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第5章「豹変」
第28話「ダメンズ係数の理由」
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(UnsplashのErwiが撮影)
あたしは目の前でシャツを脱ぎはじめた高瀬さんをあわててとめた。
「高瀬さん、なにを……」
「事実を、事実のまま受け入れなかったバカな人間を見せるのよ」
「わわっ! ちょ、高瀬さん、それは……え……っ」
高瀬さんのシャツの下には、なめらかな白い肌が隠されていた。
だけど、よく見るとお腹のあたりに3つの傷跡がある。
みぞおちにひとつ、右側にひとつ、おへその横にひとつ。
それは白い夜空に浮かぶ暗黒星雲みたいに、不幸な三角形を作っていた。
高瀬さんは淡々と言った。
「むかし、大変なクズ男にだまされたんです。
既婚者の上に二股、三股。
お金をむしり取られ、暴力も受けました。
これは手術痕です」
「しゅじゅつ……何をされたんです、高瀬さん」
高瀬さんは丁寧にシャツを着なおしながら言った。
「副業で風俗をやれと言われて断ったら、あばらを折られて内臓が破裂しました。
だから今、私には脾臓《ひぞう》がありません。
摘出したからです」
「……そんなことが……」
あたしはうなだれた。
なんてこと。高瀬さんはあたしが直面していると思っていた地獄より、はるかに深い地獄に落ちたことがあるのだ。
ダメンズの怖さを、身体で知っている。
事実をありのままに見ない恐ろしさを知り尽くしていたのだ。
きちんとシャツを着た高瀬さんは、まっすぐにあたしを見た。
「ときには、事実をまっすぐに見るのがつらい時があります。
自分の要望どおりの形にゆがめたくなる時もあるでしょう。それが人間です。
でも、事実をそのまま見ることで、今の自分の立ち位置がよくわかります。
このまま進んでいいのか、いったん止まって思考と感情を整理したほうがいいのか。
その決断は本人にしかできません。
私は、皆さんの決断をほんの少しでもいいから助けたいと思います。だから『係数』を計算させていただいているのです。
……でも」
高瀬さんはここで言葉を切り、じっと考え込んだ。
「門脇さんのケースでは私の算出した係数が正しくなかった……。
見えている事実をベースに、性格に計算したんです。
データは十分にあったし、これまであの計算方法で大きく間違ったことはありません。
今回にかぎり、何かが大きく間違っていたのです……。
その間違いが、あなたをこんな所へ連れてきてしまった。
もっと早くに食い止めることができたはずなのに。
反省しています。申し訳ないです」
深々と頭を下げられて、こっちが恐縮する。
わたわたしていると、あの明るい電子音がふたたび響いた。
ピラララアン♪
ピラララアン♪
スミレのペットカメラだ。
今度は台形の部分に映像が出た。北京に出張中のスミレがいる。
「あー、今度は絵が出たわー! むつみ、どう? 高瀬さんと会えた?」
「うん、高瀬さん、ここにいるの」
「どうも。お疲れ様です、西崎さん」
「あっ、ほんとだわ。ね、ペットカメラだけど、本当に必要な部分だけはきれいに映るもんでしょ?」
「……どうかな、こっちの画面はスマホサイズだから、よくわかんないよ……」
「そうだっけ? あ、うさこに見えればいいから本体の画面は小さいんだった……こっちはノートパソコンで見ているから明瞭よー」
そのとき、がたっ! と高瀬さんが立ち上がった。
大きな目を見開いて、口をあいている。
「……ほんとうに必要な部分だけは、きれいに映る……」
「あの、高瀬さん?」
今気が付いたけど、高瀬さんって美人だな。
目がくっきりしていてアヒル口。二十歳そこそこのときは、もっときれいだったんだろう。そりゃ不倫男が狙うはずよね……。
そんなことを考えていたら、いきなり高瀬さんに胸元をつかまれた。
「写メ……! スマホにあった写メを見せてください!」
「へ……? あ、あれですか? ピンボケのあたしが写っているやつ」
「そうです、それです!」
高瀬さんはあたしからスマホをむしり取ると、すごい速さで画面をスクロールしはじめた。そしてめあての写メをみつけると、じっと見つめる。
画面を拡大したり、移動させたりしている。
結局、あたしの顔はどうでもいいわけ? そう突っ込みたくなるくらいに、あたしじゃない所ばかりを見ていた。
そして写メに視線を据えたまま、
「……わかったわ。
バヤ!! パソコン持ってきて、つないで!!」
部屋の外に追いやられていた若林課長が顔をのぞかせて、
「えー、これから期間限定のキットカッターを食べるところなのにい」
ぶつぶつ言いながらコンビニ袋からノートバソコンをだした。
って。
菓子と一緒に突っ込んでいたんかいっ!
