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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第51話「綺麗なだけの、女」

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(UnsplashのYash mevawalaが撮影)

 真乃がじっと見るなか、清春はあっさりと真乃の携帯のロックをはずした。

「ねえ、どうして佐江に連絡をするのよ?」
「今日のおまえをひとりで置いておけない。佐江ちゃんにコルヌイエに来てもらえ」

 清春は電話をかけ始める。真乃はあわてて手を伸ばし、

 キヨちゃん、なんであたしの携帯のロックをはずせるの?」
「おまえの暗証番号なんて、自分の誕生日だろう」
「そうだけど……なんでわかったの」
「おまえの考えていることなんてお見通しなんだよ。あ、井上清春です。佐江ちゃん、朝早くに申し訳ないんだけど、実は真乃の母が亡くなりまして――」

 やがて通話を終えた清春は真乃を連れてタクシーに乗り込み、病院からコルヌイエホテルに向かった。

「ねえ。佐江はなんて言っていた?」
「今すぐコルヌイエに向かってくれるそうだ。真乃、おまえいい友人を持っているな」
「佐江はあたしのたったひとりの親友だもの」

 真乃がそう言うと、清春がちらりとこちらを見た。何か言いたそうに、キレイなカーブを描く口元をわずかにとがらせている。

「何?」
「ああ、いや、何でもない」

 清春は、コルヌイエホテルに着くまで真乃の手をずっと握っていた。
 ホテルエントランスには朝の八時半に着いた。すで本佐江の長身が待ちかまえている。黒に近いチャコールグレーのニットを着ているのは、本来なら今すぐ喪に服さねばならない真乃を、気にしての事だろう。
 車が到着すると、佐江はころがるように走り寄ってきた。清春はすぐに、妹を託した。

「ありがとう、佐江ちゃん。すまないがこのまま真乃をおやじのスイートに連れて行ってくれ。おれは今日の打ち合わせがあって」
「ええ」

 佐江はうなずいた。

「あっ、おじさまは会議室におみえですよ。さっき、秘書の柳《やなぎ》さんがそう言っていらしたので」
「ありがとう。真乃、後で会おう」

 清春は足早にコルヌイエに入っていく。佐江に真乃を預けて、すっかり安心したようだ。
 真乃と佐江はコルヌイエ内のプライベートスイートへ入っていく。佐江はてきぱきと真乃をソファに座らせ、自分は足元にしゃがんで手を取った。

「真乃、つらいでしょうけどあまり休んでいる暇はないの。
 パーティが始まるのは11時からで、今は9時。今日はあたしが言うままに動いてちょうだい。
 まずお風呂で髪を洗って、ヘアメイクから始めましょう。何もかも、あたしがやるから、あんたはただ座っていればいい」

 真乃はこくりとうなずいた。
 こういう時は、じっとしていたほうが支度が早く終わることを真乃は知っている。プロに任せるべき時は、だまっていたほうがいいのだ。
 真乃は佐江が支度しておいた風呂に入り、髪と顔を支度されて、佐江がサイズを直したドレスを着た。
 ドレスもアクセサリーもハイヒールまで、すべて佐江が準備した。これも早朝の電話で清春が頼んでおいたのだろう。

 
 何もかもが、佐江と清春の手によって完璧に整えられていく。
 それでいい、と真乃は思った。今日の真乃はただのお飾りで、それ以上でもそれ以下の存在でもない。
 パーティにやって来る人々は渡部誠に祝いを言いに来るのであり、同時に、父親のもとでホテルマンとして着実に実績を上げつつある庶出の息子に顔つなぎするためにやって来るのだ。
 真乃は、そこにいるだけでいい存在。
 どんな才能も能力も求められず、ただそこにいるだけの人形だ。

 だがその人形には『嫡出子』のプレートが付いており、戦前の大名華族につらなる名家から嫁いだ母の血が入っている。
 そしてなによりも、真乃は『渡部』の名を継ぐ唯一の子供だった。
 だからどれほどつらくても真乃は、その場に立っていなくてはならない。

 清春が『しょせん愛人の子だがね』と陰口をたたかれても毅然と立っているように、真乃も『きれいなだけの娘』と言われようが、にこやかに立たねばならない。


 『……バカみたい』

 真乃はバンケットルームに父と異母兄と並び、挨拶をしながら考える。
 ここには1500人がいるというのに、渡部真乃を、ただの『真乃』として見てくれる人間は一人もいない。
 そう思えば思うほど、なぜか真乃の背筋はスッキリと伸びていく。
 佐江が選び抜いたドレスは、第二の皮膚のように真乃の美しい肢体を包み、若い女としての魅力を光り輝かせていた。


 ズタズタになった存在理由を踏みつけながら、真乃は脳内で何度も同じことをつぶやいた。 

『しょせんあたしは、きれいなだけの嫡出子』

 それで、何が悪い?
 人生はしょせん、こうやって続いていくのだ。
 少なくとも、渡部真乃にとっては。
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