それではリンゴを使った3Pを……」

「マニアック過ぎて想像できひんわ! てか自分何で勃起してんねん!?」

 マモンはアスモデウスの立派に反ったぺニスを指差して突っ込む。

「いやぁ、ベルの嫌がる顔見たら興奮しちゃって……僕、ショタもイけるみたいだ」

「神聖な病室から出てきぃ! この歩く18禁!! とりあえずそれ抜いてこんかい!!!」

 責め立てるマモンに、渋々アスモデウスは立ち上がり、衣服を纏った。
 そして病室を出ようとした際、振り返って「新しい扉が開いたよ、感謝する」と言ったために、顔面にマモンからリンゴの直球がお見舞いされたのだった。
 股間を膨らませた人気俳優が退出した後、マモンは「黙っていたら美男子やのに……」とため息をつきながら、ベッド脇にある客用の椅子に座った。

「よーし! 気をとり直して、可愛いベルゼブブのためにうさぎさん作ったるわ。これでも家では奥さんと娘のために料理してるんよ」

 そう自慢げに言いながら、ポケットから取り出したナイフでリンゴを剥き始めた。
 シャリシャリと音を立てながら器用に剥かれていくそれを眺めながら、ベルはとうとう口にする。

「まおー様を逃がしたの、マモちゃんだよね?」

「どーしてそう思うん?」

「だって多数の人間を洗脳して操るのがマモちゃんの能力じゃない。あの老人やルーちゃんの部下……ううん、それだけじゃない。ベルの周りや他の七つの大罪のメンバーにも自分の息のかかった人間を送り込んで、ベルたちを監視している。そうだよね?」

 マモンはうんともすんとも言わず、ただ黙々とリンゴを剥き続ける。
 やや長い前髪がうつむいた顔を隠し表情がハッキリしないが、その余裕が腹立たしくてベルはさらに追及した。

「マモちゃんの本当の目的は何? 七つの大罪を疑心暗鬼にさせて潰し合わせること? まおー様はそのためのエサ? また前世みたいにベルたちを裏切るの? ねぇ、答えてよ、『強欲』のマモン」

 マモンはやっと顔を上げ、そのままベルをじっと見据える。
 眼鏡の奥の瞳は手に持ったナイフと同じ、冷たく無機質で鋭利なものだった。

「誰かさんもアスモデウスみたいにバカで扱いやすかったらよかったやねんけどなぁ。でもそれだとつまらんしなぁ。――いやはや、どうしたもんか」

 すると突然、ガラッと病室のドアが開かれた。
 入ってきたのは看護婦と医師。
 二人の瞳を見て、ベルに悪寒が走った。
 虚ろな瞳——ルシファーの部下や眞央を逃がした老人と同じもの。
 言葉を失うベルに、マモンはわざとらしく言った。

「そうそう! 紹介すんの忘れとったわ。このお二方、自分の診察や世話を担当してくれる人たちやから! 何かあったら聞くとえーで」

 マモンは遠回しに忠告している。

『お前は監視されている。下手に動けばどうなるか分かっているよな?』と。

 いや、忠告じゃない。むしろ警告だ。
 「もう行っていーで、ごくろーさん」とマモンが言うと、二人は無言で病室から出ていった。

「ベルも洗脳するの? あの人たちみたいに」

「それじゃあ面白くないねん。まぁ、今は自分大人しくしときい。お楽しみはこれからや」

 マモンは綺麗に並んだ白い歯を出しながら笑う。
 窓の夕日に照らされ影のついたその笑みは、彼の表と裏を表しているようだった。

「もうこの話はやめ! ほいよ、うさぎさん一丁!」

 急にテンションが高くなると、ベルの口元に一口大のリンゴを差し出してくる。
 ベルは若干戸惑いながらもほおばった。

「どうやどうや? 美味しい?」

 やや酸味が強いが、こくりと頷く。
 そのリアクションにマモンは「ええ子や」と言って、頭を撫で撫でした。
 マモンがまおー様を利用して、何かを企んでいることは間違いない。だけど、今の自分にはどーすることもできない。ここは大人しく従うのが最善――ベルはそう悟ったのだった。

 「ふー、スッキリした」

 次に病室に入ってきたのは、満ち足りた表情のアスモデウス。

「アッ!  さては二人でリンゴを使ったセックスを――」

「するかボケッ! もういっぺんトイレ行って二度と戻ってくんなっ!!」

「それはごめんだね。あんな汚くて狭い所で自慰するなら、ここで君たちに見られながらした方が100倍いいさ」

 その言い回しにベルは懐かしさを感じ、あの人が頭をよぎる。
 殺そうとした自分を庇い、あまつさえ今の自分を認めてくれた眞央のことを。
 
――何でかな。まおー様を思い出すと胸がジンと熱くなる気がする。

 考え込んでいた矢先「――とりあえずベルも大丈夫そうだし、本題に入ろうか」と切り出したアスモデウスによって一気に現実に引き戻された。

「ベルが保護してほどなくしてルシファーが家に強襲し、王を拐った――間違いないな?」

「そうや。魔王はんを保護したとウチに連絡をよこしてくれたんや、裏付けはとれてる。——なぁ? ベルゼブブ」

 マモンが視線を送るので「うん、そうだよ」とベルは便乗した。
 するとアスモデウスは 歯をギリギリと噛みしめ顔を歪ませる。

「傲慢め……あのフェラの時から怪しいと思ってたんだ。我らが王を独占しようなんて何たる身勝手な行いだ」

「そーゆー自分はその王の寝顔に顔射したんやけどな」とボソッと呟いたマモンに対し、アスモデウスは華麗に話を切り替えす。

「それで今、ルシファーはどこにいるんだい?」





***


——獅子緒組の別邸。

「おい、聞いたか? 若頭の話」

「ああ、聞いた聞いた。着物に斬られた跡と大量の血がついてたにもかかわらず無傷だったんだろ? さすが『不死身の男』。幾つレジェンド作る気だよ」

「いや、それだけじゃない。その時に一緒に連れ帰ってきた奴を現在進行形でここの地下室に軟禁してんだよ。幹部のごく一部にしか知らない秘密情報。誰一人近づけさせないで、相当大事にしてるみたいだぜ」

「マジッ!? あの若にも独占欲ってあったんだな。――ところでその囚われのお姫様、どんくらい美人なんだよ。あの冷血漢が溺愛するくらいなら、相当な代物なんじゃないのか?」

「……それがさ、どうやら男らしい。20台前半の普通の男」
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