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第5章「豹変」

第22話「悪夢を切り分けて」

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(UnsplashのYiran Dingが撮影)

 いつの間にか、気を失っていたみたいだ。
 気づいたときには爽太さんはソファで寝込んでいた。
 スーツは脱ぎっぱなし。テーブルには焼酎缶が並んでいる。
 
 あたしはそっと起き上がった。身体じゅうが痛い。吐き気がしたけど、今は吐いている場合じゃない。
 足音を消しながらドアへ進んでいく。
 でも、途中で空き缶にぶつかった。

 ががっ! ガラララッ!

 すごい音がした。さすがに爽太さんが目を覚ます。

「なんだよ、うるさいな……あ、起きたのか、むつみ」

 ……起きたか、じゃないわよ。
 そう言い返したかったけれど、お腹がずきずき痛んで、しゃべることもできない。
 ただもう必死に玄関をめざす。

 酔っている爽太さんは、あたしがやっていることがピンとこなかったみたい。
 しばらくぼんやりと眺めてから、いきなり立ち上がった。
 大股で歩いてくる。

「逃がすかよ!」
「きゃああっ!」

 必死で何かをつかみ、手に当たったものをブン、と振り回した。

 がきっ! と金属がぶつかる音がした。持っていたのは爽太さんのベルト。
 金具部分が爽太さんの顔に当たったらしい。目の下に小さな傷ができていた。
 浅い傷だと思うけど、みるみる赤くなる。

 それがまた、爽太さんの怒りにつながった。

「このバカ女! 僕の顔に、なにするんだよ!」

 掴みかかってくる。
 あたしはとっさに床に落ちていたスマホを取り、玄関を開けると、後ろも見ずに駆け出した。

 裸足だ。
 足に当たるアスファルトが冷たい。

 信じられない悪夢を切り分けて、あたしは街灯めざして必死に走った。

 あかるいほうへ。
 少しでも、あかるいほうへ。

 大通りに出ると、タクシーが見えた。
 あたしは車に飛び込んでスマホをかざす。


「スマホ決済、使えますか!?」

 運転手さんは目を白黒させて答えた。

「ピーペイと、ライムペイが、つかえます」
「……ライムペイで、お願いします」

 車が走り出して、はじめて気づいた。

 あたし、どこへ行けばいいの?
 どうしたらいいの?
 
 握りしめたスマホが鳴動する。
 スミレだ。
 電話を取る。


「……スミレ?」
「むつみ! あんた、どこにいるのよ?」
「……タクシー。ライムペイが使えるから」

 スマホ決済でタクシーに乗れることが、この世で一番大事な事みたいに、感じられた。
 あたし。

 おわってる……。
 
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