起動したパソコンの上を、高瀬さんの超高速タイプがヒップホップダンスみたいに駆けめぐった。
カタカタカタタタ……っ。
カカカカカっ、たんっ。
やがて、音がとまる。
くっきりと目を開いた高瀬さんが頬をピンク色に染めて、ニヤリと笑った。
「……つかまえたわ、クズ男……これが理由だったのね……」
あたしは目の前でシャツを脱ぎはじめた高瀬さんをあわててとめた。
「高瀬さん、なにを……」
「事実を、事実のまま受け入れなかったバカな人間を見せるのよ」
「わわっ! ちょ、高瀬さん、それは……え……っ」
高瀬さんのシャツの下には、なめらかな白い肌が隠されていた。
だけど、よく見るとお腹のあたりに3つの傷跡がある。
みぞおちにひとつ、右側にひとつ、おへその横にひとつ。
それは白い夜空に浮かぶ暗黒星雲みたいに、不幸な三角形を作っていた。
高瀬さんは淡々と言った。
「むかし、大変なクズ男にだまされたんです。
既婚者の上に二股、三股。
お金をむしり取られ、暴力も受けました。
これは手術痕です」
「しゅじゅつ……何をされたんです、高瀬さん」
高瀬さんは丁寧にシャツを着なおしながら言った。
「副業で風俗をやれと言われて断ったら、あばらを折られて内臓が破裂しました。
だから今、私には脾臓《ひぞう》がありません。
摘出したからです」
「……そんなことが……」
あたしはうなだれた。
なんてこと。高瀬さんはあたしが直面していると思っていた地獄より、はるかに深い地獄に落ちたことがあるのだ。
ダメンズの怖さを、身体で知っている。
事実をありのままに見ない恐ろしさを知り尽くしていたのだ。
きちんとシャツを着た高瀬さんは、まっすぐにあたしを見た。
「ときには、事実をまっすぐに見るのがつらい時があります。
自分の要望どおりの形にゆがめたくなる時もあるでしょう。それが人間です。
でも、事実をそのまま見ることで、今の自分の立ち位置がよくわかります。
このまま進んでいいのか、いったん止まって思考と感情を整理したほうがいいのか。
その決断は本人にしかできません。
私は、皆さんの決断をほんの少しでもいいから助けたいと思います。だから『係数』を計算させていただいているのです。
……でも」
高瀬さんはここで言葉を切り、じっと考え込んだ。
「門脇さんのケースでは私の算出した係数が正しくなかった……。
見えている事実をベースに、性格に計算したんです。
データは十分にあったし、これまであの計算方法で大きく間違ったことはありません。
今回にかぎり、何かが大きく間違っていたのです……。
その間違いが、あなたをこんな所へ連れてきてしまった。
もっと早くに食い止めることができたはずなのに。
反省しています。申し訳ないです」
深々と頭を下げられて、こっちが恐縮する。
わたわたしていると、あの明るい電子音がふたたび響いた。
ピラララアン♪
ピラララアン♪
スミレのペットカメラだ。
今度は台形の部分に映像が出た。北京に出張中のスミレがいる。
「あー、今度は絵が出たわー! むつみ、どう? 高瀬さんと会えた?」
「うん、高瀬さん、ここにいるの」
「どうも。お疲れ様です、西崎さん」
「あっ、ほんとだわ。ね、ペットカメラだけど、本当に必要な部分だけはきれいに映るもんでしょ?」
「……どうかな、こっちの画面はスマホサイズだから、よくわかんないよ……」
「そうだっけ? あ、うさこに見えればいいから本体の画面は小さいんだった……こっちはノートパソコンで見ているから明瞭よー」
そのとき、がたっ! と高瀬さんが立ち上がった。
大きな目を見開いて、口をあいている。
「……ほんとうに必要な部分だけは、きれいに映る……」
「あの、高瀬さん?」
今気が付いたけど、高瀬さんって美人だな。
目がくっきりしていてアヒル口。二十歳そこそこのときは、もっときれいだったんだろう。そりゃ不倫男が狙うはずよね……。
そんなことを考えていたら、いきなり高瀬さんに胸元をつかまれた。
「写メ……! スマホにあった写メを見せてください!」
「へ……? あ、あれですか? ピンボケのあたしが写っているやつ」
「そうです、それです!」
高瀬さんはあたしからスマホをむしり取ると、すごい速さで画面をスクロールしはじめた。そしてめあての写メをみつけると、じっと見つめる。
画面を拡大したり、移動させたりしている。
結局、あたしの顔はどうでもいいわけ? そう突っ込みたくなるくらいに、あたしじゃない所ばかりを見ていた。
そして写メに視線を据えたまま、
「……わかったわ。
バヤ!! パソコン持ってきて、つないで!!」
部屋の外に追いやられていた若林課長が顔をのぞかせて、
「えー、これから期間限定のキットカッターを食べるところなのにい」
ぶつぶつ言いながらコンビニ袋からノートバソコンをだした。
って。
菓子と一緒に突っ込んでいたんかいっ!
起動したパソコンの上を、高瀬さんの超高速タイプがヒップホップダンスみたいに駆けめぐった。
カタカタカタタタ……っ。
カカカカカっ、たんっ。
やがて、音がとまる。
くっきりと目を開いた高瀬さんが頬をピンク色に染めて、ニヤリと笑った。
「……つかまえたわ、クズ男……これが理由だったのね……」
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